第27話 ニート生活の全肯定
「春斗様が心おきなくゲームに没頭できるよう、私が最高の環境と防音室、そして専用の超高速サーバーを構築いたします。また、他の九九人の妻たちが春斗様の聖域を邪魔しないよう、私が完璧なシフトを組み、家庭内を完全に統率してみせます。春斗様は、ただご自身の好きなことだけをして、心穏やかに生きてくだされば、それで良いのです」
全肯定だった。俺のニートとしての生き方を否定するどころか、その環境を全力で守護すると宣言したのだ。俺の理想とするユートピアが、彼女の手によって完全に現実のものになろうとしている。
「完璧だ……」
俺は思わず呟いた。これまでの一〇〇人の嫁探しの中で、これほどまでに俺の理想を体現した女性はいなかった。彼女なら、あの地獄の強制収容施設を回避できるだけでなく、俺の平和な生活を永遠に保証してくれる。
隣を見ると、香澄さんがタブレットを抱きしめたまま、青ざめた顔で立ち尽くしていた。エージェントとしての「ミッション・コンプリート」の瞬間。それは、俺と香澄さんの、この騒がしくて楽しかった限界お見合いバトルの「終わり」を意味していた。
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【香澄視点】
静華さんとのお見合いを終え、特別応接室を出た春斗さんは「彼女なら……平和な生活が送れるかもしれない」と安堵の表情を見せていた。
その横顔を見つめながら、私は局の待機室へと戻り、一人きりになった途端に床へ崩れ落ちた。
ついに、エージェントとして「ミッション・クリア」の瞬間に立ち会うことができるのだ。難攻不落の一パーセントである天海春斗に、完璧な第一夫人を娶らせる。このS級ミッションをクリアすれば、念願の『プラチナ・シングル権(一生独身でいられる特権)』に一歩近づける。
(私の幸せは、一人で生きていくことのはずなのに……)
誰の数分の一にもならず、一人で生きていく絶対的な権利。それが私がずっと望んでいたものだったはずだ。
それなのに、春斗さんが他の女性の「夫」になるという現実を突きつけられ、私の胸は張り裂けそうになっていた。
ポンコツな私をいつも庇ってくれた、あの少し意地悪で優しい笑顔。あの騒がしくて温かかったゲーミングルームや屋上での時間が、もう二度と戻ってこない。彼が静華さんに優しく微笑みかける光景を想像しただけで、息ができないほど苦しい。
「……っ、うぅ……」
私は膝を抱え、エージェントとしての任務と、いつの間にか自覚してしまった春斗さんへの初恋の間で、声を押し殺して涙を流すことしかできなかった。
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【春斗視点】
その日の夜。俺は百花繚乱閣の屋上菜園で、コンクリートの縁に座りながら親友の太郎に語りかけていた。
「完璧な第一夫人が見つかったよ。これで、地獄の施設行きは免れた」
静華さんなら、俺のゲーム生活も守ってくれるし、家族の派閥争いも上手くやってくれる。俺の望んでいた平穏なニート生活が手に入ったのだ。
だが、俺の心はなぜか晴れなかった。
「俺は本当に、これでいいのかな」
夜空に向かってポツリと呟く。完璧な環境と完璧な妻。さらに恩人である香澄さんの望みも叶う。いいこと尽くしなのに、心の奥に引っかかる棘が俺に痛みを与える。
すると、背後で土をいじっていた太郎が、いつもなら作業を続けるところをピタリと止めた。豊美さんの新薬によって覚醒の兆しを見せている彼は、ゆっくりと近づき、俺の肩にポンと手を置いたのだ。
まだ言葉こそ発しないが、そこには明確な『親友としての励ましの意思』が宿っているように感じられた。
「太郎……」
一パーセントの希少種ではなく、ただの『春斗』として俺を見てくれる親友の温もりに触れた瞬間。俺は、自分が本当に一緒にいたい相手は誰なのか、激しく心が揺れ動くのを感じていた。
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翌日。百花繚乱閣のリビングには、母・麗子の立ち会いのもと、マリッジ局の最終登録書類にサインをする場が設けられていた。
「さあ、春斗。この書類にサインをすれば、すべてが終わり、結婚生活が始まるわ」
豪奢なソファーに深く腰掛けた母の麗子が、満足げに微笑んでいる。
俺の対面には、タイトスーツに身を包んだ香澄さんが立っていた。
「春斗さん……」
香澄さんは無理に作った笑顔を浮かべ、震える手で書類と万年筆を差し出してきた。
「彼女が、データ上も実生活でも、最高の第一夫人です。サインを……お願いします」
その声は微かに震え、万年筆を持つ手は、まるで重い十字架でも背負っているかのように小刻みに揺れていた。
その言葉に押されるように、俺は万年筆を手に取った。
登録書類の記入欄にペン先を当てる。これを書けば、彼女はプラチナ・シングル権を手に入れる夢に一歩近づき、俺の目の前からいなくなる可能性もある。
しかし、香澄さんの無理をしている悲しそうな笑顔を見た瞬間、俺はピタリとペンの動きを止めた。
脳裏に焼き付いているのは、雨の降る軒下で泣き崩れた彼女の姿。一緒に巨大なパフェを頬張って笑い合った時間。俺のニート生活を守るために、いつも必死に盾になってくれた不器用な背中。
俺はゆっくりと顔を上げ、万年筆をテーブルに静かに置いた。
「……香澄さん、本当にこれでいいの?」
俺の真っ直ぐな問いかけに、香澄さんがハッと息を呑む。
静寂に包まれたリビングで、彼女と視線を交差し、瞳の奥にある本能へ向けて問いかけた。




