一知半解:モノマネが妙に正確 白い螺旋、粉砕の呼吸
実技の順番が回り、ついにはるなの番がやってきた。
彼女は静かに、けれど一切の迷いのない歩調で前へと踏み出す。
ジン教官が、彼女の佇まいを値踏みするように見つめ、短く促す。
「お前もやれ。……派手にするなよ。きっちり成立させろ」
はるなは、胸の奥へ届くように丁寧な呼吸で息を吸い込んだ。
「はい」
その返事と同時に、彼女の身体から一切の魔力の『漏れ』が消失した。
レンや俺のように外側へと魔力を放射するのではない。膨大な魔力を、自らの身体の『内側』へと、極薄の膜のように張り巡らせていく。
彼女が携えた剣が、一瞬だけ、太陽の光とは異なる硬質な白さで発光した。
はるなの正面に置かれているのは、大人が三人並んでも抱えきれないほどの、巨大な黒い岩。
はるなが、一歩。床を踏みしめる。
彼女の身体がブレた、と思った瞬間には、すでに踏み込みは完了していた。
剣を「振る」という暴力的な予備動作は存在しない。ただ、切っ先を岩の表面へ、吸い込まれるようにスッと『置いた』。
――次の瞬間。
重厚な岩塊が、一瞬にして純白の『粉』へと還った。
真っ二つに割れるのではない。ただの砂利になるのでもない。完全に分子の結合を失ったかのように、煙のような白い粉塵となって、風にさらわれていく。
激しい打撃音は聞こえない。数瞬のタイムラグを置いて、ズゥゥン……という地響きのような超低音だけが、遅れて鼓膜を震わせた。
「はぁぁぁぁ……」
はるなは、砂塵となった岩の前で顎から一筋の汗を落としながら大きく息を吐いた。
「……はんぱねぇ」
佐藤新が、口を半開きにしたまま呆然と呟く。
「発動、速すぎだろ。あんなの、見てからじゃ絶対によけられない……」
渡辺陸斗の顔からも、いつもの余裕が消え失せていた。
はるなは、周囲のどよめきに対しても、ぴくりとも顔色を変えなかった。
ただ、その瞳だけが、どこか遠く、血生臭い『前線』の景色を捉えているかのように鋭く研ぎ澄まされている。あの無駄のない、刹那の強化速度。あれは座学や平穏な訓練だけで磨かれるものではない。
一瞬の遅れが「死」に直結する極限の戦場で、身体に強制的に叩き込んできた『実戦の速さ』だ。
俺は、そのすべてを網膜に焼き付けるように凝視していた。
声は掛けず、ただ、目で追う。
(……今の、剣先から放出された魔力が、物理的な衝撃波に変換されて岩を直接振動させたんだ。構築は二層、いや三層。……凄まじいな。標的に対して『押し出す力』と『引き戻す力』が、術式の中で螺旋のように高速で渦を巻いて、岩の内部を波打って破壊している。
怖すぎる。あんなもの、もし生身で掠りでもしたら――一瞬で肉も骨もすり潰される)
ゴクリ、と喉が自ずと鳴る。
胃の腑がヒヤリと冷えていくのを感じながら、俺は脳内で、はるなが見せた超高速度の術式構造を、何度も、何度も、壊れた機械のように反芻し、考え続けていた。
◇
夕方。宿舎へ向かう上り坂は、昼間のあのじりじりとした熱が嘘のように抜け落ち、急速に冷えが戻り始めていた。
谷の街の夕暮れは早い。光が奪われるにつれて、空気の密度が変わり、自分たちの声が冷気に削られて短くなっていくような感覚に囚われる。
「ニーコスちゃんと話してみたよ」
並んで歩くさやかが、どこか弾んだ声で唐突に切り出した。
「すっごくいい子だよ、ニーコスちゃん。物静かに見えてさ、話しかけるとね、いっぱい喋ってくれるの。森のことも教えてくれたし、私たちのことについても『気になるところがあれば教えてほしい』って言ってくれて」
「おい!」
ランドが隣から身を乗り出すようにして、食い気味に割り込んできた。
「耳! 耳はどうだったんだよ! 動いたのか!?」
「ランド君、本当に耳にしか興味ないの?」
さやかが呆れたようにため息をつく。
「いや、そんなことはないけど……いや、あるか。うん、まず耳だ。何はなくとも耳だよ」
「ふーん。ニーコスちゃん、森のいい匂いがしてたよ。香草のこと、いろいろ教えてもらったんだ」
「それも知りたい! ……いや、待て、そっちは後だ。今は耳だ、耳! あれって途中で折れ曲がるのか? それとも、根元からピクピク動くのか?」
「根元? 耳元じゃないの? バッカみたい」
「なんて言えばいいんだよ、じゃあ!!」
「べーだ」
さやかが舌を出して笑い、ランドが「おい!」と頭を抱えて吠える。
その賑やかな背中を半歩後ろから見つめながら、リーンが俺にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「森の方は、遠目にはとても静かでいらっしゃいます。ですが、ご友人となら、あのように仲良くお話になるのですね」
「そうだね、うん。……そうなのかもな」
俺は、隣国のハンザゴルトの森林に森の国を作り、その奥に住まうという「森の人」、その一人で同級生の静かな佇まいを思い浮かべながら、短く言葉を返した。
ランドががなり、さやかが笑い、俺が静かに相槌を打つ。
リーンの立ち位置は、いつもと変わらず俺の半歩後ろ。さやかとの間に絶妙な「配置」を保ったまま、音を立てずに俺の歩調に従っている。
その時だった。
見覚えのある、細く、けれど一本の芯が通った背中。
狭い角の向こうから、はるなが歩いてくるのが見えた。
二人の距離が、一歩、また一歩と近づき、そしてすれ違う。
はるなは、一瞬だけ足を緩めて俺を見た。
その瞳に宿っていたのは、昨日と同じ、何かを問いかけるような、探るような、不思議そうな光だ。
(……俺に君の技の正体が見えた事、気づいているな)
だが、彼女は何も言わなかった。ただ、その硬質な瞳で俺を射抜いたまま、無言で通り過ぎていく。
俺もまた、その横顔を目で追うだけで、声をかけることもしなければ、足を止めることもしなかった。
ただ、すれ違う一瞬。
冷たい風が二人の間を通り抜け、彼女の髪から漂う、どこか焦げたような、研ぎ澄まされた魔力の匂いだけが、俺の鼻腔に微かに残された。
「……」
背後に流れていく、はるなの気配。
ランドとさやかの賑やかな笑い声が、少し遠くで響いている。
勝つためではなく、明日も生き残るために、誰もが自らの「距離」と「戦い方」を研ぎ澄まし始めている。




