第41話 キューピッド大作戦1
百花繚乱閣の最上階。俺の聖域であるゲーミングルームには、かつてないほどの熱気が充満していた。
「お任せください! 元マリッジ局エージェントとしての血が騒ぎます! 私の完璧なデータ分析で、必ずや太郎さんと影山隊長をくっつけてみせます!」
バンッ!とテーブルを叩き、鼻息を荒くして立ち上がったのは、俺の愛する妻、香澄さんだった。彼女の瞳には、かつて俺のお見合い相手を探すために奔走していた頃と同じ、いや、それ以上の謎の自信がギラギラと燃え盛っている。
「おお、頼もしいな。今まで一回も一発でマッチング成功させたことないけど、今回は期待してるよ」
「うっ……! そ、それは過去のイレギュラーが多すぎただけです! 今回は春斗さんのお墨付きですから!」
俺がからかうと、香澄さんは一瞬だけ顔を赤くして言葉に詰まったが、すぐにコホンと咳払いをして手元のタブレットを操作し始めた。
その向かい側では、人間の心を取り戻したばかりの太郎が、正座をして真剣な表情でメモ帳を構えている。
「影山さんは今まで、俺を命懸けで守ってくれてた恩人だからな。燃え尽きて抜け殻みたいになってるのを見るのは、俺も辛いんだ。親友のお前を一人前の男にしてやるためにも、俺も全面協力するよ」
「ありがとう、春斗、香澄さん。僕、影山さんの悲しそうな顔をなんとかして笑顔にしたいんだ」
太郎の真っ直ぐな言葉に、俺と香澄さんは力強く頷き合った。こうして、俺たち夫婦のお節介な「キューピッド作戦」の幕が切って落とされた。
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作戦その1『SP復職の偽装作戦』
数日後、俺たちは百花繚乱閣の広大な敷地内にある遊歩道にいた。
香澄さんのデータ分析による第一の作戦は、極めて論理的なものだった。彼女曰く、「影山隊長がアイデンティティを喪失している原因は、『守るべき対象』がいなくなったこと。ならば、新たな護衛対象を与えればいい」という判断である。
そこで白羽の矢が立ったのが、太郎だ。彼は先日、全世界に向けて生中継で人間への覚醒を宣言した。その結果、ゾンビ上がりノーマル男子のパイオニアとして、テレビにも取り上げられ一躍時の人として人気を集めているのだ。
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「……春斗様。なぜ私が、この元ゾンビの青年の警備を?」
少しヨレヨレになった黒スーツに身を包んだ影山妙子が、不満そうに口を尖らせて俺の隣を歩いていた。サングラスの奥の目は相変わらず死んだ魚のようだが、SPとしての立ち位置だけは無意識にキープしている。
「いや、太郎は今や世界中のメディアから狙われる有名人だからさ。俺のSPとして培った影山の鉄壁の護衛スキルが、どうしても必要なんだよ。頼むよ」
「春斗様がそこまで仰るなら……。私の鉄壁の肉壁は春斗様のためだけのものですが、ご命令とあらば全力を尽くします」
影山は渋々といった様子で警備の依頼を引き受けた。
俺の前方を歩く太郎の耳には、小型のインカムが仕込まれている。少し離れた茂みの陰から、香澄さんが指示を出しているのだ。
『太郎さん、今です! 春斗さんと対等な友人であることをアピールして、影山さんにあなたの男らしい頼もしさを印象付けるんです!』
インカムからの指示を受けた太郎は、少しぎこちない動作で俺の隣に並んで歩き始めた。
「は、春斗。今日はいい天気だね。就職活動の息抜きにはちょうどいいんじゃないか?」
「あ、ああ。そうだな、太郎」
太郎は不自然なくらいに爽やかな笑顔を作ると、俺との親愛の情を示すために、ポンッと軽く俺の肩を叩いてじゃれ合おうとした。
その瞬間だった。
「——敵襲ッ!!」
影山の目の色が、完全に「プロ」のそれへと豹変した。
バサァッ!と俺の顔写真プリントの裏地が風に舞う。彼女は俺の肩に触れようとした太郎の腕を瞬時に掴み上げると、一切の躊躇なく自身の体を沈み込ませた。
「春斗様に気安く触れるなァッ!」
ゴワシャァァッ!!
「えっ?」
太郎の間の抜けた声が宙を舞った。
影山の見事なまでの背負い投げが決まり、太郎の体は美しい放物線を描いて、遊歩道の硬い石畳へと叩きつけられたのだ。
「た、太郎ォォォッ!?」
俺の悲鳴が響き渡る中、影山はハッとして自分の両手を見つめた。
「あ……ああっ! も、申し訳ありません春斗様! SPとしての防衛本能が完全に抜け切れておらず、つい反射的に不審者を排除してしまいました……っ!」
「不審者じゃなくて俺の親友! ていうか護衛対象!」
茂みから飛び出してきた香澄さんが「た、太郎さぁぁん! 私の完璧なデータがまた……!」と半泣きになりながら駆け寄る。
太郎は石畳の上でピクピクと痙攣しながら、完全に白目を剥いていた。元農業ゾンビの頑丈な肉体でなければ、大惨事になっていたところだ。
作戦その1は、影山の重すぎる春斗愛と抜け切れない警備の職業病の前に、見事なまでの大失敗に終わったのだった。




