神銀の魔神 落書きと刻印、聖級のまほう
夕暮れの校内。
中庭から訓練場へと続く石畳の通路を、銀色に輝く巨大な影がどしんどしんと地響きを立てて進んでいく。
――ミスリルゴーレム。
夕日を浴びて鈍い銀光を放つその巨体は、一見すると神々しくすらある。
だが、その全身をよく見れば、まるで『落書き』のように雑多で古い文字がびっしりと刻み込まれていた。
異常の知らせを受けて急ぎ駆けつけたジンとカナリアは、校舎の物陰に身を潜め、その恐ろしい威容を鋭い視線で捉えた。
「うわ、出た! ホントに動いてるじゃない!」
「……おい、カナリア」
ジンが低く重い声で呼びかける。
「あのゴーレムの全身に彫られている文字、お前なら読めるか? 停止コードか……あるいは弱点になるような術式が刻まれているかもしれん」
「うーん……ちょっと待ってね」
カナリアは目を細め、解析の魔力を瞳に込めた。
まずはゴーレムの額。そこに深く刻み込まれていたのは、歪で禍々しいほどに古い古代文字だ。
『■■■は■□』
「うわっ、額のやつ凄まじく古い言葉だわ……! 見たことあるけど全然読めない! 完全に骨董品クラスの古代語よ、これ!」
「……チッ。続いて背中はどうだ?」
ゆっくりと歩を進めるゴーレムの背中へ視線を滑らせる。
『保管』
『しばらく不要』
「あ、背中の文字なら読める! えーっと、私のおじいちゃんやおばあちゃん世代が使ってた、少し古い森の人の言葉ね」
「……なになに? 『保管する』、『しばらく不要』……だって。どういう意味よ!? 今まさに現役バリバリで動いてるじゃないの!」
「……それ以外は?」
「胸のあたりはねぇ……」
『○○ない』
『確保』
『〇の力』
「あー、これもかなり古い言葉だなぁ……。『確保』って単語くらいしかはっきり分からないわ」
「……文字から魔力の流れは感じ取れるか?」
「あ、魔力を帯びて生きている術式は、胸の言葉だけね」
「ってことは……額と背中のやつ、ただのメモ書きか落書きよこれ!」
「落書きだと……?」
ジンの顔に筋が浮かぶ。
「うん。でもね、こんな大層で変なもの作れるの、世界にあの人くらいしかいないでしょ? 状況証拠的に百パーセント、師匠のせいです!」
「……あのクソ長寿め。また余計な骨董品を残していきやがって……っ!」
ジンは深々と額を押さえ、苛立たしげに吐き捨てた。
「……壊して構わん。なんとかしてここで止められないか?」
「やってみるけど……これ、全身ミスリル(神銀)製だよ? 物理的にも魔法的にも破壊耐性が凄まじいんだから、めちゃくちゃ手厚い保険があった方がいいわ」
「……ねぇジン、聖級以上の魔法使い、今から呼んでおいてくれない?」
「無茶を言うな! そんな大物がホイホイ呼んで来るわけねぇだろ……っ!」
ジンが重い溜息を吐き出した、まさにその瞬間――。
ミスリルゴーレムが不気味な駆動音を響かせ、訓練場の方角へと向けてゆっくりと巨大な腕を伸ばした。
――その視線の先。
教練棟の裏手で、未だ何も知らずに特訓を続けているミナトとリーンの姿があった。
◇
夕闇を切り裂き、凄まじい密度の魔力が空気を爆ぜさせる。
ジンの眼前へ展開されたのは――一辺十センチほどの漆黒の立方体、数万個。
それらはまるで、独自の重力で自転する無数の星屑のように異様な密度の群れをなしていた。
「――穿て!!」
ジンが鋭く杖を振り下ろす。
無数の黒い立方体が、まさに暴風雨のごとき巨大な質量と速度をもって、迫り来るミスリルゴーレムへと降り注いだ。
――ギギギギギギギギィィィッ!!!
中庭全体へ、耳を刺すような金属削岩音が鳴り響く。
石畳の大地がめくれ上がり、爆風のごとき衝撃波によって教練棟の外壁に走る幾筋もの亀裂。校舎の防壁魔法が限界近い高負荷を感知し、警報とともに赤く明滅し始めた。
――だが。
その聖級魔法という圧倒的な暴力の直撃を受けてもなお、ミスリルゴーレムは少し強い逆風を受けている程度にしか見えなかった。
ず、と重い音を立てて足を進める。
一歩。
また一歩。
打ち寄せる黒い星屑を強引に圧し折りながら、着実に前進してくるのだ。
「さすがは聖級、えぐい出力ね!」
「――だけど、これほどの打撃でも止まらないかしら!」
すかさずカナリアが杖を構え直した。
息をのむような精度で魔力を編み上げ、ゴーレムの全身へ網の目のように走る魔力結節点へ向けて、ピンポイントの術式干渉魔法を解き放つ。
「一、二、三……ッ!」
流れるように展開される精密無比な干渉術式。
しかし――その魔法が神銀の装甲へ接触した瞬間、まるで熱い鉄板に落ちた水滴のように、すべてが無害な霧となって霧散した。
「まったく、硬すぎるわねぇ。こういう厄介なところだけは、本当に師匠の仕事って凄いんだから」
「感心してる場合か!!」
カナリアは、びくっと長い耳を立てて肩をすくめて舌を出す。
激甚な打撃を撃ち込み続けながら、ジンが怒号を飛ばす。
「俺の最大級の攻撃だぞ!? なのに……少し動きが遅くなった程度じゃねぇか……っ!自身失くすぜ、ったくっ」




