真誠自照:信じたい自分 夢と仲間
「――春日井。入れ」
低く響く教官の声に応じ、はるなは小さく息を吸ってドアをノックした。
「失礼します」
背筋をピンと伸ばし、できるだけ「模範的な生徒」としての佇まいで椅子に腰掛ける。
教官は手元のレポートに目を落とし、フム、と短く鼻を鳴らした。教官は顎をひき少し見上げる様な視線ではるなを見る。
「……“国の剣と盾として、誇り高き守護者になりたい”――か。実に立派な作文だ」
「……はい。それが、私の果たすべき役目です」
はるなは目を細めて、前を見据えて答える。
(声を下げる、キーキーいうと、軽く扱われる。大体男子はそう、ちょっと言い返したら、どんどん被せてきてムカついた……)
教官はふっとはるなの喉元を見て、くっく、と喉を鳴らして笑った。
「役目、ねぇ。……だが春日井。お前は“役目”という大層な看板を背負う前に、ただの“自分”というものを、一度でも正面から置いたことがあるか?」
「……自分、ですか?」
首を傾げそうにピクッと動いた後すぐに戻り、同じ言葉をはるなは返す。
「そうだ。剣も盾も、それを持つ人間が先に折れてしまえば何の意味も成さない。レポートを見る限り、お前は“守る側”というポジションにばかり立ちすぎていて、自分自身の足元がすっぽり抜けている」
「……私は、それでいいんです。それが私の選んだ道ですから」
鼻が開き、吐き出すようにはるなは言う。
(それでいいの、ずっとそうしてきたんだから。そして、生き抜いた。食い散らかしたいわけじゃない。踏み込ませたくないだけ……何なら、ここで証明してもいいんですよッ)
「本当にそうか?」
教官は遠くを、目の奥を見るような視線ではるなの瞳をのぞき込む。
はるなは、顎を引き、手を握り締める。
(沈黙)
面談室に沈黙が流れる。
(なんなのこの教官、これまでは大体、私の剣を知っている人は、しおらしく、ハイハイ、って私に笑顔を向けてきたのに、なんで、言い返してくるのよ)
教官はふっと表情を緩めた。
「春日井。お前の言葉は立派だし、その志自体を否定するつもりはない。……だが、お前自身の“本質”は、まだここには見えてこないな」
「……っ」
はるなは、唇を噛んだ。
(返せない、こんなに踏み込まれてるのに……悔しい。私の本質って何?騎士になり、祖国を守る、家を出たときからそう思ってきた、何が悪いのッ)
ぎゅっと膝の上で手を握り締める。
「守護者になりたいと本気で願うなら、まず“自分が何者か”を徹底的に知れ。己の輪郭も分からない奴の振るう剣なんて、ただの鈍器だ。それが剣の根っこになる」
「……はい」
(だめ、言い返せない、私の本質は、私が思ってたのと違うの?……分からない、でも、言い張れない。それだけは本当)
はるなは肩を落とした。
教官は可笑しそうに肩を揺らした。
「最後に一つ。……お前は誰に向けて、このレポートを書いた?」
(え?誰ってそりゃ……妙に整いすぎた魔力を使う、あの銀色の男の子、え?いやちがう、千夏先輩でしょ?え、でも……消えない……あの銀色の子)
「あ、ええと……」
はるなは、頬が急に熱くなるのを感じて、慌てて視線を泳がせる。
「くっくく、なんだ、国のためじゃなかったのか?」
「ち、違います!……あ、いえ、違わなくて! その、国の為です!」
はるなは、背筋をこれまで以上に伸ばし、手を膝の上にちゃんと置く。
ちゃんとすると、正しいからだ。
「なるほどな」
教官は笑みを浮かべて、はるなをで見つめた後、
「よし。ならば、徹底的に見つめ直せ。国を背負う覚悟をお前の剣がどう示すのか、楽しみにしているぞ」
「……うう、はい。失礼しました……っ」
真っ赤になった耳を隠すように、逃げるように面談室を後にした。
(もう、なんなのよ、あの教官……! なんであそこで、あいつの顔が浮かぶわけ!?
……でも、うん。ごまかせたよね?)
廊下に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。
熱を持った顔を両手で挟み込みながら、心の中で、自分でも整理のつかない感情に激しく足掻いていた。
◇
● ランド
「――立花。入れ」
「うっす! 失礼します、お願いします!」
威勢の良い返事と共に、ランドが勢いよく面談室のドアを開けた。
緊張を隠すようにいつもより少しだけ大きな動作で椅子に腰掛け、教官を真っ直ぐに見据える。
教官はレポートに目を落とし、不敵に口元を吊り上げた。
「……“自分の勢いで、淀んだ場を前に進めたい”――と書いてあったな」
「はい! 俺、頭使うのとか苦手なんで、それくらいしか取り柄がないっすから!」
ランドは頭をごしごしと掻きながら、自嘲気味に、しかし誇らしげに胸を張った。
そんなランドを、教官は値踏みするような視線で見つめた後、静かに、けれど確かに頷いた。
「取り柄でいい。……むしろ、実戦において極めて優先順位の高い資質だ」
「……え、マジっすか?」
意外な高評価に、ランドは一瞬きょとんとして、目を丸くした。
「極限状態において場が膠着したとき、理屈抜きでそこを動かせる者というのは貴重だ。……だがな、ランド。お前のその『勢い』は、一度方向を間違えればただの暴走になる。最悪の場合、仲間をまとめて巻き添えにする。そこだけは、決して見誤るな」
「……っす。肝に銘じます」
その言葉の重みに、ランドの顔からスッと笑みが消え、真剣な表情が宿る。
「だが、心配しすぎるな」
教官は手元のペンを弄びながら、少しだけ柔らかく目を細めた。
「お前みたいな馬鹿が一人いるだけで、戦場でも仲間の肩の力が抜ける。そのまま変わるなよ、立花」
「……うっす! ありがとうございます!」
ランドは、少し耳を赤くしながらも、嬉しそうに大きく一礼した。
(このままで、良いってことだよな、ヘヘッ)
● さやか
「――佐伯。入れ」
「し、失礼します……っ」
おずおずとした様子で入ってきたさやかは、スカートの端をきゅっと握りしめ、縮こまるように椅子に腰掛けた。
教官の前に提出されたレポートには、彼女の自信のなさを示すような細い文字が並んでいる。
「……“大切な人に、自分の頑張る姿を見てもらえるように魔法を使いたい”――か」
「……はい」
さやかは肩を竦め、小さく、消え入りそうな声で言葉を継いだ。
「ミナトくんたちにも、そう言ったんですけど……やっぱり、そんな気持ちで魔法を使うのって、どこか甘くて……軽いかなって……」
「軽くない」
遮るように落とされた教官の言葉に、さやかは弾かれたように顔を上げた。
「むしろ、それも優先順位の高い資質だ」
「……え?」
「誰かのために、誰かの目線のために使う魔法というのは、本質的に強い」
教官の静かな声が、さやかの不安を溶かすように響く。
「だが――佐伯。お前は自分の限界を見間違えるな。“誰かのため”という想いは、度が過ぎれば自分を中から壊す、毒の呪いにもなり得る」
「……あ」
さやかの脳裏に、何か思うところがあるのか、わずかな動揺が走る。
「自分の器を、想いの重さで潰すな。……誰かに見てもらうこと。それは、本当の『仲間』を得てからは、何よりも最高の行動規範になる。……しっかりと、お前をちゃんと見てくれる仲間を捕まえるんだぞ」
「……! はい!」
教官の温かくも厳しい言葉に、さやかは今度は曇りのない笑顔で、力強く返事をした。
(背中押してもらった、うん、頑張る)
● おと
「――今度。入れ」
「し、失礼します……っ、あ、うぅ」
おとは部屋に入るなり、まるで壊れ物を扱うようにそろそろとドアを閉め、椅子の端にちょこんと腰掛けた。落ち着きなく、机の下で自分の指先をいじり回している。
「……“構築・製作が得意。技術的なことは色々と挑戦してみたい”――か」
「はい……その……私、やれることをたくさん増やしたくて……っ」
おとは怯える小動物のように肩を震わせながら、それでも必死に自分の意志を伝えようと教官を見つめた。
教官は深く、重いため息を吐いた。
「技術の引き出しを増やすのは悪くない。だがな、おと――お前は『多い』」
「……多い、ですか?」
「手に取ろうとしているものが、あまりにも多すぎる。それらの技術を修めるに足る、肝心の『覚悟の量』が、今の技術的な好奇心に全く追いついていない」
「……っ」
おとの身体が、恐怖に打たれたように小さく強張る。
「すべてを持ち帰ろうとすれば、器が破裂して何も残らないぞ。……抱え込むものを減らすか。それとも――そのすべてを背負いきるだけの『耐えられる力』を身につけるか。そのどちらかを選べ」
「……はい……っ」
泣き出してしまいそうなほど縮こまるおとを見て、教官は不意に、思い出し笑いをするように肩を揺らした。
「くっくっく……。そういえば、今の教官ジン――あいつもな、若い頃によく同じことを言っていたのを思い出したよ。『何でもできるやつが一番最強!』『俺は何でもできるやつになるんだ』と、大真面目にな」
「……え? ジン教官が、ですか?」
意外すぎる名前に、おとはぽかんと口を開けた。
「ああ、お前と同じくらい、欲張りで、色々なことに手を出そうとする男だった。……おと。貪欲に挑戦することは決して悪いことじゃない。その『色々やってみたい』という熱意自体は、私の中で非常に評価が高いポイントだ。挫けるなよ」
教官の不器用な励ましに、おとの目にじわりと涙が浮かび、同時にパッと明るい光が灯った。
「……! はい! ありがとうございます、一生懸命がんばります……っ!」
(頑張れば認めてもらえるんだ!)
ペコペコと何度も頭を下げるおとを見て、教官は「よし、行け」と、優しく手を振って次の面談へ向かうように促した。




