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積土成山:初めての盛り上がり リーンの“反省会”

宿舎に戻り、それぞれ夕食を終えて静まり返る頃。

遠くの街の灯りが星のように小さく揺れる中、ミナトは冷たい夜風に吹かれながら中庭へと足を向けた。昼間の熱は完全に消え去り、澄んだ夜の空気が全身の筋肉痛を優しく冷ましてくれる。


庭の端、月明かりが差し込む場所に、白い人影がぽつりと佇んでいた。

リーンだ。彼女は愛用の槌を傍らに置き、その柄を静かに磨いていた。月光が金属のヘッドに反射し、彼女の横顔を淡く青白く照らし出している。


「……リーン、まだ起きてたのか?」


声をかけると、リーンは音もなく振り返り、ミナトの姿を認めると小さく一礼した。


「主様。……本日は、お疲れ様でした」


「ああ、お疲れ様。……こんな時間まで、何をしていたんだ?」


「はい。少しだけ、本日の戦闘についての考え事を」

リーンは槌を置き、すっと姿勢を正した。その真剣な眼差しを受けてミナトは背筋を正す。


「考え事、って?」


「はい。主様。……いえ、ミナト。少し、私の話を聞いてください」

リーンはそう言って、ミナトに向かって一歩だけ距離を詰めた。

その距離、わずか半歩。彼女のまとう、どこか冷たくて甘い花の香りが風に乗って鼻腔をくすぐる。


「本日の、初めての『実戦の盛り上がり』についてです。……まず、良かった点から共有します」


彼女はすらりとした指を、一本立てて見せた。


「一、ミナトの指示は明確でした。ランド殿とさやか嬢の動きが、主様の言葉を起点にして『回った』のは厳然たる事実です」


続いて、二本目の指。


「二、危険の察知能力の高さ。初戦における風穴獣の軌道読みは、さすがミナトです。誰よりも早かった」


そして、三本目。


「三、……楽しそうでした」


ミナトは三つ目を聞いて眉をひそめた。

「……三つ目、いるか? それ戦術的に何の関係もないだろ」


「必要です」

リーンは淡々と、けれど強い意志を込めてミナトの目を覗き込んできた。

「主様が楽しそうにされていると、周囲の動きが安定します。主様の精神的な余裕は、パーティ全体の安全マージンに直結するからです」


(説得力があるような、ただの身内贔屓のような理由だな……いや違うぞ、リーンは何か違和感を感じているんだ、俺もなんか変だし……)


リーンは一度視線を落とした。

傍らの槌の柄を、少しだけきつく握り直す。

――ここからが本題だ、という彼女なりの仕草だ。


「では。……ここからは反省点です」


一拍の間。中庭の木の葉が、風に揺れてサラサラと鳴った。


「一、ミナト。笑いすぎです」


「……えっ」

予想外に個人的な指摘に、ミナトは間抜けな声を漏らしてしまった。


「『笑うと集中が落ちる』と、戦闘中にミナト自身が言いました。実際、後半の接敵時、主様の注意はわずかに散漫になっていました。これは明白な事実です」


「……う」

ミナトは、的確すぎる指摘に、言い返せない。


「二、距離の管理が甘い。さやか嬢との距離、ランド殿との距離。……そして」


リーンはほんの少しだけ言葉を濁し、ミナトを咎めるような、どこか寂しげな瞳で見上げた。


「……私との、距離もです」


「え、僕はそんなに変な動きしてたか?」


「はい」

リーンは小さく、けれど重く息を吐いた。

「主様は『仲間』という言葉に反応された際、無意識に……半歩、前へ出ました」


リーンが、ミナトの足元を細い指先で指し示す。


(自分の靴先……あ、確かにあの時、二人に吸い寄せられそうになったのを覚えている。が気のせいではなく、実際半歩寄っていたのか、それがダメなのか?)


「……気づかなかった。無意識だった」


「無意識だからこそ、こうして反省会が必要なのです」

リーンはフッと、夜の闇に溶けてしまいそうなほど柔らかく微笑んだ。

そして槌を完全に腰のホルダーへと戻し、再び俺の正面に立ち塞がる。


「主様。本日の四人の連携は、確かに『仲間』と呼ぶにふさわしいものでした。……ですが」


彼女の黒い瞳が、まっすぐにミナトの瞳を射抜く。


「仲間は、守るべき距離を間違えると、簡単に壊れます」


「……壊れる?」


「はい。主様が前に出すぎれば、ランド殿は自分の限界を超えて無茶をします。主様が笑いすぎれば、さやか嬢は戦場を日常だと錯覚して油断します。……そして、主様がこれ以上、距離を詰めすぎれば、私が……」


そこまで言って、リーンは急に喉を詰まらせたように言葉を呑み込んだ。

その白い頬が、月明かりのせいではなく、微かに朱に染まっているように見えた。


(なるほど、勇み足、っていうやつか、あせって進めるとはまるっていう。リーンはそれを言いたいのか)

「……リーン?」


「いえ」

彼女は小さく頭(かぶり)を振った。自分の中に生じた未体験の感情を、無理やり処理――胸の奥へ押し戻すように。

そして、いつもの静かで頑なな表情に戻り、深く、深く頭を下げた。


「次も、戻れる形で。……私からは、それだけです」


(だけじゃない、かもしれないけど、なんだろうな、こういうリーンを見ていると、それでいいんだ、この従者の言うことに沿って行けば、いいんだって気になってくる。これなんだろう?)


「……うん、そうだ。ありがとう、リーン。こうやってリーンの話を聞いていると、言葉に出来なくてもすとんと落ちてくるんだ。俺、この『反省会』嫌いじゃないよ」


俺の緊張の取れた声に、リーンの肩からふっと余計な力が抜けていく。

「……同伴ですから。主様が道を外れないよう、お傍にいるのが私の役目です」

そう答える彼女の頬が、今度は本当に、わずかに柔らかく緩んでいた。


冷たい夜風が、二人の間を静かに通り抜けていく。

縮まりかけた世界の中で、お互いを守るために引き直された、半歩の距離。


(そっか、モヤが溶けていくのは、俺の事を考えてるって感じるからだ……)

気づけばこの距離に安心して頼っていた。

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