人生は長い、そして思い通りにならない(それでも)
へへ、と理音は控えめに笑う。
「言ったかわかんないですけど。俺、母親いないんですよ。俺を産んだほんの少しあとに死んじゃって」
「……うん」
ただ受け止める。その反応がありがたいと思う彼。
「今考えるとアホか、って思うんですけど。小さいころ、親父にけっこういろんなお店? に連れられた――家に置いとけないし、どうしても祖父母とかの都合がつかないときもあるし、保育園だって二十四時間開いてるとは限らないし――うん、連れられたんです」
「……それは、お父さんがそういう仕事で?」
「今は足洗ったらしいですが。一時期裏の仕事もしてたらしいっす。まあ、昔雀ゴロだったらしいし、そういう世界の友人も多かったんでしょうね」
そしてため息。
「だからなんか、こういう雰囲気なつかしくなっちゃって――雑居ビル、秘密の空気、お互いいろいろ顔には出さないけど、余計なことはするなっていう適度なピリつきもあり――でもカジノゲームだったり、麻雀が好きだったり、いい人もいっぱいいたし」
「……なるほどね」
何かを得心した、という雰囲気になる遼子。
「……そういう麻雀、触れてたね?」
「裏の雀荘では……もういいや。親父が行くセットとか、親父がやってる雀荘で『そういう』卓が立つときとか、手伝うんですよ」
「……そりゃ、上手いわけだよキミ」
「えー? 上手いかなあ。全然トップ取れないし、こと姉みたいなタイプと比べたら」
「……だってキミ、負けないもん。配牌悪かろうが、よかろうが、流れ悪かろうが、絶対崩さないもん」
「あっ……バレてます?」
理音はわざとらしくウインクをしてみる。
それには触れず、ただ遼子はこういう。
「……キミの二着三着キープ率、ぶっ飛んでるよ。今日だってチップの計算も速いし。どれだけ場数こなしてきたの? ていうか」
遼子は腰に手を当て、一度腕時計を見る。そして、さきほどいた部屋の金属製ドアをみる。
中からは音がしない。気配も。
「……なんでそんな上手いのに、麻雀嫌いなわけ?」
「中学生のときも、小学生のときも、たまーに麻雀誘われるわけですよ。だいたいこと姉が一緒だったりするんですが」
「うん」
「そういう遊びって、いろいろ適当だし?」
「……なるほどねえ。さて、ところでさっきの人帰ってこないね」
「帰ってきませんね。それはそれと、やっぱり一人だけ飛びぬけすぎてるようで……なんか、打ってて面白くないみたいで。俺、ついてないんですよ。色々と」
遼子が目配せ。
理音はうなずく。
「でも、最近思うんです。ついてるなって。色々と。さて、残りの話は後にしますか。貴重品もってますよね?」
「……大丈夫。あのカバンはダミーにできるから」
「ここ二階で、別に飛び降りても最悪すりむくくらい……そこの窓から横行けそうですかね」
「……了解。でも、キミは大丈夫なの?」
「知ってます? 男って基本カバン持たないで出かけるのがかっこいいらしいですよ」
「……いつの話?」
「親父は古きよき昭和の人間ですから」
理音は窓をおもいきり開け、その枠に足をかけた。
「そこのビルの外階段ありますね? 全速力で降りて、新宿駅方面。いったん別行動で、歌舞伎町方面口で落ち合いましょう」
そして飛んだ。
雀荘メンバーが飛ぶ、のほうじゃなく。物理的な意味で。




