第8話 重機オペレーターの暴走
黒スーツの肉壁に押し潰されそうになりながら、俺たちはなんとか指定された純喫茶に辿り着いた。
「春斗様! 我々は外から不審者が近づかぬよう監視を続けます! もしあの女が少しでも妙な動きを見せたら、即座に窓ガラスを蹴り破って突入しますので!」
「絶対やめてね!? 普通にお茶飲むだけだから!」
店の外で窓ガラスにベッタリと顔を押し付け、こちらを血走った目で見つめる影山たちSP部隊を背に、俺は深い深いため息をついた。周囲の客は完全に怯えて席を立ってしまい、店内は俺たちだけの貸切状態になっている。
「コホン。……気を取り直して、お見合いを始めましょう」
向かいの席に座る香澄さんが、気まずそうに咳払いをして最新型のタブレットを起動させた。
「今回お呼びしたのは、私の所属する『データ至上主義派』が弾き出した、最高相性の候補者です! 健康状態、身体能力、ストレス耐性の全てにおいて、Sランクの数値を叩き出しています!」
香澄さんが自信満々に胸を張った直後、カランコロンと純喫茶のベルが鳴り、一人の女性が店に入ってきた。
「ちわっす! 遅れてすんません!」
現れたのは、こんがりと日焼けした肌に、スポーティなタンクトップとカーゴパンツという、およそ「お見合い」とは無縁の格好をした女性だった。引き締まった腕には、くっきりと筋肉の筋が浮かび上がっている。
「ご紹介します。建設業で重機オペレーターを務められている、剛田マチコさんです。彼女の強靭な肉体と精神力なら、百花繚乱閣の過酷な環境でも絶対に生き抜けます!」
「剛田っす! よろしくお願いしゃす!」
差し出された手を握ると、万力のような力強さに俺の骨がミシミシと悲鳴を上げた。
「あ、天海春斗です。よろしく……剛田さんは、重機を動かす仕事をしてるんだよね。大変じゃない?」
俺が痛む手をさすりながら尋ねると、マチコは豪快に笑った。
「いやあ、全然っすよ! アタシの現場は基本的にゾンビ君たちと一緒に動くんで。あいつら、文句一つ言わずに二四時間セメント運んだり鉄骨支えたりしてくれるんで、マジで最高の相棒っす!」
彼女の言葉通り、この世界におけるゾンビは、感情を持たない代わりに無尽蔵のスタミナでインフラを支える生体ロボットだ。
「へえ、ゾンビと一緒に。やっぱり、現場で働くゾンビは力持ちなの?」
俺が何気なく話を広げようとした、その瞬間だった。
「力持ちなんて言葉じゃ足りないっすよ!」
突然、マチコさんの目の色がギラリと変わった。前のめりになり、机をバンッと叩く。
「いいっすか天海さん! 労働特化型プログラムを施されたゾンビ君の筋肉は、まさに芸術なんすよ! 無駄な脂肪を削ぎ落とし、ただひたすらに物理的な負荷に耐えるためだけに最適化された大胸筋! まるで油圧式ショベルカーのシリンダーのように隆起する上腕二頭筋! あぁ、思い出すだけでたまんねえっす……!」
「え、あ、うん……?」
さっきまでの気さくなお姉さんから一転、熱に浮かされたように早口で語り出したマチコさんに、俺は完全に引いていた。隣の香澄さんも「お、思いの外、お仕事に情熱を持たれているんですね……」と、引きつった笑いを浮かべている。
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その時、無言のままスッとテーブルに水の入ったグラスが三つ置かれた。
見上げると、フリルのついた可愛らしいメイド服風のエプロンを着た、大柄な男性ゾンビが立っていた。感情のない虚ろな瞳と、首筋に刻印されたQRコード。女子高生の間で流行っている「デコ・ゾンビ」の一環だろうか、純喫茶のコンセプトに合わせて無理やりフリルの制服を着せられているらしい。
「あっ、どうも……」
俺がグラスを受け取ろうとした瞬間、向かいの席からガタッ!と椅子を蹴倒す音が響いた。
「お、おおおお……!!」
マチコさんが、目を血走らせてゾンビの店員を凝視していた。
「な、なんちゅう素晴らしい広背筋だ……! この窮屈そうなフリル付きのブラウスを内側からはち切れんばかりに押し上げる、圧倒的な質量! 僧帽筋から三角筋へと流れる完璧な稜線! おい、兄ちゃん! ちょっとその前腕伸筋群を触らせてくれ!」
「えっ!? ちょ、剛田さん!?」
マチコさんは俺の存在など完全に忘れ去り、無表情で突っ立っているゾンビの腕にすがりついた。
「素晴らしい! まるで高強度のワイヤーロープだ! こんな極上の筋肉を持った個体が、なぜ建設現場ではなく喫茶店で水を運んでいるんだ!? 国家の損失だろ! なあ、君! アタシと一緒に現場で汗を流さないか!? 毎日特上のプロテインを飲ませてやるから!」
「ご、剛田さんっ! ダメです、お見合い相手はそっちのゾンビじゃなくて、天海さんです! ノーマル男子の天海さんを見てください!」
香澄さんが慌てて立ち上がり、マチコを引き剥がそうとするが、重機オペレーターの鍛え上げられた肉体はビクともしない。
「うるせえ! 一パーセントの希少種だろうがなんだろうが、そんなヒョロガリのノーマル男子に興味はねえ! アタシは筋肉を、実用的なゾンビ君の筋肉を愛してるんだよ! すいませーん、店長! このゾンビ君、いくら出せばリース契約譲ってくれますか!?」
完全に暴走モードに入ったマチコさんは、ゾンビの逞しい腕に頬ずりを始め、店員を大声で呼び出した。窓の外では、影山隊長が「あの女、春斗様をヒョロガリと侮辱したぞ! 突入だ!」とインカムで叫んでいるのが見え、俺は慌てて窓越しに「待て」のジェスチャーを送った。
「あわわわ……ど、どうしてこんなことに……。データでは、肉体的な相性もストレス耐性も最高値だったのに……っ!」
香澄さんは絶望したように頭を抱え、涙目でタブレットの画面を見つめている。
「私の完璧なマッチング理論が……。これじゃあ、また第一夫人を決められない……」
俺は冷や汗をかきながら、運ばれてきたばかりの水を一口飲んだ。
純喫茶の中心でゾンビの筋肉を愛でて叫ぶ重機オペレーターと、エリートを自称しながらシクシクと泣き崩れるポンコツ担当官。そして窓の外には血走った目のSP部隊。
地獄のような光景を前に、俺は香澄さんの肩をポンと叩いた。
「ねえ、香澄さん」
「ひぐっ……なんですかぁ……」
「次からはさ、データより先に、相手の『癖』を見てよ」
「ぐうの音も出ません……っ!」
香澄さんはタブレットの横に突っ伏し、ついに本格的に泣き出してしまった。
タイムリミットの二一歳の誕生日まで、あと少し。
俺の平穏なニート生活を守るための限界お見合いバトルは、早くも前途多難の極みだった。




