第1話 突然の襲来
画面の中の巨大なドラゴンが地響きと共に倒れ込む。バイブするコントローラーから手を放し、俺は深く息を吐き出した。
「よっしゃあ……やっとクリアした……」
時刻は午前五時過ぎ。カーテンの隙間から、白み始めた明け方の光がゲーミングルームに差し込んでいる。徹夜でのめり込んだせいで、目はショボショボだし、肩はガチガチに凝っていた。
「そろそろ寝るか……」
呟きながら伸びをすると、傍らに立っていた親友の太郎が、無言でよく冷えたキュウリを差し出してきた。
「サンキュ、太郎。でも今はいいや。あとでおやつにもらうわ」
農業特化型プログラムで動くゾンビの太郎は、相変わらず無表情のままキュウリを引っ込めた。彼との気兼ねない時間は、この百花繚乱閣の最上階——俺にとって唯一の聖域で過ごす至福のひとときだ。
ベッドにダイブしようと立ち上がった、その瞬間だった。
バァァンッ!!
けたたましい音と共に、部屋の重厚なドアが勢いよく蹴り開けられた。
「な、なんだ!?」
驚いて振り返ると、そこにはスラリとした体格に豊満な胸、ピシッとしたタイトスーツに身を包んだ、見知らぬ若い女性が立っていた。長い黒髪で真面目そうな委員長タイプの顔立ちだが、その左頬には不釣り合いな古い傷跡が化粧の下にわずかに見える。手には最新型のタブレットを構え、なぜか肩で息をしている。
「天海春斗さんですね! 身柄を確保します!」
「は……?」
突然の不法侵入者の謎の宣言に、俺は完全にフリーズした。
「ちょっと待って、あんた誰!? ていうか、なんでこんな朝早くに人の部屋に……!」
「マル被を押えるのは明け方って相場が決まっているからです!」
「俺は犯罪者かい!」
見事なまでのドヤ顔で言い放つ彼女に、俺はたまらずツッコミを入れた。マル被ってなんだよ、刑事ドラマの見過ぎじゃないのか。
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「コホン。失礼しました」
女性は居住まいを正すと、タブレットを胸に抱き直して鋭い視線を向けてきた。
「私は国家繁栄省・特種婚姻局……通称『マリッジ局』から派遣されましたエージェント、柊香澄と申します」
「マリッジ局……」
その名前を聞いた瞬間、俺の全身から一気に眠気が吹き飛んだ。関わりたくないお役所ランキング、ぶっちぎりの第一位だ。
「天海春斗さん。あなたは一〇〇年前のパンデミック以降、わずか一パーセントの確率でしか生まれない『ノーマル男子』です。法律により、一〇〇人の妻を娶る一夫百妻制の義務が課せられていることはご存知ですね?」
「……学校の授業で散々聞かされたよ。それが罰ゲームにしか思えないってことも含めてね」
「罰ゲームではありません、国家の存亡を懸けた神聖な義務です! 確かに一〇〇人というのは基準であり、すでに八〇人以上の妻がいれば許容範囲とみなされ、私たちエージェントが派遣されることはありません。実際、上位の優れたノーマル男子の中には二〇〇人以上の妻を娶っている方もいます!」
彼女はタブレットをバンッと叩いた。
「それなのに! あなたはもうすぐ二一歳の誕生日を迎えます。満二一歳までに『第一夫人』を登録できなければ……」
香澄さんはタブレットの画面をスワイプし、恐ろしい施設の画像を空中にホログラム投影した。
「個人の意志を剥奪され、国が管理する施設へ強制収容されます! そこで毎日、データで選ばれた見知らぬ女性と強制的に面会させられる日々を送ることになるんですよ!」
「うわぁ……俺にとっての地獄じゃん」
「だからこそ、私が来たのです。あなたの第一夫人を、私の完璧なデータに基いて見つけ出します!」
自信満々に胸を張る香澄さんだが、その視線が不意に部屋の隅へと向かった。
「……それにしても。国の天然記念物とも言えるノーマル男子の部屋が、こんなに乱雑だなんて。対象者の健康管理と環境整備も、エージェントの重要な職務です!」
言うが早いか、香澄さんはズカズカと部屋に上がり込み、ソファの上に積まれていた洗濯物の山に手を伸ばした。
「あっ、ちょ、おい!」
「乾燥まで終わっているなら、すぐに畳んで収納するべきです。まったく、だらしがな——ひゃあっ!?」
手際よく衣類を畳み始めた香澄さんの動きが、唐突にピタリと止まった。
彼女の指先がつまみ上げているのは、紛れもない俺のボクサーパンツだった。
「あ、あの、これは……そのっ、だん、男性用のお下着……っ!?」
みるみるうちに顔を茹でダコのように真っ赤に染め上げ、香澄さんはプルプルと震え出した。さっきまでのエリート風の威勢はどこへやら、完全にパニックを起こしている。
「だ、だから言ったのに。自分でやるから貸して」
「わ、わわわ、私に任せてくださいっ! これも任務の一環、で、ですからっ!」
強がってはいるものの、パンツを摘む指先は限界まで伸びきっており、視線はあらぬ方向を彷徨っている。マリッジ局のエージェントなんて男慣れしているのかと思いきや、どうやら実態は相当なウブらしい。口先だけの威勢と、実務での危なっかしさ。エリートという言葉から一番遠い場所にいる気がする。




