Epilogue.私が選ぶ人生
―――王妃として、私はちゃんとできたでしょうか。
身体が弱くて、あまり役に立てなくてごめんなさい。先に逝くことになってしまったけれど、どうかそのまま、公明正大で威厳のある王様でいてくださいね。
あの時のような状況にならないように、しっかり身体を鍛えて、長生きをしてください。
―――オブシディアン。あなたに伝えた花畑は、あなたが思うようにしてください。私の思い出ではあるけれど、あなたの重荷にしたくはありません。
あなたは人の話を聞いて、理解することに長けていると思います。色々な人から話を聞いて、自分で考えて結論を出せる人になってください。
―――ジェイド。あなたはとても聡明で、まだ小さい頃から色々な本を読んでいましたね。沢山の知識は、きっとあなたを助けてくれます。
そして、あなたが蓄えた沢山の知識が、多くの人を救うことでしょう。
―――オーロラローラ。明るい声を聞いていると、私も元気が出ました。お転婆で心配だけれど、いつまでもそうやって自分の思うとおりに生きていてね。
いつかお嫁さんに行っても、あなたはあなたでいてね。
―――カーネリアン。不思議な瞳で色々な人のことを見抜いているみたいね。まだ幼いあなたも、いつかは王族として様々なことを経験していくのでしょう。
その時に、きっと思い出して。あなた自身が思うように生きることが、私の望みだと。
「……以上です。これをここの言葉に訳して伝える前に、王妃様は容体が悪化して亡くなられたみたいで、ここで日記は途絶えています」
「そうか……ありがとう。まずはそれだけを伝えておこう。この場にいないオブシディアンにも、伝えておいてもらえるだろうか」
「はい。もちろんです」
王様はそれだけ伝えると席を立ち、部屋を後にした。
残ったジェイドさんやローラさん、カーネリアンさんも顔を伏せている。
オブシディアンさんが刺される騒動から三日が過ぎた。騒動の翌日には彼は意識を取り戻し、今は痛みに呻きながらも自室で安静にしている。
内臓まで傷が入らなかったようで、食事なども問題無いみたいだ。
私は本人不在のままで彼を王に指名し、王様がそれを承認したことで代替わりは確定した。あとは回復を待って、正式な手続きを待つばかりだ。
その間に日記の件を王様に伝えていた私は、王子たちにも集まってもらって、日記の主要個所を読み上げることにしたのだ。
こっちの文字はまだわからないので、読み上げるしかない。
沈黙している王子様たちにかける言葉が見つからず、私はそっと部屋を後にした。
そのまま、後に続くラピスさんと共にオブシディアンさんの部屋を尋ねる。
「そうか。母はそう遺していたのか……」
「実は、私あてにも書かれていたことがあります」
「なんだって?」
次に来た人へ、という書き出しの短い文章があった。
そこには、苦労するだろうけれど基本的に穏やかで良い国と人々だから安心して欲しいということと、美味しかった料理などが書かれていた。
当たり障りのないことや、国政とは関係の無いことばかりが羅列されていたけれど、逆にそれが私にとって安心できる内容だった。彼女にとって日常となったことは私にとってもこれからの日常なのだから。
「その料理、俺も憶えている」
「じゃあ、怪我が治ったら一緒に食べましょう。作り方も誰か知っているでしょうから、私が作りますよ」
「王妃自らやることではないだろう。料理人に任せておけばいいじゃないか」
「嫌です」
「嫌って……」
私は残されたレシピを見ながら、オブシディアンさんの勧めを断った。
「私は私のやりたいことをしっかりやります。王妃様もそうだったように、私もこの国で自分の人生を選んでいくんです。王妃だからとか、女だからとか、そういうのは言わない方向でお願いしますね」
「……その話、ひょっとしてローラにもしたのか?」
ドバン、と部屋の扉が殴り飛ばされたような勢いで開いた。
硬質なヒールの音を響かせながら、ローラさんがのしのしと入ってくる。ついさっきまで王妃様の話で泣いていたはずなのに、今は晴れ晴れとした顔つきだ。
「ローラ、ちゃんと騎士に話を通してから……」
「そんなことより!」
私に向けて優雅に一礼したローラさんは、オブシディアンさんに向けてニッコリと笑ってみせた。
「わたくしお母様が遺された花をもっと大規模に育てようと思うの。あの香りは素晴らしいものだから、香水にして王族の事業として売り出すのよ!」
「何を言っている?」
「彼女が言う通り、どうせ嫁に行くからとか女だからとか遠慮するのは変なのよ。わたくしはお母様が遺されたものをもっと広めて、お母様の存在を永遠に残すの!」
いいわよね、と無理やりオブシディアンさんから了承を取り付け、「では、ごきげんよう」と挨拶をしたローラさんは、来た時と同じように風のように去って行った。
「……傷が悪化しそうだ」
「いいじゃないですか。ローラさんも楽しそうだし、王様もまだまだお元気だから、色々やってみる時間はありますよ」
「そうだな……では、一つ思いついたことがあるんだが」
「なんですか?」
私はオブシディアンさんに近づき、その肩に手を置いた。
間近に見る彼の顔は、少しだけ髭が目立つけれど、厳しい目つきが少しだけ柔らかくなり、僅かに紫色が見える黒の瞳は、私をちゃんと映している。
「傷が癒えたら、君から聞いた“新婚旅行”というのに行きたい。一度だけ母と訪れたことがある、良い場所があるんだ」
「素敵ですね。じゃあ、計画を立てましょうか……ん」
肩に置いていた手を握ってきた彼に惹かれるままに顔を近づける。
唇を重ねて、伝わる温もりを感じながら私は新しい人生に希望を感じていた。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。




