真誠自照:信じたい自分 魔法は嘘を嫌う
だいぶ先まで書き溜めができたため本日は、20時10分も投稿いたします。
どうぞ1読、お楽しみください。※8月8日まで2回投稿を実施いたします。
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「ここから先、お前たちが仲間と共に戦っていくうえで、何よりも重要になるのは――」
教官は、教壇から鋭い視線で教室全体をゆっくりと見渡した。
その重苦しい沈黙に、生徒たちの背筋がわずかに正される。
「……仲間の能力を、正確に把握することだ」
教官は黒板にチョークを走らせながら、淡々と、しかし噛み砕くように言葉を続けた。
「だが、能力の把握というのは、お前たちが思っている以上に存外難しい。己の、そして他者の本質を見極めるには、丹念で、長い時間をかけた『自己との対話』が不可欠になるからだ」
コツ、とチョークが黒板を叩く。
「そこで、標準的な魔法体系にそって、一度お前たちの能力を言語化してもらう。……レポート形式で提出しろ」
教室のあちこちから、文字にできない微かな「げぇ」という空気の漏れる音が聞こえた。だが、教官はそれを気にする風もなく、淡々と告げる。
「提出後、そのレポートを使い、個別に簡易的な面談を行う。面談での質問は二つだけだ」
教官は人差し指と中指を立てて見せた。
「――誰に説明するつもりで、それを書いたのか」
「――それを書くことで、相手に何を伝えたいと考えたのか」
一度言葉を切った教官は、ふー……と短く息を吐き出した。
肩の力を少しだけ抜き、どこか遠い目をする。
「……ここからは、一人の魔法使いとしての、私の持論だ」
その声音のわずかな変化に、俺――ミナトは無意識に耳を傾けていた。
「魔法は、嘘を嫌う」
その一言が、やけに重く耳朶を打つ。
「嘘の上に築かれた魔法は、いずれ歪みを生み、使い手を中から崩壊させる。……だが、不完全な人間という生き物は、生きていくためにどうしても嘘を必要とする。自分を守るために。あるいは、まだ見ぬ未来を選ぶために。誰もが『信じたい自分』という、夢という名の嘘を抱えて生きている」
教官の目が、一瞬だけ優しく細められた。
「魔法は、その優しい嘘が、いつか本物になる瞬間を……暗闇の中で、静かに待っているんだ。だからな、私は……魔法というモノは、お前たちが思っているよりもずっと『人間臭いもの』だと思っている」
黒板に向き直り、教官は強い力で文字を囲んだ。
「だから、間違えるな。魔法を学ぶというのは――自分の未来の『形』を選択するということだ。このレポートには、綺麗事のスペックシートなど書くな。……“自分が信じたい自分”を書いてこい。以上だ」
教官が言葉を締めくくると同時に、クラスメイトの佐藤新が勢いよく手を挙げた。
「教官! 質問です! 能力の整理に使う魔法の体系は、発動、構築、解析、終結の『4大体系』でよろしいですか? 外部の魔術師の塔などでは、より細分化した『12体系』を提唱している学者もいるようですが!」
「良い質問だ」
教官は小さく頷いた。
「物差しや言葉が違えば、能力の定義には必ずズレが出る。実戦において、その前提の確認を怠ることは致命傷に繋がる。……能力整理は、このベイルスレイブの基準である『4大体系』で行え。別の体系を採用した場合は、面談の際にその合理的な理由を厳しく問わせてもらう。他、質問は?」
誰も手を挙げない。
「以上だ。提出期限は厳守しろ」
教官が教壇を離れた瞬間、張り詰めていた教室の空気が、ざわ……と一気に弛緩した。
「うわ, マジかよ……。レポートだけでも最悪なのに、面談とか勘弁してくれよ……」
隣の席で、ランドが露骨に頭を抱えて机に突っ伏した。
さやかはといえば、開いたノートの余白を見つめたまま、ペンを握って固まっている。彼女は、今「誰に向けて書くか」で混乱しているように見える。
前方の席では、真面目な朔太郎が早くも教官の言葉をびっしりとメモに走らせており、井上琉生は「面談で突っ込まれたら何て答えようかな」と、苦笑しながら木剣をいじっている。
はるなは、静かに、深く呼吸を整えるように胸を上下させていた。その横顔には、自分の内面を晒すことへの、微かな緊張感が漂っている。
そして――俺は。
黒板に残された、“終結系”という文字をただ、じっと見つめていた。
(自分が、信じたい自分……)
身体が頭脳についてこない、今の不格好な俺。
その埋まらない溝ばかりが目に付いて、『夢』なんて考えたい気持ちになれない。
ただ、教官の放ったその言葉だけが、冷えた俺の胸の奥底に、鈍い熱を持って残り続けていた。
◇
教室を出た瞬間、ランドが大きく息を吐いた。
「……なあ、二人とも。俺ら、“お前はすごい”って言われてここに来たけどさ……」
ランドは頭をごしごしとかきながら、少し自嘲気味に笑った。
「こういう“自分を言語化しろ”ってやつ、勢いでどうにかしていいのか……ちょっと迷うんだよな」
「ランドくんでも迷うんだ……」
さやかが少し意外そうに呟く。
「そりゃ迷うって! でもさ、俺……勢いで場を前に進めるの、悪くないと思ってるんだよ。ただ……言葉にすると軽いよな……ってさ。それって……ダメかな?」
さやかは少し考えてから、優しく首を横に振った。
「ううん。ランドくんの“勢い”って、みんなが止まりそうなときに、前に引っ張ってくれるから……わたし、すごく助かってるよ」
「……お、おう。なんか直接言われると照れるな」
ランドが赤くなった耳を隠すように顔を背ける。
さやかは胸の前で小さく手を組み、少しだけ視線を落とした。
「わたしは……魔法を使うとき、“大切な人に見てもらえるように”って思っちゃうんだ」
「おお……なんかロマンチックだな」
「だ、だめかな……? そんな気持ちで魔法を使うのって……やっぱり軽いのかなって……」
二人のそんなやり取りが、俺の鼓膜を上滑りしていく。
(……目は追わせる場所、肩は本音。じゃあ、指先が触れたあの瞬間の俺の『焦点』はどこにあった? 肉体のラグを埋めるための構築式は――)
思考の海に沈みかけていた俺は、ふと自分に視線が集まっていることに気づき、慌てて意識を引き戻した。二人が何を話していたかを巻き戻し、一番無難な『言葉』を出力する。
「……軽くないよ」
さやかが弾かれたように顔を上げた。
「誰かのために使う魔法は、強い。それに……“見てもらいたい”って気持ちは、嘘じゃない」
「……ミナトくん……」
「だよな! さやかの魔法、なんか優しいし!」
ランドが我がことのように嬉しそうに笑う。
俺はそんな二人を見て、顔の筋肉を動かし、ほんの少しだけ微笑んでみせた。頭の残りの半分では、未だに首筋の痺れと筋肉の動かし方について算段を巡らせたままだ。だからこそ、口から出る言葉は、どこか他人事のように綺麗だった。
「……僕はね。みんなが、みんならしくいられるように……でも、仲良くいられるように。そのために魔法を使いたいと思ってる」
今の自分のドロドロとした焦燥感とはあまりにかけ離れた、絵に描いたような理想論。
「……甘いかもしれないけど。どうしても、そうしたいんだ」
そう言っておけば、この場は丸く収まる。彼らの求める『ミナト』でいられる。
「……ミナトらしいな、それ」
ランドが感心したように頷く。
「うん……すごく、ミナトくんらしい」
さやかも嬉しそうに微笑んだ。
春の終わりの風が、廊下を涼やかに抜けていく。彼ら温度感に、俺の意識は全く噛み合っていない。
「よし! じゃあレポート……“信じたい自分”ってやつ、ちゃんと書くか!」
「うん……わたしも、書いてみる」
歩き出す二人の背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
「……うん。大丈夫。ちゃんと書けるよ」
適当に調子を合わせながら、俺の右手は、無意識に制服のポケットの中で強く握りしめられていた。
(信じたい自分、か……。あんな無様な姿をさらして、よくそんな綺麗な言葉が吐けるな、俺は)
己の二面性に毒づきながらも、俺はただ、自分の内なる課題だけを見つめて歩を進めた。
設定の取り込みミスがありました。
中村颯太→佐藤新へ修正。中村颯太は合同課程2年生でまだこの時には一緒に学んでいません。
地の文をミナト視点で書くと、やはり内心との関係が不透明になるので、いったんそれを抑止してみています。それに、内心を解説するのはやっぱり読み心地として、スマートだけど湿り気がない気がして……実験的な書き方に読者様を巻き込んでしまい。申し訳ございません。味変?という感じになるかと思います。作風というより読みやすさの追求のための取り組みとして、お許しください。




