第4話 強烈な家族
二一歳の誕生日まで、残りわずか。俺の安寧を脅かす刺客は、担当官の柊香澄さんだけではなかった。
「……ねえ、香澄さん。これ、本当に行かなきゃダメ?」
「もちろんです! 第一夫人の選定は国家規模の最優先事項なんですから!」
初のお見合いに、俺より鼻息の荒い香澄さんに背中を押され、俺は聖域であるゲーミングルームから引きずり出された。向かう先は、百花繚乱閣の中層階にある共有リビング。そこは、俺にとって自室のゴミの山よりも恐ろしい「女たちの戦場」だ。
重厚な観音開きのドアが開くと、そこには案の定、天海家の権力を象徴するような面々が揃い踏みしていた。
「遅かったわね、春斗。待ちくたびれて、ゾンビ君に代役を頼むところだったわ」
ソファーの中央に君臨し、高級な紅茶を優雅に啜っているのは、俺の母親である天海麗子。第一〇〇夫人まで存在するこの家で、ナンバー二桁台という「その他大勢」から、ノーマル男子である俺を産んだことで一気にトップへ登り詰めた野心家だ。
「お兄様! その女に無理やり連れてこられたのですか!? 今すぐ私がスタンガンで……っ!」
「椿、落ち着け。物騒なもの出すなって」
俺の隣に飛びついてきたのは、腹違いの妹の椿(十九歳)だ。相変わらずのブラコン全開で、香澄さんを殺し屋か何かのような目で見ている。
そして、窓際で二台のスマートフォンを交互に操作しながら、冷めた視線をこちらに向けているのが、姉の天海蘭。政略結婚のブローカーとして、俺の結婚を「利権」としか見ていないリアリストだ。
「……マリッジ局の新人さん。随分と張り切っているみたいだけど、時間の無駄じゃないかしら」
蘭が冷ややかに言い放つ。
「この百花繚乱閣がどういう場所か、ちゃんと理解している? ここは単なる住居じゃない。各階ごとに夫人の派閥が領地を持ち、予算と発言権を奪い合う『独立国家の集合体』よ。その頂点に立つ第一夫人を、あんたみたいな小娘が持ってきたデータ一つで決めるなんて、笑止千万ね」
「そ、それは……! ですが、マリッジ局には適正なマッチングを行う権利が……っ!」
香澄さんが食い下がるが、蘭は鼻で笑って続けた。
「権利? そんなものより『価格』の方がよっぽど信頼できるわ。第一夫人の座はこの世で最も希少価値の高いプラチナチケット。なら、最も高い価格で買い取ってくれる資産家に売却するのが一番合理的よ。家計も潤うし、無能な女に中枢を握られるリスクも減る。お見合いなんて、ナンセンスな遊びはやめて、オークションに切り替えたら?」
「お、オークション!? そんなの、春斗さんの気持ちが置き去りじゃないですか!」
香澄さんの声が裏返る。麗子もまた、蘭の意見には同意できないようで、扇子をパチンと鳴らした。
「蘭、あなたは相変わらず守銭奴ね。第一夫人には天海家を統べる『品格』と『カリスマ』が必要なのよ。金で買ったような女に、私の地位を継がせるわけにはいかないわ」
「品格でお腹は膨らまないわよ、お母様」
リビングの空気が、急速に冷え込んでいく。麗子、椿、蘭、そして香澄さんの四つ巴の視線が火花を散らし、椿はいつでも香澄さんを排除できるようスタンガンのスイッチに指をかけている。
まさに一触即発。俺が「これ、部屋に戻っていいかな……」と出口を探し始めた、その時だった。
「…………」
場違いなほど静かな足音と共に、農業ゾンビの太郎がリビングにトコトコと入ってきた。
彼は無表情のまま、トレイに乗せた数客の湯呑みを、殺気立つ女性たちの前のテーブルに順番に置いていく。
「え、太郎? お前、こんな時に……」
太郎は俺の問いかけを無視して、最後に俺の前へ、淹れたての茶を差し出した。
ふわりと、青々とした香りが鼻をくすぐる。
「……あ。これ、屋上の畑で摘んだ茶葉か?」
太郎は相変わらず「無」の表情だが、どこか誇らしげに(見えるだけで実際はプログラム通りだが)静止している。
緊張感で張り詰めていた場に、お茶の香りとゾンビのマイペースな挙動が混ざり込み、なんとも言えない奇妙な間が生まれた。
「……何よ、このゾンビ。今は大事な話をしているのよ?」
蘭が眉をひそめるが、太郎は気にせず、空いたスペースに茶菓子代わりのキュウリまで並べ始めた。
「ほら、太郎が淹れたお茶だ。みんな、一旦落ち着こうよ。お姉さんも、ほら」
俺が香澄さんに湯呑みを差し出すと、彼女はおずおずとそれを受け取り、一口啜った。
「……あ。美味しい……。なんだか、毒気が抜けるような味です……」
「そうだろう。太郎の育てるものは、データにはない優しさがあって心がこもっているんだよ」
俺が笑って言うと、香澄さんは少しだけ顔を赤らめて俯いた。麗子や蘭も、毒気を抜かれたのか、しぶしぶといった様子で椅子に深く腰掛けた。




