サバイバル演習の説明
「さて――ここから本題に入る」
教官が黒板のロードマップから視線を戻し、新たな紙束を手に取った。
窓から差し込む春の陽光は刺さるほどに強いというのに、黒板の横に貼られた森の地図の影は、妙に濃くドロリとして見えた。
ふと視線を落とすと、教室の片隅にぽつりと空席がひとつあることに気づく。配られた班割の表の中に、「ひまり」の名前はどこにもなかった。だれも疑問に思わず、教官の冷徹な声が静寂を切り裂く。
「次の演習は『森林サバイバル』だ。期間は五日間。森の中の指定エリア内で生活し、各班のチェックポイントを通過し、五日目の十一時に集合場所にいろ。行動不能者はその時点で即リタイアだ。さらに――食料摂取が十二時間滞れば戦力外と見なす」
十二時間。つまり、丸一日まともな食事がとれなければアウトということだ。
「夜間の魔的現象、地形変化、天候急変も想定に入れておけ。危険度は1だ。随行する上級者はあくまで監督であり、お前たちの救助隊ではない。また、他班との協力は原則禁止とする。……最終的に生き残るのは、君たち自身だ」
パラリ、と紙のめめくれる乾いた音が教室の静寂を切った。続いて、具体的な班割が読み上げられる。
「班A――水理湊、立花蘭土、佐伯紗耶香、ニーコス・書」
「班B――守屋廉、井上琉生、岡田悠真、春日井陽菜」
「班C――北村朔太郎、佐藤新、渡辺陸斗、今度桜都」
名前を呼ばれ、各班の面々が互いに顔を見合わせる。俺は隣のランド、そしてさやか、新しく同じ班になったニーコスと視線を交わした。みんなの顔に緊張が走る。
「各班、打ち合わせに入る前に注目しろ。今回お前たちに随行する上級者を紹介しておく」
教官の促しに応じて、教壇の脇に控えていた二人の男女が前へ出た。
「おっす、北川光だ。三十六歳独身、位階は上級、構築系が得意。ただいま絶賛彼女募集中だ!」
片手を上げて軽いノリで挨拶をした男の脇腹に、容赦のない衝撃がめり込んだ。
「おぐっ……いてぇ! 刺すなよ陽子!」
北川先輩が情けない声を上げて脇腹を押さえる。その横で、刺した手をすっと一振りした女性が、何食わぬ顔で微笑んだ。
「こんにちは。南沢陽子です。二十八歳、上級の発動系。壊すことと、治すことが得意だから、困ったら何でも聞いてね。保健衛生に関しては、場合によって手助けします」
凄まじいギャップを見せる二人の随行者に、教室の空気がわずかに和らぐ。
(この条件表……つまり、最初に持ち込む物で現地での過ごし方が変わるな)
「教官、質問いいですか?」
ミナトは手を上げ、手元の条件表を指し示した。
「持ち込める装備は食糧を含めて『五キロまで』とあります。期間は五日間。……これは、実質的に現地調達が前提ということですか?」
「そうだ」
教官は短く頷いた。
「安心しろ、あの森は山の幸が多い。十二人分なら、二日くらいは普通に餓えを凌げるだけの獲物がいる」
「水もですか?」
今度は別の班の悠真が声を上げる。
「良い質問だ。水と食料は切り離して考えろ。答えは同じだ。現地調達が前提となる」
教官は一度全員を見回し、諭すように言葉を続けた。
「――いいか。条件表にある『食事摂取が十二時間滞れば戦力外』というルールは、肉体の限界を言っているわけではない。この合同課程の理念である『成立』を見る……つまり、予測不能な不確実性に対する、お前たちの即応力を測るためのものだ」
(なるほど、ただの我慢比べではなく、トラブルが起きた時にどう動くかを見られているのか……これは、よくよく考えないとな)
「以上だ。各班、さっそく打ち合わせに入れ。演習は二日後だ」
教官の指示に伴い、ミナトたち班Aは中庭近くの打ち合わせスペースへと移動した。四人で即席の円陣を組むと、真っ先にニーコスが口を開いた。
「森と山なら私に任せて。案内もできるし、食料の調達も得意だから」
「すごっ……! ニーコスちゃん、頼もしい。なら私もついていく。調達の手伝いもしつつ、全体の荷物とかの管理役をやるね」
さやかが目を輝かせて即座に呼応する。
「おう、運ぶ力仕事なら俺の出番だな! 野営地の設置や力仕事は全部任せておけ」
ランドも胸を叩いて不敵に笑った。
みんな、自分の役割を瞬時に理解して動こうとしている。本当にいい仲間だ。
「わかった。じゃあ、戦闘における回復と、みんなの身体の補強は俺がやる。……全員で“戻れる形”を作ろう」
ミナトの言葉に、三人が強く頷いた。
「明日、昼。もう一度ここで細かい荷物の擦り合わせをしたい」
「分かった、ここで」
ニーコス、さやか、ランドが異口同音に応じる。短い打ち合わせを終え、それぞれが準備のために解散していく背中を見送る。
歩きながら、ミナトは手のひらをそっと握りしめた。
――五日間。
(休めない。食事がとれない。誰かが行動不能になる。全部、詰まりになる。
寝床もいる。水もいる。食べ物もいる。どれか一つ欠けても動けなくなる)
じわりと背筋を伝う緊張感を心地よく感じながら、ミナトは二日後に始まる森に思いをはせていた。




