第29話 真実の告白
「……え?」
掠れた声が、香澄さんの唇からこぼれ落ちた。大きく見開かれた瞳は、まるで信じられない作りの悪い冗談を聞かされたかのように激しく揺らいでいた。
「な、何を……春斗さん、何を言っているんですか?だって、私が助けたのは、綺麗な服を着た女の子で……春斗さんは、男の人じゃないですか。それに、どうしてあなたがそんなことを……」
混乱で言葉がまとまらない香澄さんに対し、俺は静かに、あの日何があったのかを語り始めた。
「俺は、一パーセントの希少種として生まれたせいで、物心ついた時から大勢の母親たちや腹違いの姉たちのおもちゃだった。あの日も、姉のイタズラでフリフリのドレスを着せられて、お化粧までさせられてたんだ」
香澄さんが息を呑む音が聞こえた。
「息の詰まる家からどうしても逃げ出したくて、SPの目を盗んで外に飛び出した。でも、外の世界なんてろくに知らなかったから、ただ無我夢中で走って……気がついたら、立ち入り禁止の工事現場に迷い込んでた。そして、あのゾンビのつるはしに当たりそうになったんだ」
俺の言葉が紡がれるたび、香澄さんの顔色が変わっていく。彼女の記憶の中にある「迷い込んだ少女」の姿と、目の前にいる俺の幼い頃の姿が、少しずつ、けれど確実に重なり合っていくのがわかった。
「間一髪のところで、君が俺を突き飛ばしてくれた。俺は無傷で済んだけど、君は……俺の身代わりになって、頬に深い傷を負った」
俺は、彼女の左頬をそっと見つめた。
「その後、すぐに駆けつけたSPたちに保護されて、俺は家に連れ戻された。親父がこっそり謝礼と治療費を送ったらしいけど、それが君の父親に奪われて、君を苦しめる結果になってしまったなんて……あの雨の日に君から話を聞くまで、俺は全く知らなかったんだ」
「そんな……嘘……」
香澄さんは両手で口元を覆い、その場にへたり込みそうになった。俺は慌てて彼女の肩を支えた。
彼女にとって、その傷は人生を狂わせた元凶だった。トラウマの象徴であり、忌まわしい過去の烙印だったはずだ。それが、他でもない目の前の「対象者」を救った証だったという事実は、彼女のこれまでの価値観を根本からひっくり返すほどの衝撃だっただろう。
「ずっと探してた。あの時、俺を助けてくれた女の子。まさか、あんな強引に俺の部屋に突入してきて、俺を別の女性と結婚させようとしているお役人さんになってるなんて思わなかったけど(笑)」
俺がわざと少し冗談めかして笑うと、香澄さんの瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「ひぐっ……あ……うぅ……っ」
彼女は、何かを言おうとして口を開くが、声にならずにただ嗚咽を漏らした。タイトスーツに包まれた彼女の細い肩が、波打つように震えている。
俺は、泣きじゃくる香澄さんを真っ直ぐに見つめ、心の奥底にあった本当の気持ちを言葉にした。
「君が俺のヒーローだったと知った時、君にプラチナ・シングル権を取らせて、自由にしてやろうと思った。でも……ダメだった。君が連れてくるヤバい女たちから俺を守って必死に戦う君を見てたら、手放したくなくなった」
俺の言葉に、香澄さんがビクッと肩を揺らして顔を上げた。涙で濡れた瞳が、俺を捉える。
「俺は、一〇〇人の妻なんて絶対に面倒だし、一生部屋に引きこもってゲームだけしていたい正真正銘のダメ人間だ。西園寺さんと結婚すれば、その理想のニート生活が手に入ったかもしれない」
俺はそこで一度言葉を切り、彼女の肩を支えていた手を滑らせて、彼女の華奢な両手をギュッと握りしめた。
「でも、君がいない完璧な生活なんて、ちっとも楽しくないって気づいたんだ。企業買収マダムに窓際族にされそうになったり、離乳食を口にねじ込まれそうになったり、トキシックゲーマーにボコボコにされて落ち込んだり……そんな最悪な日々でも、隣で一緒にパフェを食べて、泣いたり怒ったりしてくれる君がいたから、俺は救われてた」
「春斗、さん……っ」
「ポンコツで、すぐ空回りして、すぐに涙目になる担当官。でも、誰よりも一生懸命で、どんな時でも俺の前に立って盾になってくれた、世界で一番かっこいい俺のヒーローであり、かわいいお姫様」
俺は、一パーセントの希少種という呪縛から解き放たれ、ただの一人の男として、彼女に想いを伝えた。
「どうか俺の第一夫人になってくれないか」
風が吹き抜け、公園の木々がざわめいた。
俺のプロポーズの言葉が宙に溶けていく。
香澄さんは、信じられないものを見るような目で俺を見つめた後、俺の告白に感激して堰を切ったように激しく泣き出した。
「あぁ……っ、うわぁぁん……っ!」
それは、これまでのエリートとしての強がりも、トラウマの苦しみも、すべてを洗い流すような、純粋で子供のような涙だった。
自分が誰かの数分の一になることを恐れ、孤独を選ぶことで自分を守ろうとしてきた彼女。その彼女が、俺にとっての「一番」として選ばれたことへの、抑えきれない歓喜と安堵の涙。
「ほら、また顔がびしょ濡れだ」
俺はポケットから、雨の日に彼女の傷を拭ったのと同じ、シワのない清潔なハンカチをそっと差し出した。
「そんなに泣いたら、せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」
香澄さんは、俺の差し出したハンカチを見つめた。
茜色に染まり始めた空の下、俺たちはただ、お互いの存在だけを確かに感じていた。ヤバすぎるお見合いの連鎖の果てにたどり着いた、この世界でたった一つの、嘘偽りのない告白だった。




