第26話 超本命令嬢の登場
画面の中で、無情にも「GAMEOVER」の文字が点滅している。いつもならすぐにコンティニューを選ぶところだが、今の俺にはそんな気力すら残っていなかった。
「天海さん! ゲームなんてしている場合じゃありませんよ! タイムリミットまで、あと三日しかないんですよ!?」
俺の聖域であるゲーミングルームから引きずり出され、連行された百花繚乱閣のリビング。ピシッとしたタイトスーツ姿の柊香澄さんは、手元のタブレットを真っ赤な顔で叩きながら絶叫していた。
そう、俺が二一歳の誕生日を迎えるまで、残された時間はあとわずか七十二時間を切っていた。このまま第一夫人が決まらなければ、俺は個人の意志を完全に剥奪され、国営の強制収容施設へと送られる。毎日、ベルトコンベア式に見知らぬ女が送り込まれてくるという、地獄のような日々が待っているのだ。
「わかってるよ。でもさ、香澄さんが連れてくる候補者、ことごとくダメだったじゃん。もう適当な人で妥協して、香澄さんのミッションだけでもクリアさせようって俺は言ってるのに……」
「ダメです! 天海さんの一生を左右する第一夫人を、妥協で決めるなんて私が許しません! 必ず、最高の方を見つけ出します!」
香澄さんは目に涙を浮かべながら、それでも頑なに「妥協」を拒み続けている。その真面目さには救われるが、現実問題としてもう後がない。俺は半分、覚悟を決めつつあった。
「ふふ……。随分と追い詰められているようね、マリッジ局のポンコツお嬢さん」
優雅で、それでいて背筋が凍るような声がリビングに響いた。豪奢なソファーの中央に腰を下ろし、ゆっくりと扇子を広げたのは、俺の母親である天海麗子だった。その両脇には、腹違いの姉の蘭と妹の椿が控えている。
「お母様……。もう笑い事じゃありませんわ。お兄様が施設に送られたら、天海家の権力は地に落ちてしまいます!」
「そうです! だから私が選んだ最高のお嫁さんを……っ!」
焦る蘭と椿を、麗子は扇子でピシャリと制した。
「慌てなさいな。……春斗。そして、柊エージェント。あなたたちの茶番と遊びは、ここまでよ」
「遊び、ですか……?」
香澄さんが戸惑うように問い返す。
「ええ。これまであなたたちが連れてきた候補者がことごとく潰されたのも、蘭や椿が過激な妨害工作を繰り返していたのも……すべて、私が裏で操っていた『時間稼ぎ』に過ぎないのよ」
「えっ!?」
「な、なんですって!?」
驚きの声を上げたのは、俺や香澄さんだけではなく、当の蘭や椿も同じだった。
「お、お母様が裏で手を引いていた……? じゃあ、私たちが他の夫人派閥の候補者を潰すために奔走していたのも……」
「そうよ。他の下劣な派閥が推す女たちを排除するため、あなたたちの熱心な『兄弟愛』を利用させてもらったの。本当にご苦労様」
麗子は冷酷に微笑んだ。姉妹たちは、自分たちが完全に母の手のひらの上で踊らされていたことに気づき、愕然として言葉を失っている。
「どういうことだよ、お袋。時間稼ぎって?」
俺が尋ねると、母は立ち上がり、勝ち誇ったように言い放った。
「海外留学に出ていて、ギリギリまで帰国できなかった天海家にふさわしい『超本命』が、ようやく帰国して間に合ったということよ。さあ、今すぐ特別応接室へ向かいなさい。本命のお見合いを始めるわよ」
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案内された百花繚乱閣の特別応接室は、息が詰まるほどの静寂と緊張感に包まれていた。重厚な扉が開き、そこに現れた女性を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「初めまして、天海春斗様。西園寺静華と申します。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
流れるような美しい黒髪に、清楚でありながらどこか気品を感じさせる和装。透き通るような白い肌と、穏やかな微笑み。彼女の一挙手一投足には、天海家と同格の世界的企業の令嬢としての完璧な教養が滲み出ていた。
「あ、初めまして……」
俺は圧倒され、ろくに挨拶も返せなかった。これまでに現れた企業買収マダムや重機マニアとは、明らかに住む世界が違う。
「柊さん、データを照合しなさい。あなたのその安っぽいタブレットでも、彼女の完璧さは理解できるはずよ」
麗子に促され、香澄さんは震える手でタブレットを操作した。数秒後、画面を見た彼女の目が見開き、信じられないというように絶句した。
「……そ、そんな……」
「どうしたの、香澄さん」
「相性データが……一二〇パーセント……!? マリッジ局の厳しい審査基準でも、天海家の格付け基準でも、何一つエラーが出ません! それどころか、ストレス耐性、資産管理能力、すべてが測定不能なほどの上限突破です……っ!」
香澄さんの声が震えている。データ至上主義の彼女にとって、それはまさに「神」にも等しい数値なのだろう。
「西園寺さん……。その、単刀直入に聞きますけど」
俺は、一縷の望みと不安を抱えながら、静華さんに向き合った。
「俺は、立派な夫になんてなれません。一日中、この部屋に引きこもって、ゲームをして静かに暮らしたいだけのニートです。それでも、あなたは俺の妻になれるんですか?」
きっと、呆れられる。普通の令嬢なら「そんな自堕落な生活は許しません」と怒るか、見下すはずだ。しかし、静華さんはふわりと微笑み、俺の目を真っ直ぐに見つめて答えた。
「素晴らしい趣味ですわ、春斗様」
「……え?」




