森の影と割れた水時計 不穏の足音:偽りの姿
Day2朝・ジンの部屋(執務室)
話が一区切りついたところで、ニーコスがすっと大人しく手を挙げた。
「カナリアさん、相変わらずですねぇ」
「なによそれ」
「どうやったら遺物を勝手に起動できるんですか? 魔力まき散らし過ぎなんじゃないですか?」
図星を突かれ、カナリアの肩がぴたりと固まる。
「……返す言葉もないわ」
長い耳が、しょんぼりと少しだけ伏せられた。
「気になることがあると、ついつい魔力が出ちゃうのよ……。また師匠に怒られるから、絶対に黙っててね?」
「了解です!」
ニーコスは元気よく、パシッと返事をした。
「会うんですか? 近いうちに?」
「うん、近々ね」
(近々……いつぐらいなんだろう)
(もし、この夏くらいに会うなら……俺も会えないかな? カナリアさんの師匠ってことは、とんでもなく凄い人に決まってる……!)
(よし……! 聞いてみよう)
「あの、その『近々』ってこの夏ですか? あと、師匠さんってどんな人なんですか?」
「ん? ミナト、あー……そっか、草原の……」
ニーコスが、どこか察したような困り顔を浮かべる。
それに釣られて、ミナトも(……あれ? 俺、何か聞いちゃいけないこと聞いた……?)と不安そうに顔を曇らせた。
ミナトの視線が固まった、その瞬間――。
カナリアが急にフンスと胸を張り、偉そうに指を立てた。
「いい!? ミナトくん! 森の人同士の会話で出てくる『近いうちに』っていうのはね、大体10年のことよ!」
「じゅ、十年……!?」
カナリアはふふん、と誇らしげに頷いてみせる。
「草原の人の感覚で『近いうち』って言いたい時はね、具体的に『7日後』とか数字で言うのよ!」
堂々と自信満々に言い放つカナリア。
ミナトはあまりのスケール差に絶句し、何も言えなくなってしまった。
一方、ニーコスは「なるほど」と普通に納得して頷いている。
「10年かぁ……あっという間ですねぇ」
「でしょ? 近いわよ?」
(……違う)
(森の人って、普通と時間が違いすぎる……!)
◇
カナリア
「ちなみに師匠は、森の人の魔法使い達の師匠でね。その時その時で、目についた子を弟子にしている人なの」
「この世界で、一番長く生きている人よ」
ニーコス
「おいくつなんでしたっけ?」
「最近、誰かに聞かれてちゃんと答えられなかったんです」
カナリア
「え? 年齢?」
「さぁ……? 二万歳以上?」
「……そこにいるのが当たり前になりすぎてて、もう誰も気にしてないわね」
ニーコス
「いただきます、その言葉」
「これからは年齢を聞かれたら『ずっといるんだから、ずっといるんです』って答えますねぇ」
思わずプッとカナリアが吹き出した。
ミナトはあまりの会話のスケール感に、両手で頭を押さえ込みたくなった。
(おいおいおい……! まさか、あの伝承に出てくる『始祖』って……カナリアさんの師匠のことなのか……!?)
(六属性統合魔法を探してるっていう……都市伝説じゃなくて、本当にいたのか……?)
(……いる、ってことだな。待て待て待て、ダメだ。ということは――)
喉の奥がカラカラに乾くのを感じながら、ミナトの思考が高速で回転し始める。
(どうせロクでもないことに巻き込まれるのは分かっている。絶対に分かっている……が、どうしても気になる)
(二万年……二万年以上生きている奴って全部覚えてるのか?、一体どうなってるんだ……?)
(人間なんてせいぜい百年だぞ……? そもそも『いつのこと』までちゃんと覚えていられるんだ……?)
◇
ミナト
「……その方って、二万年前のことまで覚えてらっしゃれれるんです?」
カナリア
「ぷっ!」
「アハハハハッ!」
カナリアがついに耐えかねたように腹を抱えて声を上げて笑い出した。
揺れる美しい金の長い髪。ミナトは俯いた。
(ちゃんと話せなかったせいなのか?質問のせいなのか?顔が熱い、うー)
カナリア
「師匠はね、魔法については誰にも負け無いと思うわ。ほんとに素晴らしいのよ。中でも焦げ付いたフライパンをキレイにする魔法を教えて貰った時、今でも世界が変わったと感動したことを覚えているわ。……でも、物覚えについては最近のことしか……覚えてないの!」
「だから、『忘れた』が口癖なのよ!」
ニーコスが「あー、なるほどねぇ」と心底納得した顔で手を打つ。
カナリア
「ちなみに『最近』っていうのは、大体ここ100年くらいのことね。そして、私が一番新しい弟子よ!」
「100年前に私を見つけてくれて、弟子にしてくれたの!」
カナリアはふふん、と誇らしげに胸を張ってみせる。
カナリア
「それ以上前になると、もう私たちと同じで記憶がぼんやりしてるわねぇ」
ミナトは静かに、ただ静かに天井を見上げた。
――もはや言葉も出ない。ツッコミを入れる気力すら削ぎ落とされていた。
カナリア
「……まあ真面目な話、あの人の忘れ物って、時々大騒動――お祭りになるのよ」
「今回の幽霊騒動のきっかけになった水時計も、まさにそれだったしね」
◇
脱線しかけていた会話を断ち切るように、ジンがそこで低く重い声で割って入った。
「ミナト」
「……はい」
「注意しておくことは時間についてだけだ。具体的に数字で言えばちゃんと通じる」
「『速い』とか『遅い』、『近いうち』なんていう主観的な比較語を使うから、致命的に折り合いがつかなくなるんだ」
カナリア
「そうそう、そうなのよ!」
「『一日』は一日で私たち森の人も同じだからね。『二日後』とか『一時間後』って数字で言われれば、私たちだってちゃんと分かるわよ」
ミナトは「なるほど……」と静かに、小さく頷いた。
(対処方法だけ……)
(そう、今は対処方法だけ理解しておけばいい)
(深く考えて深みにはまるのはやめよう……そうしよう)
思考をどうにか切り替え、自分を納得させる。
――だが。
二万年を生きる「始祖」という存在の影、そしてこの世界を取り巻く途方もない時間スケールへの疑問。
それらが胸の奥で引っかかったまま、二度と気にならなくなったわけではない。
それだけは、間違いなく確かだった。




