一知半解:解説が妙に当たる 削れる声、暮れる坂道
放課後。宿舎へと続く長い坂道を下るにつれ、昼間のわずかな温もりは嘘のように消え去り、刺すような冷気が足元から這い上がってきた。
春先というのは、どうしてこうも日が落ちるのが早く感じられるのだろう。
切り立った崖に挟まれた谷底へと近づくにつれて、光は急速に奪われ、周囲の音は遠くへと伸びなくなる。まるで、自分たちの声の端っこが、冷たい空気によって少しずつ削り落とされていくような錯覚さえ覚える。
宿舎の手前、狭い角を曲がろうとしたその瞬間だった。
向こうから歩いてきた、一本のピンと張った背中――はるなと、すれ違う。
彼女は、一瞬だけ足を緩め、俺の顔を見た。
その瞳に宿っていたのは、言葉にできない不思議そうな、何かを探るような光だ。
だが、彼女は何も言わなかった。唇は固く結ばれたままだ。
俺もまた、見られていることには気づいていた。けれど、足は止めない。
ここを上り下りする人間は多い。こんな狭い角で立ち止まれば、すぐに後ろからの導線が詰まってしまう。この谷の街で生きていくうちに染み付いた、ただの『回避癖』が先に身体を動かしていた。
交わす視線は一秒にも満たない。
背後に流れていく冷たい風の中に、彼女の髪の匂いだけが微かに残され、そして、すぐに消えた。
「なぁ」
唐突に、横を歩いていたランドが、夕闇に溶けかける声で話し出した。
「森の人がいるよな。俺たちのクラスに」
「……ああ。ニーコスさん、だよね。たぶん」
俺が記憶の中から名前を手繰り寄せると、隣を歩いていたさやかが、悪戯っぽく首を傾げて覗き込んできた。
「何々? ランド君、ひょっとして気になるの?」
「いや、違うって! 初めて生で見たからさ。あの長い耳、自分の意思で動くのかなって、授業中ずっと後ろから見てたんだよ」
「……」
俺は察したね。これは何も言わないことが正解だと。
「ランド君、それ、さいってー」
さやかが呆れたように肩をすくめる。
「いや、なんでだよ! どういう意味だよ! 気になるだろ普通!? だって、顔の半分くらい長さがあるんだぞ、あの耳!」
「さいってー、さいってー。デリカシーなさすぎ!」
キャッキャと笑いながら、さやかはランドをからかうように、その大きな体躯の周りをくるくると回り始める。ランドは「マジかよ、悪気はねぇんだって!」と頭を抱えていた。
俺はその賑やかなやり取りを少し離れて見つめながら、ふと、思い出したように口を開いた。
「そう言えば……『鉱の人』は、この課程にはいないよね」
その呟きに、半歩後ろを歩くリーンが、静かに、けれど明確な答えを返した。
「はい、居られませんでした。この街の産業を考えれば、鉱の人の方が圧倒的に人口は多いのですが……。やはり、彼らは戦いを嫌う性質だからでしょうか」
「かなぁ……」
俺は、実家のある街の方向へと、ぼんやりと視線を向けた。
鉱の人たち。
俺の実家の周りにもたくさんいた。彼らは戦場に行くことなど考えもしない。ただ、嬉しそうに、楽しそうに、自分が削り出した木や石の具合について何時間でも語り合っていた、頑固で優しい職人たち。
(……戦わないで済むなら、それが一番いい)
あの職人たちの手の温もりと、ジンの見せた冷酷な三十二層の魔法。
その決定的な断絶が、今の俺にはたまらなく、少しだけ寂しく思えた。
「さやか、もう勘弁してくれって……!」
「絶対だめだよーだ! ニーコスさんに謝りなよ!」
先を歩く二人の声が、夕闇に溶けていく。
くだらないことで笑い合える、この坂道の時間を、ずっとずっと長く続けばいいのにと願いながら、どこかで膜を通して見ているようにも感じていた。
そんな子供じみた願いを俺は、32層の圧力と笑い声を前にして十分消化できず、冷たい風の中へと静かに放り出した。




