森林サバイバル1日目 A班の寝床と作戦
### ■ Scene A-2:A班・初日の場所
藪を抜けた先、川のせせらぎがほどよく遠のく位置に、ひらけた平地を見つけていた。
耳を澄ませばかすかに水音が聞こえるその場所は、鬱蒼とした原生林のただ中とは思えないほどの穏やかな静けさに満ちていた。
「ここは良いね。乾いた葉が綺麗に積もっているし、水はけも悪くないよ」
ニーコスはしゃがみ込み、ふかふかとした地面の土を小さな手で確かめながら、嬉しそうに耳を揺らした。
「落ちている樹皮を重ねて、ベッドにしよう。それから、特定の樹液を集めていぶせば虫よけにもなるし、あと、それからね……!」
次々と溢れ出す知恵に目を輝かせる彼女に、俺は思わず笑みをこぼした。
「ニーコス、ありがとう。すごく助かる。急がなくていいから、ひとつずつゆっくり教えてくれ」
「へへ、すげぇな……。やっぱり本物の『森の人』は頼りになるぜ」
ランドが感心したように大きな頭を掻く。
「ニーコスちゃん、私に出来ることもどんどん教えてね!」
さやかもやる気満々といった様子で身を乗り出した。
「うん! まず、あそこに落ちてるみたいな分厚い樹皮を集めてきて敷き詰めると、立派なベッドになるよ」
「うん」
「それから、あっちの木から出てる樹液を集めていぶすと、嫌な虫が寄ってこなくなる」
「うん」
「あとは……落ちている太めの倒木とか枝。うん、ランドが今持とうとしてるそれくらいのを集めて、井桁に組んで枠を作ると、地面の冷気が上がってこなくて寝やすいよ」
ランドが近くに転がっていた二メートルほどの頑丈な木の枝を持ち上げて見せる。
「おう、これくらいか?」
「うん、ニーコス、それくらいで合ってるかな?」
俺が確認すると、ニーコスは何度も小さく頷いた。
「うん、みんなの寝袋があるなら、それくらいのサイズがちょうどいいかな」
「よし、方針は決まった。じゃあ、ランドは俺と一緒にそのサイズの木の枝を集めよう。さやかは、さっき汲んだ水での炊き出しの用意と、樹液をいぶすための即席の炉の準備をしておいてほしい。あと手が空いたら、樹皮集めを頼む。僕は、ランドと一緒に木の枝とついでに虫よけの樹液を集めに行く。……樹液はたぶん、五日間ずっと焚き続けられるくらいあった方がいいよね?」
「うん、そうだね。じゃあ、私はその間に食べられそうなものをできるだけたくさん集めてくる!あと樹皮も」
「おっけ! 薪集めなら任せとけ、行ってくるわ!」
ランドが豪快に笑って森の奥へ駆けていく。
「よっし、やるわね!」
さやかもふんす、と気合を入れるように腕をまくった。
俺は周囲の安全をもう一度見渡し、メンバーに向けて腕を上げて合図を送ると、自分も樹液と枝の採集へと足を向けた。だが、ランドよ、枝集めは俺も行くと言ったよな……突っ込み先のいない中、ため息をついて、樹液と枝を探しに行くことにした。
* * *
それから一時間ほど、全員が泥だらけになりながら手を動かした。
集められた大量の樹皮を四人分きれいに敷き詰め、その上に各自の寝袋を乗せる。ランドが持ってきた太い倒木や枝ーーー悔しいが俺よりたくさん拾ってきた、やるなランドーーーを、さやかの魔法を借りて適度な長さに切り刻み、頑丈な井桁の枠を組み上げていく。最後に、おこした火でドロリとした樹液をゆっくりといぶし、優しく甘い煙を拠点全体へと行き渡らせていった。
「……うん、完璧」
完成した野営地を見渡し、ニーコスが満足げに胸を張った。
「これなら、ここを拠点にして五日間ずっと居られるね」
「よし、一安心だな!」
俺はノートの『戻れる形チェック』の項目に、ひとつ目の確かなチェックを入れた。
全員で役割を全うし、自分たちの手で安全な「寝床」を作り上げた。ちぐはぐだった四人が、確かにひとつのチームとして機能したという手応えが、みんなの顔を誇らしげに上気させている。
木々の隙間から森の冷気がじわじわと足元へ迫り来るのを感じながらも、完璧なスタートを切ったという確かな一歩に、俺たちの胸は静かな高鳴りを覚えていた。
「えへへへ~」
ニーコスがニマニマしながら、俺たちを見ている。その手には、紫色の小さな粒が乗っている。
「ベリーだよ、おいしいんだよ~、ベリーの木をいっぱい見つけちゃったよ~」
「煮詰めてもね、おいしいんだよ~」
とてもご機嫌で見ていて飽きない……ん?殺気がするな……周りを見渡したが、特に魔物の気配などはなかった。
「ほんとにうめぇえええ!」
ランド……森の中で騒ぐのやめてくれないかな。獣が来たらどうするんだ。いや魔物も来るかもしれん。
「ランド、静かにしないと夜に食べられるよ」
ニーコスが子どもをあやすように言い出した。森の格言かな?夜は食事が必要な存在ではないはずだ。などとどうでもいいことを考えていると……
「ニーコスちゃん!このベリーの見つけ方と、につけの作り方教えて!」
側でさやかが声を張った。
「いいよ~さやかならすぐに覚えられるよ~」
「ほんと?えへへ、ありがとう~」
穏やかな会話がされて行く中、明日の動線を考えて目をつぶる。
明日はチェックポイントを超えないとな……
◇
「えへへへ~」
ニーコスが語尾を弾ませ、ニマニマとした笑みを浮かべながら俺たちを見ていた。その小さな両手には、みずみずしい紫色の粒がたくさん乗っている。
「ベリーだよ、おいしいんだよ~。ベリーの木をいっぱい見つけちゃったよ~」
本当に嬉しそうに耳をパタパタと揺らしながら、ニーコスは手元の木の実を差し出してくる。「煮詰めてもね、おいしいんだよ~」
実戦演習の中だというのに、あまりにもご機嫌な様子がどこか微笑ましく、見ていて飽きない。……ん?
不意に、うなじの辺りがチリリと痺れるような感覚があった。殺気、だろうか。俺は咄嗟に周囲の茂みへ鋭い視線を巡らせたが、索敵術式に引っかかるような魔物の気配はどこにもなかった。気のせいか……?
「ぶはっ! ほんとにうめぇえええ!!」
背後でランドが獣のように雄叫びを上げた。……ランド、お願いだから森の中でそんなに大声を張るのやめてくれないかな。普通の野生動物が来たらどうするんだ。いや、ここなら魔物だって引き寄せられるかもしれない。
「ランド、静かにしないと夜に食べられるよ」
ニーコスが人差し指を口元に当て、まるで子どもをあやすような口調で言った。森の民に伝わる古い格言か何かだろうか。しかし、この演習場にいる魔物は夜間に食事を必要とする生態ではなかったはずだ。などと、どうでもいい考察で頭を無駄遣いしていると。
「ニーコスちゃん! このベリーの見つけ方と、煮詰めの作り方教えて!」
すぐ側で、さやかが負けじと声を張った。だから静かにしてくれ……。
「いいよ~、さやかならすぐに覚えられるよ~」
「ほんと? えへへ、ありがとう~!」
すっかり意気投合した二人が、楽しそうにベリーの処理について話し始める。
賑やかで穏やかな会話が背景へと遠ざかっていくのを感じながら、俺は切り株に腰掛け、明日の動線をシミュレートするためにゆっくりと目を閉じた。
初日の防衛陣地は完璧に構築できた。
けれど、明日は必ず、指定された最初のチェックポイントを越えなければならない。ここから先は不確実性が一気に増すはずだ。
脳裏に浮かぶ地図の等高線をなぞりながら、俺は二日目の作戦を組み立てていった。




