積土成山:初めての盛り上がり 夕方・出発と、放課後の特別な色
だいぶ先まで書き溜めができたため本日は、20時10分も投稿いたします。
どうぞ1読、お楽しみください。※8月8日まで2回投稿を実施いたします。
あと1日……頑張ります
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――夕方。学園都市ベイルスレイブの外れ。
短い夏が始まったばかりのこの街は、日中の熱気がまだしぶとく地面に残っていた。けれど、谷沿いの風がひとたび吹き抜けると、肌に張り付いた汗が一瞬で冷やされ、「夜が近い」ことを本能的に悟らせてくる。ベイルスレイブの夏は、昼と夜の境界線が驚くほどに早い。
学園の敷地を一歩外へ出た瞬間、四人の足取りが軽くなり、笑顔と笑いがこぼれだした。驚くほど空気が軽い。都市の外縁だからといって、見張りの目が減るわけじゃない。けれど――“先生の目”がない。ただそれだけで、子ども達はこんなにも息がしやすくなる。
「……今日、本当に僕たちだけだよな」
歩きながらぽつりとミナトが言葉をこぼす。いつもより少しだけ早口になっていたことに、自分では気づいていなかった。
「先生、いないんだよな」
一呼吸置いて、もう一度確かめるように呟く。
「……なんか、変な感じだ」
「なんだよミナト、めちゃくちゃわくわくしてんじゃん」
隣を歩くランドが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、ミナトの背中を軽く肘で小突いてきた。
そのまま両腕をぐるぐると大きく回し、バキバキの肩の骨を小気味よく鳴らす。
「これだよこれ! 同年代だけで行く初めての稼ぎ! まさに『大人の階段』ってやつだな!」
「あはは、本当にお小遣い稼ぎだね!」
少し前を行くさやかが、弾むようにステップを踏んで振り返った。
夕暮れの風にふわりと広がるスカートの裾を、お淑やかに楽しげに両手で押さえながら彼女は笑う。
「ねえ、これって、いわゆる“放課後の冒険”ってやつじゃない?」
その弾けるような笑顔と、女の子らしい可憐な仕草は、夕闇が迫る無機質な外縁の景色の中で、そこだけパッと明かりが灯ったように眩しかった。
(ふわっふわっと動く、目をぱっちり開けて、次々とみている。あ、いやいや、ちがうよ、動線がつまらないか、不意の事故が無いか見てただけだ、うん……いや、ここは認めるべきか、男らしく……な。はい、確かに、さやかを見てました。でも何か、考えてたわけじゃないぞ!俺も一般的な男子だったというわけだ)
「危険度は極めて低いエリアとはいえ、油断は禁物です。主様」
俺の半歩後ろから、リーンが淡々と静かな声を重ねる。
一瞬ミナトはびくっとした。
(うぉ!みられた?見てたの見られた?いや、どうでもいいことを考えていた事を気づかれたか?ん?笑ってる。あ、戻った。くくくっ、見逃さないよ。そう、この従者は俺のことをよく知っているが、俺もこの従者のことをよく知っている。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。楽しんでるなリーン)
「……ですが。確かに、楽しそうですね」
「……ああ」
日が傾くにつれて、地面から急速に熱が抜けていく。視界はまだ十分に明るいのに、体感温度だけが冷えていく。この夕方の“軽さ”が、決して長くは続かない「今だけの特別な時間」だと、冷たい風が教えてくれる。
(なんだろう、自由?好きにしていい?ってやつだ、いかん、顔が緩む。また突っ込みが来る、いやそれ自体はいいんだが、繰り返すと安っぽいしな)
「……手早くやる。予定通り、詰まらせずに終わらせよう」
ミナトは腰のポーチに触れ、さっきリーンに締めてもらった魔石袋の紐を、自分の手でもう一度だけ、丁寧に締め直した。無駄のない真面目な手つきを意識しながら、けれど、ぽつりと小さな本音を漏らす。
「……でも。自分たちだけで稼げるっていうのは、正直、嬉しいな」
「だろ!? よし、今日の目標! 魔石の充電二個分!」
ランドが元気よく袖をまくり上げた。
「俺、無事に帰れたら、露店で肉の焼き串買うんだ!」
「あ、ずるい! 私、甘いやつ!」
さやかは即座に賛同すると、その場でくるっと軽やかに半回転して、俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。
夕日のオレンジ色を浴びた瞳をキラキラと輝かせ、小首をかしげる。
(ちょっと、そういうの、どうなん、可愛いじゃん。いや、ちがうって、ここ狩場!)
「……ミナトくんも、帰りに何か買うでしょ?」
(え?狩場で何言ってんだこいつ?)
「……買わない」
(いや、なんだこの期待にあふれた目は、そうやって見上げられると…………いや、せっかくの初めての稼ぎだし、少しくらい寄り道しても罰は当たらないか)
「……いや。やっぱり、買う」
ミナトは自身の中でもトップクラスの高速前言撤回に、さやかは「ふふっ」と嬉しそうに声を立てて笑い、今度は前を向いて楽しげに歩き出した。
ランドも「分かってるじゃん」とばかりにニカッと笑い、親指を立てて先頭を歩く。
二人の楽しげな背中を後ろから見つめながら、ミナトは、吹き出すように小さく笑っていた。
リーンもまた、ミナトの笑顔につられるようにして、愛おしそうに小さく微笑む。そして、主の行く手を阻むものは何一つ逃さないとばかりに、そっと腰の槌に白い手を添えた。
夕方の強い風が俺たちの間を吹き抜け、広場に残っていた夏の熱を、心地よく冷ましながら連れ去っていった。
◇
――薄暮。
視界が急速に紫色の影に侵食されていく中、ついにそいつが現れた。
岩陰から飛び出してきたのは、小型の『風穴獣』。
ガイド本にあった通り、小柄な体躯に似合わない直線的なスピードで、こちらとの距離を詰めてくる。
視線は完全に対象の軌道を追えていた。思った以上に動きが読める。
(――見えてる)
そう確信した次の瞬間、自分の身体が思った通りに動かないことに気づく。昨日痛めつけた筋肉が、ほんのわずかに駆動を遅らせるのだ。
(あ、クソ、動きがズレる。……もう一拍、引き付けないと駄目か……!)
「うおっ、そっち行った!」
筋肉痛でガチガチのランドが、想定外のスピードに情けない声を上げる。
「え、え、私こっち?!」
さやかも突然の接敵に完全にテンパっていた。
だが、ここからの彼らの動きは若さの反射神経と言うべきか、驚くほど噛み合った。
ランドが痛む身体を無理やりひねって前へ踏み込み、さやかは突っ込みそうになっていた前傾の重心を危なげなく戻して、後ろへパッと跳ねる。
その二人の交差を見届けながら、俺は一歩だけ横にずれ、真っ直ぐに小さな魔獣を見据えた。指示を出すミナトの声が少し上ずる。
「ランド、正面を押さえろ!」
「さやか、左に回り込め!」
「リーン、ドロップ品の回収を優先! 先に動け!」
「了解です」
ミナトの言葉が終わるより早く、リーンはすでに影のように風穴獣の背後へと回り込んでいた。
直後、ランドが正面で壁になり、進行方向を塞がれた風穴獣の動きが一瞬だけ鈍る。
その隙を、さやかは見逃さなかった。
指先に魔力を集中させ――迷いなく撃ち放つ!
――パンッ!
小気味よい破裂音と共に土の弾丸が直撃し、風穴獣の身体が激しく爆ぜた。小型魔物は、小さな魔石の欠片を残して、その姿を崩していく。
「できた! いまの!」
さやかがパッと顔を輝かせた。ピョンと跳ねるようにして、こちらを振り返る。
「ねえミナトくん! すごい! いま、完全に連携が“回った”よね!」
さやかの弾んだ声につられるように、ミナトは緊張を解くように空気を吐き出す。
「回った回った! おいおい、俺たちやっぱ天才じゃん? いけるって!」
ランドも筋肉痛の顔を歪めながら、嬉しそうに声を上げて笑う。
(まて、お前ら喜びすぎだろ、そんなに喜んでるとちょっと乗り遅れた俺が喜べないじゃないか。それだけに、ここから喜びを爆発させると安っぽくなるじゃないか)
ミナトは歯を食いしばって、一拍ののち、落ち着いて話した。
「……普通だろ」
ミナトはすました声で答える。けれど、緩みそうになる口元を必死で抑え込んでいるのを、誰の目で見てもあきらかだった。
「……でも、次ももう一回、同じようにやれる」
ミナトの口角がだらしなく上がりかけて、真顔に戻る。顔芸かな?
(俺は嬉しいんじゃない、違う、次の敵に備えるんだ!)
「“次”が出るなら、それでいいです」
背後でいつの間にか魔石を拾い終えていたリーンが、小さく微笑みながらミナトの隣に戻ってくる。
「主様、あくまで戻れる形で」
「うん。……ねえ、なんか初めて会ったあの迷路の時のこと、思い出すな……」
さやかが消えゆく靄の名残を見つめながら、ぽそっと静かに呟いた。あの時はただ必死だったけれど、今こうしてもう一度、同じ仲間と並んで戦っている。
(確かに、思い出されるな。主に壁の向こうにおいていかれたランドを……そうだ、確かにさやかをかばって壁向うに置いて行かれたランドはかっこよかった)
「おいさやか! 余韻に浸ってると置いていくぞ! こいよ!」
すでに次の獲物を探して歩き出していたランドが、振り返って大声を出す。
「ちょっと待ってよー!」
さやかはいつもの元気な声を取り戻し、ランドの背中を追いかけて走り出した。
ちぐはぐで、ズレていて、それでも不思議と噛み合う、これが紛れもない初勝利の瞬間だった。




