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第3話 からかいのプロポーズ

 俺の夢は、一生この百花繚乱閣ひゃっかりょうらんかくの最上階で、国から支給されるベーシックインカムを使い、誰にも邪魔されずにゲーム三昧のニート生活を送ることだ。

 下の階に住む、父親の第一〇〇夫人までの妻たちや、腹違いの強烈な姉妹たちとのドロドロの権力闘争に巻き込まれるのすら嫌なのに、見知らぬ女が一〇〇人も押し寄せてくるなんて、地獄以外の何物でもない。


「だからこそ、私があなたを救うんです!」


 香澄さんはタブレットの画面をスワイプし、今度は大量のグラフやパラメーターを表示させた。

「私の所属する派閥は『データ至上主義』です。DNAの相性、ストレス耐性、性格診断……あらゆるデータから、あなたに最適な一〇〇人の女性を選出します。私が選ぶ第一夫人は、残りの九九人を完璧に統率し、あなたに一切の負担をかけない理想の家庭環境を構築してみせます!」


 力説する彼女の瞳は、奇妙なほど真剣だった。ただの仕事という枠を超えた、何か切実な思いすら感じさせる。

 だが、俺はその「理想」という言葉に、どうしても鼻白んでしまう。


「……データねえ。うちの親父を見てると、一〇〇人の妻を平等に愛するなんてシステム、土台無理な話に思えるけどね。親父なんて、息抜きのために地下シェルターに引きこもってるくらいだし」


「それは過去のケースです! 私のデータなら絶対に間違いはありません!」

「ほんとにぃ? さっき俺の下着でフリーズしてたウブなエージェントさんのデータ、いまいち信用できないなぁ」


「なっ……! う、ウブではありません! 男性と直接接する機会が少なかっただけで、知識は豊富にあります! シミュレーターの成績は歴代トップなんですから!」


 ムキになって言い返す香澄さんの顔が、再び赤く染まる。

 強がってはいるものの、彼女の足元は微かに震えていたし、タブレットを握る手にも力が入っている。エリートを自称しながらも、実態はどこまでも不器用で空回りしている。

 そんな彼女を見ていると、なんだか無性にからかいたくなってきた。


 +++


 俺はゆっくりと立ち上がり、香澄さんの目の前まで歩み寄った。


「えっ……な、なんですか?」


 香澄さんが警戒して一歩後ずさる。俺はさらに一歩踏み込み、彼女の顔を覗き込むようにして、わざと甘い声で囁いた。


「そんなに俺を結婚させたいならさ……」

「は、はい……?」


「お姉さんが、俺と結婚してよ。第一夫人になってくれれば、明日から面倒なお見合いしなくて済むじゃん」


 冗談半分、いや、九割九分からかいの言葉だった。

 しかし、その効果は絶大だった。


「——っ!?」


 香澄さんの目がこれ以上ないほど見開かれ、口がパクパクと金魚のように動く。首の根っこから耳の先まで、一瞬にして沸騰したように真っ赤になった。


「けっ、けけけ、結婚!? わわわ、私が、天海さんと!?」

「うん。データ上の完璧な女より、一生懸命部屋を片付けてくれようとしたお姉さんの方が、まだマシかなって」


「ばっ、何をふざけたことを! じょ、冗談はやめてください!」


 香澄さんは慌てて俺から距離を取り、タブレットを盾のように構えた。その声は完全に裏返っている。


「私はエージェントです! 対象者との恋愛関係など職務規定違反もいいところです! それに、私は……誰かの何分の一かの妻になるなんて、絶対に嫌ですから……っ!」


 最後の一言は、どこか自分自身に言い聞かせるような、切実な響きを持っていた。

 だが、パニック状態の彼女はすぐに首を激しく振り、威嚇するように俺を指差す。


「と、とにかく! お見合いは明日から即時スタートします! 私が厳選した、データ上完璧な女性たちを次々と連れてきますから、覚悟しておいてください!」

「はいはい、お手柔らかに頼みますよ、エリートエージェント様」

「それ絶対バカにした言い方! んもう! 必ず、あなたを完璧に結婚させてみせますからね!」


 捨てゼリフのようにそう叫ぶと、香澄さんは逃げるように部屋のドアへと向かった。


「あ、天海さん! 明日の午後一時に訪問しますから、ちゃんと正装に着替えておいてくださいよ! それにゲームは一日一時間までです!」


 バタンッ!


 嵐のような勢いで、ドアが閉まった。

 静寂が戻ったゲーミングルームで、俺は大きく伸びをした。


「……やれやれ。とんでもないのが来ちゃったな」


 手のかかる担当官のおかげで、俺の平穏なニート生活は風前の灯火だ。だが、彼女のあの空回りっぷりを見ていると、これから連れてくるという「完璧な候補者」たちも、ろくなことにならない気がしてならない。


「太郎、悪いけど明日から少し忙しくなりそうだわ」


 俺が声をかけると、太郎は相変わらず無表情のまま、三度目のキュウリを差し出してきた。

 俺は苦笑しながらそのキュウリを受け取り、かじりついた。

 こうして、俺と空回りエージェントによる、一〇〇人のヤバすぎる嫁候補たちとの限界お見合いバトルが幕を開けたのだった。

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