積土成山:初めての盛り上がり 薄暮の『ツマネタ』と、近づく夜の足音
――風鳴りの風穴・外縁フィールド。
谷風が低く唸るように吹き抜け、足元の草むらが大きく波打つ。
そのざわめきを割って、二つの小さな影が勢いよく飛び出してきた。
「……来た。風霜鳥と、風穴獣の小型」
ミナトが即座に識別を口にする。
「よっしゃ、初戦だ!」
ランドが嬉しそうに声を上げた。
「ミナトくん、指示お願い!」
さやかが少し緊張を含んだ声で俺を見る。
「ランド、正面を押さえろ! さやかは左! リーン、回収優先で先に動け!」
ミナトが早口で指示を飛ばす。
風霜鳥が翼を羽ばたかせ、鋭い風の刃を飛ばしてきた。同時に、風穴獣が突風を纏って直線的なスピードで距離を詰める。
「おらぁっ!」
ランドがバキバキの身体を踏ん張り、盾となってその突進を受け止めた。
「えいっ!」
さやかの指先から放たれた光の矢が、風の刃を相殺しながら風霜鳥を正確に射抜く。
「回収します」
そして俺の言葉が終わるより早く、リーンはすでに影のように背後へ回り込んでいた。
呆気ないほど一瞬だった。風霜鳥が光の粒子となって霧散し、その場に風羽がひらりと落ちる。風穴獣もまた泥のように崩れ落ち、風牙の欠片が石畳の上に転がった。
「落ちた! ドロップしたよ!」
さやかがパッと顔を明るくする。
「これ、いくらだっけ?」
ランドが嬉しそうにそれを拾い上げながら首を傾げた。
「風羽が200リム。風牙の欠片が300リムだ」
ミナトがまってましたと即答すると、ランドの目が一気に輝いた。
「おお、マジか! 今日の目標、これマジでいけるぞ!」
「魔石も、順調に充魔力されていますね。良い感じです」
リーンが少しだけ口元を緩めて、ミナトの腰元の袋を指し示した。
(待て……ランドの奴、さっき『初戦だ』って言わなかったか? さっき一戦交えたばかりだろ。それとも『所詮(の魔物)』の言い間違いか? なんで誰も突っ込まないんだ? 気になったのは俺だけか?)
ミナトの喉が上下に動く。
(今ここでそれを口にすると、せっかくの報酬で上がった空気感がピタッと詰まってしまわないか?
発言すると詰まるネタ、つまり……『ツマネタ』か。……よし、俺はストレスだが、ここはしょうがない。スルーで行こう)
ミナトは心の中でその処理に『ツマネタ』と名付け、大人の対応(15歳)で胸の奥に仕舞い込んだ。
そんなくだらないことを考えている間にも、空の色は急速に落ちていく。完全に暗くなる前に、風がもう一段、容赦なく冷えた。
ベイルスレイブの短い夏は、夜の準備が本当に早い。急がないと、リーンが言う“戻れる形”が崩れてしまうような、そんな焦燥感が微かに肌を刺す。
倒れた魔物から回収した魔石を、リーンが丁寧に袋へ詰めていく。そこに俺が掌で触れて魔力をなぞると、淡い光がじんわりと増していった。
「見ろよ、光ってる! これ充魔力できてきただろ!」
ランドがまるで自分がやったかのように勝ち誇る。
「ねえ、こういうのってさあ」
さやかが、夕闇に光る魔石を覗き込みながら、勝手にエモーショナルな方向に話を盛り始めた。
「なんか“みんなで回ってる”って感じがするよね」
そして、にこっと実に楽しそうに微笑む。
「……うちら、なんか『仲間』って感じ?」
仲間。その言葉が漏れた後、ミナトの視線は、自分と彼女たちの間の物理的な距離、そこにある手、そして周囲の冷たい景色へと流れていった。
「……仲間の距離、か?」
ミナトがぽつりと、その言葉の定義を確かめるように間を置いて呟くと、さやかは嬉しそうに頷いた。
「そうそう、距離! 仲間!」
その瞬間。
ミナトの半歩後ろにいたリーンが、すっとミナトの肩に手を添え、立ち位置をほんの少しだけ後ろへと引き戻した。さやかたちの明るい輪から、ミナトを切り離すような、詰まらない距離を作るような。
「距離は、詰めすぎない方がよろしいかと。主様」
リーンの声は、どこまでも丁寧で、そしてどこまでも冷徹だった。
「おーこわ。保護者かよ」
ランドがその徹底した態度をからかうように笑う。
「はい」
リーンは一切否定せず、淡々と肯定した。
「じゃあ俺、保護される側やるわ!」
ランドは即座に便乗し、バキバキの身体でこれでもかと胸を張った。
「守られて育った男、ランド! どうよ!」
「だめ、かわいい」
さやかが間髪入れずに乗っかる。
「“保護される側”って自分から名乗るの、逆に強キャラ感あるよね」
「……お前ら、一体何の話をしてるんだよ」
ミナトが力なくぼそっと零すと、リーンが淡々と補足した。
「平和の話です。主様」
そのやり取りに、二人が一斉に笑い声を上げる。
ミナトは、一拍遅れて、釣られるように小さく吹き出していた。
(主様、昔からいつも周りより一拍遅れて笑いますね)
「……やめろ」
ミナトは必死に笑顔で吼える。が、笑い顔が戻らず、文句の声が軽くなる。
「……笑うと、集中が落ちるだろ」
「集中落ちても勝てるのが、青春だろ? 知らんけど」
ランドがニヤニヤしながら、いかにもどこかで聞いたような台詞をドヤ顔でのたまう。
「知らんのかい!」
さやかの息の合ったツッコミが即座に炸裂した。
「知ったばかりのフレーズを使いたがる年頃なのね……はっ」
リーンが小声で、お姉さんぶった呆れ声を漏らし、ハッと毒を吐いた。
「言いたいお年頃なんだよ!」
ランドが地獄耳でそれを拾い、真っ赤になって言い返した。
じわじわと夜の帳が下りるフィールドで、ちぐはぐな四人の笑い声が冷たい風に溶けていく。ズレているはずなのに、今はその距離感が、たまらなく心地よかった。




