積土成山:初めての盛り上がり 夜手前・二戦
だいぶ先まで書き溜めができたため本日は、20時10分も投稿いたします。
どうぞ1読、お楽しみください。※8月8日まで2回投稿を実施いたします。
今日で、1日2回投稿、をいったん終了いたします。お付き合いくださいましてありがとうございます。
とても、気が休まらない日々でした。継続できる人、尊敬できます。
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――夜手前。
紫色の薄暮がさらに濃度を増し、いよいよ視界の端が夜の闇に溶け始めていた。
そんな焦らすような時間帯に、再び『風穴獣』の小型が姿を現す。
二度目の接敵。当然、一戦目よりもスムーズに体が動くはずだった。――はずなのだが、やはりどうにも足並みが揃わない。昨日までの地獄の訓練の疲労が、ここにきて全員の足取りを微妙に狂わせていた。
「あ、出てる出てる! また来たよ!」
さやかが声を上げる。
「ランド、正面を押さえろ! さやか、後ろに回れ! リーン、退路を塞ぐ、左へ!」
ミナトの指示は速い。早口の指示のままに、四人の立ち位置が交差する。
ランドが泥臭く地面を蹴り、風穴獣の突進を正面から肩で受け止めた。さやかは指示通り後ろへ跳ねながら、追撃の光の矢を放つ。リーンは影のように鋭く横へ回り込み、完璧な位置取りで風穴獣の逃げ道を塞いだ。
そこまでは、確かに問題なしだった。
「うおっ、そっち行った! 待てっ――」
反転した風穴獣の素早い切り返しに、ランドのバキバキの身体がついていかなかった。
――どしんっ!!
嫌に重苦しく、そして痛々しい音が静かなフィールドに響き渡る。
同時に、がさがさと勢いよく木々から何かが落ちてくる音。探していたはずの風穴獣は、その隙を突いて森の奥へとがさがさに消えていってしまった。
「ランド!?」
さやかが悲鳴のような声を上げる。
「ぐぉぉぉ、いてぇ……がっ!?」
木に正面衝突してうずくまるランドの頭上に、上から落ちてきた固い木の実が、追い打ちをかけるように綺麗に命中した。
――コン。
そんな、妙に軽快で小気味よい音が響く。
見れば、ランドの頭に見事な赤コブがみるみるうちに浮かび上がっていくところだった。
「あぉぉぉ、ぃいてぇえ……!」
涙目でコブをさすりながら、ランドが地面にへたり込む。
「……速ぇっての……あいつ、全然追いつかん……」
そのあまりにも、どこかで見た、いや、喜劇で何度も見た絵面の圧倒的なパワーに、誰一人抗えなかった。
(いや無理、無理だって、現実に起きるのかコレ?いや起きたぞコレ……ぶはッ)
「ぶっ……く、く、く、ふぅ……ッ」
(いや無理、ほんとに無理。もう格好つけるとかどうでもいい、まぁいいか)
ミナトの肩が激しく震える。
「……あははっ! ごめ、今の、だめ……っ!」
さやかは真っ赤になって顔を伏せ、ついに膝を折って爆笑し始めた。
緊迫した狩り場のはずなのに、そこだけ完全に学園の放課後の空気に塗り替えられていく。
そんな俺たちの笑い声を切り裂くように、すぐ隣から凍りつくような冷淡な声が響いた。
「怪我をされましたね。……が、実に『平和』です」
リーンが冷ややかな視線をランドに突き刺していた。その瞳には、主の命令を完遂できなかった前衛への、じわじわとした不機嫌が滲んでいる。
「いててて、ミナトもさやかも笑うなよなー!」
ランドは痛みに顔を歪めながらも、俺たちの笑いにつられて、結局は自分も「はぁーはっはっは!」と大声で笑い出した。
ひとしきり笑い転げ、大きくため息を吐く。
「はー……笑いすぎて腹痛ぇ……」
こうして理由もなく釣られて笑ってしまう。息は乱れている。けれど、心地よくて、温かい乱れだ。
「……ふぅ。ちょっと、今の、木に“近すぎ”よ!」
さやかは涙を拭いながら息を整え、何かを言いかけて慌てて飲み込んだ。
「……にか――」
おかしな言葉が出そうになったのを、わざとらしい咳払いで誤魔化す。
そして、俺に聞こえないような小声で、ぽつりと呟いた。
「……ミナトくんの言う“近い”は、なんか、遠いんだけどな……」
「近い……の、何?」
聞きそびれたミナトが尋ね返すと、ランドが頭をさすりながら割って入ってきた。
「何でもいいんだよ、青春なんてのは!」
「コブが『青春の母』になってますね。……はっ」
淡々と毒を吐いたリーンが、またしても自分が彼らの身内ノリに影響されていることに気づき、小さく息を呑んで口元を押さえた。
「おい、リーンさん。今、『はっ』って言っただろ?」
ランドがニヤニヤしながらリーンの顔を覗き込もうとする。
「言ってません」
リーンは表情を一切消し、冷徹な一言でランドの言葉を叩き落とした。
(こ、これはぁああ、その冷たい拒絶――知っている。これはやばい。完全に機嫌を損ねている。が、原因がわからない、従者の不機嫌に気づくことと、原因を把握することは違うんだと、のんきに考えていられる余裕がなくなっているッ……甘味は宿舎のどこかにあったかな)
ミナトの背中に冷たい汗がたらりと流れた。
◇
学園都市ベイルスレイブの外縁へと続く帰り道。
すっかり夜の帳が下りた往来には、露店の温かい灯りが点々と揺れ、おいしそうな匂いと煙が夜風に乗って漂っていた。
谷から吹き下ろす風はすっかり冷たくなっていたけれど、やり遂げた俺たちの身体は、まだ微かな熱を帯びている。
「うめぇぇぇ! これだよこれ! これが『自分で稼いだ金』の味だ!」
ランドが焼きたての肉串を豪快にかじり、言葉通りに涙を流さんばかりの勢いで感動に震えていた。
「ね! ね! こういうの、まさに青春って感じがしない?」
さやかも、お目当てだった甘味の詰まった串を大事そうに両手で持ち、弾むような足取りで隣を歩く。その瞳には、露店のオレンジ色の光がキラキラと反射して、夕暮れ時よりもさらに眩しく見えた。
「……まあ、悪くない」
(二人ともしゃぎっすぎだろ、なんだ、顔が熱い。こういう時は笑わない。そう、笑わない。でも、なんていうか、胸の奥をじんわりと満たす温かいものをどう扱っていいかわからないな)
「主様。歩きながら食べると、服にこぼれます」
ミナトの半歩後ろを歩くリーンが、自分の焼き野菜串には一切手をつけないまま、淡々とミナトの口元を指さした。その声は、聞きそびれそうなほど静かで、どこかよそよそしい。
(なぜだ?リーンが遠く感じる……これは、なんとかしないといけないな、なんだか気持ちが沈む……)
「出た、また保護者ムーブ!」
ランドが口の周りをタレだらけにしながら、ニヤニヤと茶化す。
「はい」
リーンは表情一つ変えず、ただそれだけを短く肯定した。
「ランドくん、本当に守られて育つ男だね!」
さやかが楽しそうに笑い声を上げ、ランドが「うるせえ!」と真っ赤になって言い返す。
そんな二人の騒がしい背中をミナトは見てから、手元の串を見つめ、誰に届くでもない小さな声でぽつりと零した。
(この感じに乗っていくことが必要なんだよな、なんとなくそう思う、モヤる)
「……また来よう」
(顔が熱い。合ってるのか、なんかしんどいが、どうだ?)
「……いや。また、来たい」
――ズレていて、ちぐはぐで、戦闘中だって全然足並みが揃ったとはいえない狩り。
(……揃わないのに、まるで最初から綺麗に揃っているみたいだ)
昨日までの地獄のような特訓も、今日感じた心地よい疲労も、すべてがこの一瞬のためにあったんじゃないかとすら思えてしまう。こんな時間が、この先もずっと続いてくれたらいいのにと、ミナトは、願ってしまっている自分に気づいた。
「はい。次も、戻れる形で」
背後から、リーンの冷たい声が、俺の淡い高揚感を静かに切り裂いた。
振り返ると、彼女はどこまでも冷徹で、けれど悲しいほどに澄んだ瞳で俺を見つめていた。
楽しげな街の喧騒から、ミナト一人だけを引き剥がすような、冷たい境界線。
この時、ランドとさやかから感じる温かさとリーンから感じる遠さ、これらを正しく理解するには、ミナトはまだ子どもだった。




