神銀の魔神 共鳴する六属性統合魔法
同じ刻。薄暗い遺物保管庫。
無数の棚が並ぶその一番奥、隅の棚で埃をかぶっていたのは、「カメの甲羅」を模した小さな魔道具だった。
普段は、微細な魔力にうっすらと反応する程度の「感度の低い試験紙」のようなおもちゃとして見なされ、打ち捨てられていた代物。
だが――教練棟の裏手で。
ミナトが深く、深く魔力を練り上げる。
リーンのまっすぐな視線を受け止めながら、迷いを完全に削ぎ落とした一撃を放つ。
「――はあぁぁぁっ!!」
本日一番の、純粋で眩い『六属性統合』の光が、夕闇の演習場を色鮮やかに満たした。
その、まさにその瞬間――。
保管庫に眠る「カメの甲羅」が、ドクン、と心臓のように怪しく脈打った。
長らく沈黙していたその表面に、二万年前の超古代文字が青白い光を帯びて、くっきりと浮かび上がる。
教練棟の裏で、ミナトは諦めなかった。
限界に挑むように、何度も、何度も六属性の光を演習場へと解き放つ。
その光景に、リーンが感嘆の声を上げた。
「すごい……綺麗です、ミナト……!」
ミナトが放つ六属性統合の「成功」が重なるたびに――保管庫に佇む甲羅の古代文字は、同調するように明滅を繰り返していく。
チカ。
チカ。
チカ。
ミナトの魔力が研ぎ澄まされ、光の密度が増すにつれ、その点滅の間隔はどんどん狭まっていく。
そして――。
ミナトが体内の最後の一滴まで魔力を絞り尽くし、今日一番の圧倒的で美しい光を解き放った瞬間。
甲羅に浮かび上がっていた古代文字が、明滅を止め――完全な『点灯』へと変わった。
――パキ。
――パキンッ!!!
限界を迎えた二万年前の甲羅は、ミナトが解き放った強大な魔力負荷に耐えかね、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。
それと同時に。
弾け飛んだ残骸から解き放たれた目に見えない強大な魔力の波動が、保管庫を脱出し、執務室にいたカナリアとジンの目の前を爆風のごとく駆け抜けていく。
その奔流は一直線に――「あの場所」へと向かって走っていった。
◇
少し時間が戻った薄暗い遺物保管庫。
机の上に置かれた「カメの甲羅」の魔道具を囲み、ジンとカナリアが静かに検分を続けていた。
「よっと、ほい。――三属性統合」
カナリアが指先をひらひらと揺らし、繊細に編み上げた三属性統合魔法を照射する。
すると甲羅は、ぼんやりと……まるで性能の悪い魔力測定紙のように、ほんのりと青白い光を帯びた。
「うん。やっぱり近くで統合魔法を使うと光るね」
「でも、本当にそれだけ。ただの魔力チェッカーにしては感度が悪すぎるし……うーん、何のために作られた代物なのかしら?」
カナリアが首を傾げた、まさにその時――。
教練棟の裏手にて、ミナトが今日一番の純粋で眩い『六属性統合』の光を放った。
――ドクン……!!!
「きゃっ!?」
突然、カメの甲羅が激しく脈動した。
次の瞬間、薄暗かった保管庫全体が、昼間以上の真白な閃光によって一気に塗りつぶされる。
「うわーーーっ!? 目があああーっ! 目があああーーーっ!?」
カナリアは左手で目を押さえて、右手を前に出しふらつく。
「うるせぇ。どっかで聞いたようなベタな悲鳴あげてねぇで、さっさと解析しろ」
急激な光に顔を覆うカナリアへ、ジンが容赦なく低音を浴びせる。
「はーい……。うう、目が眩む……」
「あ、これ……起動状態に入ったわね。表面に古代文字が浮き出て……へぇ」
眩しさに目を細めながら、カナリアはその解読を進めた。
「『発見』、『通知』……それから『リュミエール』、『保護』……だって」
「アハハ、なーんだ。これも師匠の置き土産じゃないの」
「一体何が起きるのかしらね……。とりあえず、危ないから壊して封印しておく?」
「その必要は……ねぇだろ。割れたぞ」
――パキンッ!!!
乾いた甲高い音を立て、二万年もの歳月に耐え抜いてきたカメの甲羅は、膨大な魔力負荷に耐えかねて粉々に砕け散った。
「あら、ほんとだ。……まあ、これ真名が刻まれてたくらいだし、相当古い代物よ。きっと師匠に尋ねたところで『忘れた』って言われて終わる系ね」
だが――ほんと師匠には困ったものです。プンスカと戯れ言を口にするカナリアの横で、ジンの表情が険しく強張る。
砕け散った甲羅の破片から解き放たれた目に見えない強大な魔力の波動が、一気に保管庫の壁を突き抜け、「外」へと駆け抜けていっていた。
ジンは鋭い目つきで眉をひそめる。
粉々になった甲羅の無残な残骸。
そして、奔流となって抜けていった波動とその向かった先。
「いや……待て……」
「今……何かが外に逃げなかったか?」
◇
夕暮れの広場。
橙色の西日が落ち、長い影が石畳を黒く染めていく。
荷馬車の上で、昼間は商人が「ただの置物さ」と高らかに笑っていた、ミスリルでできたゴーレム。
――その、虚ろだった眼孔に。
突如として、冷酷で恐ろしく深い、蒼い光が宿った。
「……あれ?」
荷降ろしを終えて片付けをしていた商人の男が、首を傾げて足を止める。
「おい……今、この置物……光らなかっ――」
――ズウウウウン……!!!
地響きのような重低音が、広場の空気を微振動させた。
ただの彫像だったはずの、数トンに及ぶ巨大な神銀の塊。
それが不気味な関節駆動音を鳴らし、ゆっくりと片足を踏み出したのだ。
ミシミシと悲鳴を上げていた荷馬車が、その凄まじい質量に耐えかねて、爆発するように木片を撒き散らして粉々に大破する。
「うわあああっ!?」
「動いた!? なんでだよ!?」
「下がれ! 離れろ!!」
「暴走だ! 警備を呼べ!!」
周囲にいた生徒や商人たちが、パニックを起こして悲鳴を上げながら逃げ惑う。
だが――ミスリルゴーレムは、足元で散らばる人間たちを一顧だにしない。
ギギギ……と、不気味な金属音を立ててゴーレムの頭部が滑らかに回転した。
――感知。
二万年の眠りを経て解き放たれた『六属性適合者』――その魔力が描く、絶対的な座標。
捉えた位置は――教練棟の裏手。
――ガァンッ!!!
ゴーレムの全身の関節部から、眩いばかりの蒼白い魔力光が奔流となって噴き出した。
『ターゲット確保』
ただそれだけを深く刻み込まれた二万年前の神銀の魔神は、石畳を爆発的に噛み砕いて広大な砂埃を巻き上げると――ミナトの待つ教練棟の裏手へと向かって、まっすぐに突進を開始した――。




