このことは忘れない
「先輩が心配でついてっただけですよ? なのにいつの間にかあんな店で打つハメになって」
理音は言った。別の用事で新宿に来て、たまたま遼子を見つけたこと。
ことねから、遼子のことが気にかかるといわれていたこと。
遼子は、ことねからの件については、特に何も言わなかった。
「……心配、か。ま、いろいろあって」
そういうことなら、と出かかる言葉を飲み込んだ理音。
その様子をみて遼子は続ける。
「……暇つぶしになったし、いいんじゃない? それに」
ふと言葉を止めて、遼子は跳ねた。
理音の体にもたれるように。
「……美少女とデートってことで、ね?」
「自分で美少女って……確かに先輩美人さんです、が」
理音の腕に、すこし身体を添わせるように。
理音の心の臓を跳ねさせるように。
「えっ」
理音の頬をくすぐる柔らかい感触。
「……これで、今日のこと内緒にして?」
理音は、頭の中が真っ白になるのを感じた。
気づいたときには、遼子はいなかった。
一人、歌舞伎町口の喧騒の中で、彼は立ち尽くしていた。
##
少したって。理音はドギマギしながら、いつもの麻雀部部室に向かった。
部室ドアを開けると、そこには二人がいた。
ことねと遼子があった。
「おーっす少年。今日部長が休みみたいで。また三麻打つ? それとも勉強会する?」
「…………。」
理音はなんていおうかと決めあぐね、黙った。
「どうしたリネくん、のどでも痛い?」
「何か、話してたのか、二人。遼子さんと」
極力、何もなかったかのように。新宿での一コマを思い出し、気まずいやらなんやら、複雑な感情を覚える理音。
遼子もまた、何もなかったかのように。
「……お父さんと、イタリアン行ったらマズかった話してて」
「へー、災難でしたね」
「そっか、リネくん遼子のお父さんを知らないんだ。なかなかかっこいい人だよー。お金持ちの社長さんみたいで」
「あーそうなんです……か?」
いつもだったら流すセリフ。だが。
お父さん? 金持ち?
ん?
※※
「遼子さん、すごい今更ですが……なんでここに?」
「……?」
一方の遼子は、涼し気なようす。別に普通じゃん? とでも言わんばかりに、もらった水を飲みながら。
「……お金ほしいから」
そして彼女が返した答えは、至極一般的で、至極抽象的で、そして誰もが人間なら持っているような意識の表現だった。
「金欲しい……って、ふつうにバイトとかしないんですか」
バイトで稼げる程度のお金の問題ではないことは、なんとなくわかる理音だが。
そしてその疑問を下支えするかのように。その重みを、しかしあまり感じさせないとでも言いたいように。
「……学費、さ。けっこうかかるじゃん?」
理音は何も言えなくなった。
※※




