第2話 ブラコン妹の威嚇
「お兄様! おはようございます!」
香澄さんのフリーズ状態に呆れていた時、再び部屋のドアが開いた。
そこに立っていたのは、ピカピカのランドセルを背負った腹違いの妹、天海さくら(一〇歳)だった。
「お、さくら。おはよう。もう学校に行く時間か?」
「はい! お兄様に朝のご挨拶をしてから行こうと思って……って、誰ですかこの女の人は!」
さくらは部屋にいる香澄さんを視界に捉えた瞬間、敵意むき出しの声を上げた。
香澄さんはパンツを持ったままビクッと肩を揺らす。
「えっと、私はマリッジ局の……」
「マリッジ……!? まさか、お兄様のお嫁さん候補ですか!? ダメです、お兄様はあたちと結婚するんですから! お兄様は絶対に渡さないわ!」
さくらは俺の前に立ち塞がり、香澄さんに向かって両手を広げて威嚇した。小さな体から発せられる熱烈なブラコンオーラに、エージェントであるはずの香澄さんがタジタジと後ずさる。
「ち、違います! 私はただの担当官で……っ!」
「うるさい、うるさい! お兄様から離れなさい!」
このままでは香澄さんが泣き出しかねない。俺はため息をつきつつ、さくらの前にしゃがみ込んだ。
「さくら、ストップ」
「お兄様……っ、でも、この泥棒猫が……」
「大丈夫だよ。この人はただの役所の人。俺を奪ったりしないから」
俺はさくらの頭に手を置き、ポンポンと優しく撫でた。
「それより、朝から可愛い顔を怒らせちゃダメだろ? そんなんじゃ、素敵なレディになれないぞ。早く学校に行っておいで。帰ってきたら、一緒にゲームして遊ぼうな」
「……ほんと? 一緒に遊んでくれる?」
「ああ、約束する」
俺が微笑みかけると、さくらはパァッと顔を輝かせた。
「わかりました! あたち、学校頑張ってきます! いってきます、お兄様!」
さくらは満面の笑みで俺に抱きついた後、スキップしながら部屋を出て行った。
嵐が去った部屋で、俺は立ち上がって首の後ろを掻いた。
「ふぅ……やれやれ。下の階の連中に比べれば、さくらの相手なんて可愛いもんだけどな」
ふと視線を感じて振り返ると、香澄さんが目を丸くして俺を見つめていた。手にはまだパンツが握られたままだ。
「……どうしたの、お姉さん」
「い、いえ……その、流石と言いますか……。女性の扱い、とてもお上手なんですね……」
香澄さんはどこか感心したような、それでいて少し赤らんだ顔で呟いた。
「一〇〇人の母親と数え切れない姉妹がいる家で育てば、嫌でも身につく処世術だよ」
俺が苦笑交じりに答えると、香澄さんはハッとして手元のパンツに気づき、再び悲鳴を上げてそれを宙に放り投げた。
……先が思いやられる。
どうやら俺の平穏なニート生活は、この危なっかしい担当官の登場によって、完全に終わりを告げたらしい。
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宙を舞ったボクサーパンツは、見事な放物線を描いて、部屋の隅で静かに待機していた太郎の頭上にふわりと着地した。
「…………」
農業特化型プログラムの太郎は、頭にパンツを乗せたまま、ピクリとも表情を変えずに再び冷えたキュウリを俺に差し出してくる。
「いや、だから今はキュウリの気分じゃないって。あと俺のパンツを装備しないでくれ」
俺が太郎の頭からパンツを回収して洗濯カゴに放り込むと、香澄さんは顔を両手で覆い、しゃがみ込んでフルフルと震えていた。タイトスーツの背中から、猛烈な羞恥心と後悔のオーラが立ち上っている。
「あぁ……終わりました……。マリッジ局のエリートとして完璧な第一印象を与えるはずが、対象者の下着を直掴みして放り投げるなんて……。シミュレーション訓練ではこんなイレギュラー、一度も……っ!」
「下着なんてただの布でしょうよ。どんだけ男性免疫ないんですか。大丈夫ですよ、俺は気にしないから。とりあえず、立ってください」
俺が手を差し伸べると、彼女はビクッと肩を揺らし、自力で勢いよく立ち上がった。顔はまだほんのりと赤いものの、必死にエージェントとしての威厳を取り繕おうと咳払いをする。
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「コホン! と、とにかくです! 先ほどの失態は忘れてください! 私にはあなたを結婚させるという、重大な任務があるんですから!」
香澄さんは再びタブレットを構え、俺の鼻先に突きつけてきた。画面には、分厚い壁に囲まれた無機質な国営施設の写真が映し出されている。
「天海さん。あなたは事の重大さを理解していません! 二一歳の誕生日までに第一夫人を登録できなければ、この『ノーマル男子特別保護施設』に送られます。そこは完全な管理社会です。好きな時間に起きることも、徹夜でゲームをすることも、ジャンクフードを食べることも一切許されません!」
「うっ……それは、俺のアイデンティティの完全否定だ……」
「さらに! 施設では、国が選んだ女性たちがベルトコンベア式に毎日あなたの部屋に送り込まれてきます。プライバシーなど皆無。あなたはただ、国のために一〇〇人の妻を娶り続けるだけの存在になるんです!」
香澄さんの言葉に、俺は背筋が凍る思いだった。




