神銀の魔神 ミスリルゴーレムを照らす六属性統合魔法
昼時のベイルスレイブ冒険者協会育成校。
中央広場には白く焼きつくような強い夏の日差しが降り注ぎ、眩しい石畳の上を生徒たちの賑やかな声が飛び交っていた。
その人だかりの中心に置かれていたのは、一両の荷馬車から下ろされたばかりの巨大な「置物」だ。
「すっげーーーーーっ! これ、全部ミスリル(神銀)でできたゴーレムか!?」
琉生が目を輝かせて声を張り上げると、周囲の生徒たちからも次々と歓声が上がった。
「なあこれ、動くのかよ!?」
「いやいや、動かんよ」
人だかりの問いかけに、引きつれた商人が苦笑いを浮かべながら手を振る。
「ただの頑丈な置物さ。どこぞの古代遺跡の最奥で眠っていた代物でね。腕利きの術者がいくら魔力を流し込んでも、ピクリとも動きやしなかった。だからこそ、こうして冒険者協会に研究用……あるいは希少金属の素材として買い取ってもらうために持ち込んだのさ」
生徒たちが群がる人だかりの少し後ろ。
ミナトは静かに、銀色に輝く巨大なゴーレムを見上げていた。
まるで一流の彫刻家が精魂を込めて仕立て上げたかのような、美しく無駄のない金属の躯幹。
しかし――その眼孔に魔力の光が宿る気配は一切ない。
そこにあるのは、ただの冷たい金属の塊だった。
(ミスリルゴーレム……)
日光を反射して鈍い銀光を放つその肌をじっと見つめながら、ミナトの心にふと奇妙なざわめきが生まれる。
(綺麗な金属だ。……だけど、なんでだろうな。見てると妙に、背筋が寒くなってくる……)
胸の奥に湧き上がったかすかな胸騒ぎを打ち消すように、ミナトは静かに首を振った。
そして、まだ熱狂の渦中にある広場を後にすると、日陰の落ちる薄暗い教練棟の裏手へ向かってひとり歩き出すのだった。
◇
夕方。
赤黒い落日がベイルスレイブの谷の端を重々しく染め上げていた。
教練棟の裏手にひっそりと佇む、人気のない古い演習場。
ミナトは全身を汗でびっしょりと濡らしながら、ひとり荒い息を吐き、必死の形相で木杖を構えていた。
あの消え入りそうな時間朔行世界で味わった、法則の解明できない圧倒的な恐怖。
外の世界を渇望する一方で突きつけられた、己の才能と実力への懐疑と焦燥感。
それらの感情が、彼の身体を突き動かしていた。
「くっそ……っ!」
「二つ、三つの属性統合なら……安定して効果を出せるのに……っ!」
握り締めた木杖の先端から、一気に精錬された魔力が放たれる。
「水、風統合――『氷』!」
パキパキと甲高い音を立て、夏の乾いた地面へ一瞬にして鋭い氷柱の群生が咲き誇った。
「闇、光統合――『無音無光の空間凪』!」
次の瞬間、ミナトを中心とした周囲数メートルの空間から一切の光と音が削ぎ落とされる。
世界の呼吸すら止まったかのような、完全なる静寂。
「水、土、風統合――『土石流』!」
暗黒の空間が解けた刹那、地面の土砂が流動し、次の瞬間には鉄のように強固な岩盤へと一変した。
――だというのに。
技を繰り出すミナトの表情は、少しも晴れることがない。
「ダメだ……。四属性、五属性の統合になると、魔法の形を保てずにモヤみたいになって霧散してしまう……。そして――」
ミナトは歯を食いしばり、体内の全魔力を根こそぎ引きずり出す。
地。
水。
火。
風。
光。
闇。
六つの異なる属性の魔力が、彼の体内で凄まじい密度で収束していく。
「六属性統合……っ!!」
その瞬間――。
木杖の先端から、言葉では言い表せないほど純粋で圧倒的な「光」が溢れ出した。
だが、そこに指向性や魔法としての明確な構造はない。
ただ何処までも沈み込むような引力を持った眩い光が、周囲の静けさを無慈悲に照らし出すだけだ。
「くそっ……! やっぱり光るだけだ……!」
「しかも、一度発動させたら自分の意思で消すことすらできない……!」
ガクリと膝から崩れ落ち、ミナトはその場に手をついた。
激しい魔力切れの眩暈の中、ボタボタと流れる汗が砂地へ滴り落ち、染みを作っていく。
いつまでも輝く光が、ミナトの心を抉り出す。
(発動系は弱い……。構築系だって、特別すごいわけじゃない……)
(いくら解析の能力が長けていたって……実戦で形にできなきゃ、ただの口だけになる……)
胸を突く苛立ちとともに、足元の灰色の砂を固く握り締める。
「終結系は壊すことはできても……これじゃダメだ……」
「こんな力じゃ、外の世界を見に行くことなんてできない。行ったって……何もできずにすぐ足手まとしになる……」
(レン、はるな……それに、ニーコス……)
脳裏をかすめるのは、自分を置いて遥か先へと進んでいってしまう仲間たちの逞しい背中。
そして――あの異空間で突きつけられた、自らの無力さ。
(はるなは速い。レンは魔法の威力が桁違いだ。ニーコスだって、いつだって落ち着いて的確に対応できる……。じゃあ、俺は?)
(……うんちくか? それだって、最近じゃリーンにすら論破されて負けっぱなしだし……)
情けなさで深くため息をつき、ミナトは再び力なく木杖の先の光を見つめ直した。
「何か……」
「俺にしかできなくて、みんなの役に立つ『何か』を……っ!」
◇
「主様、お疲れ様です」
不意に、上頭から柔らかな声が降ってきた。
ミナトが弾かれたように顔を上げると、木陰の涼やかな陰に佇むリーンの姿があった。
彼女は冷えた水の入った水筒を、そっとミナトの目の前へと差し出している。
いつからそこにいたのだろうか。
一人泥だらけになりながら、がむしゃらに特訓を重ねるミナトの姿を――昔から、一番近くで見守り続けているのは、いつだってリーンだけだった。
「……リーン。いつからそこにいたんだ?」
「『水、風統合』のあたりからです」
リーンは膝を折り、ミナトの目線に合わせて優しく微笑んだ。
「ミナト、まずはこれを飲んでください。息がかなり上がっています」
ミナトは差し出された水筒を受け取ると、冷涼な水を一気に喉へと流し込んだ。染み渡る冷たさが、体内の火照りと荒い呼吸を少しずつ鎮めていく。
「無理をするのがミナトの悪い癖ですね」
「ですが、これ以上お体に負担をかけさせるようでしたら……リーンは張り切って、手塩にかけてお世話をすることになりますよ?」
「……ごめん。でも……無理をしないと、追いつけないんだ」
ぽつり、とミナトの唇から本音が漏れ出た。
未だに消えることなく無機質に輝き続ける六属性統合魔法――その光を放つ手元の木杖を、ミナトは悔しそうに睨みつける。
「俺には才能がない」
「何か一つに特化した圧倒的な才能を持つ奴らには、普通にやってたら絶対に勝てないんだ」
「俺にしかできない『何か』を見つけないと……外の厳しい世界へ出た時、俺はただの足手まといになる」
静かな沈黙が、夕闇の演習場を包み込む。
リーンはミナトの隣へそっとしゃがみ込むと、泥と汗に塗れた彼の手へ視線を落とした。
その掌には、ここ連日の酷使でできた新しいマメと、痛々しい擦り傷がいくつも刻まれていた。
「ミナトは、足手まといなんかじゃありません」
「リーン……」
「ミナトの魔法は、いつも私を驚かせてくれますよ」
「この魔法だって……とても綺麗で、とてつもなく大きな力を感じます。今はまだ、ほんの少しだけ言うことを聞いてくれないだけです」
リーンはミナトの泥汚れがついた手をしっかりと包み込むように見つめ、力強い言葉を紡いだ。
「絶対にいつか……ミナトはあの時みたいに、リーンやお父様を助けてくださった素晴らしい力を手に入れます。――私が保証します!」
その瞬間、彼女の頭上の角がぽうっと温かな光を帯びた。
そこには、欠片の疑いもなくミナトを心から信じ切った、眩しいほどの笑顔があった。
「……リーンの保証、か」
「なら……やっぱり頑張らないとな」
「はい。リーンは、ずっとここで見ておりますから」
リーンの揺るぎない眼差しに触れ、ミナトの肩から固く入っていた力が少しだけ抜けていく。
「……ああ」
「じゃあ……もう一回だけ、付き合ってもらうぞ」
ミナトは地面を蹴って再び立ち上がった。
木杖を構え直すと、自らが最も得意とする終結系解除魔法を発動させ、頑なに消えなかった六属性統合の光を力ずくで霧散させる。
そして――再び深く息を吐き出し、これまで以上に強く、密度の高い魔力を練り上げ始めていく。
その背中を、リーンは誇らしそうに、そして一瞬たりともその勇姿を見逃さないようにと、愛おしそうに見つめ続けていた。




