第23話 ゲーム対決
百花繚乱閣の最上階。俺にとって唯一の聖域であるゲーミングルームに、マリッジ局の新人エージェント、柊香澄さんの自信に満ちた声が響き渡った。
「天海さん! 今回は絶対に、絶っっっ対に大丈夫です! なんたって、春斗さんとの『共通の趣味の一致度』が、驚異の一〇〇パーセントなんですから!」
「趣味の一致度、一〇〇パーセント……?」
いつも通り最新型のタブレットを抱きしめ、鼻息を荒くしている香澄さん。これまでのヤバすぎる候補者たちを思い返せば、彼女の「絶対」ほど信用できない言葉はない。しかし、趣味が合うという一点においては、少しだけ期待してしまっている自分がいた。
「そう! ゲームです! 今回の候補者様は、若き天才eスポーツプレイヤー! これなら、超インドア派でゲーム三昧の春斗さんとも、絶対に会話が弾むはずです!」
「おぉ……! プロゲーマーか」
それは確かに悪くない。いや、むしろ最高かもしれない。
一緒に最新のタイトルをプレイしたり、協力プレイで盛り上がったり。結婚というより、最高のゲーム仲間ができるようなものだ。それなら、この狂った一夫百妻制の中でも、平穏なニート生活を守れるかもしれない。
「ご紹介します! プロeスポーツチーム所属、島・G・アリスさんです!」
香澄さんがドアに向かって手を向けると、少し気怠げな足音と共に、一人の少女が部屋に入ってきた。
年齢は一九歳。オーバーサイズのゲーミングパーカーのフードをすっぽりと被り、首には高そうなヘッドセットをかけている。手には、使い込まれたマイコントローラーが握られていた。
「ちわっす。あんたがノーマル男子? ふーん……」
アリスは挨拶もそこそこに、俺の顔を見るよりも先に、部屋に並べられたモニターやPC、ゲーミングチェアなどの機材を品定めするように見回した。
「環境は一丁前じゃん。でも、機材が良くても中身が伴ってなきゃ宝の持ち腐れだけどね」
「あ、初めまして。天海春斗です。よろしく」
俺が愛想よく手を差し出すと、アリスはその手を完全に無視して、俺の正面に立ち塞がった。彼女の瞳には、一切の愛想や結婚への期待などなく、ただ純粋な「闘争心」だけがギラギラと燃え盛っていた。
「アタシは島・G・アリス。結婚がどうのこうのって言われて来たけど、アタシにゲームで勝てない男と結婚なんてする気はないから。今すぐFPSで1on1の勝負しな」
「えっ? お見合いじゃなくて、いきなり対戦?」
香澄さんが慌てて間に入ろうとする。
「あ、あのっ、アリスさん! まずは自己紹介から和やかに……!」
「うるさいな、おばさん。ゲーマー同士の自己紹介は、言葉じゃなくてプレイでやるもんでしょ。……それともなに? ノーマル男子様は、女相手にゲームで負けるのが怖くて逃げるわけ?」
ピキッ。
俺の中で、何かが音を立てた。
いくら平和主義のエンジョイ勢とはいえ、俺だって伊達に何千時間もこの部屋でゲームに費やしてきたわけじゃない。自分の聖域でここまでコケにされて、黙って引き下がるわけにはいかなかった。
「……いいよ。その勝負、受けて立つ。俺のエイム力、見せてやんよ」
こうして、お見合いという名の道場破りが幕を開けたのだった。
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「あはははは! はぁー!? お前のエイム、ゾンビ以下だな!」
「うわぁっ!? また裏取られた!」
「雑魚乙! そこクリアリング甘すぎ! 目ぇついてんの!? てかコントローラーの持ち方からやり直してきなよヒョロガリがっ!」
開始からわずか十分。
俺のプライドは、完膚なきまでに粉砕されていた。
画面の中で、俺のキャラクターはリスポーン(復活)しては瞬殺され、一歩歩いてはヘッドショットを決められ、もはや手も足も出ない状態だった。
アリスのプレイスキルは、文字通り次元が違った。反射神経、マップの把握能力、そして何より――その口の悪さが限界を突破していた。
「ちょ、待って、今の見えないって!」
「言い訳乙! 弱すぎて欠伸が出るわ。ノーマル男子ってゲームもノーマル以下なんだね。草通り越して世界樹生えるわ」
彼女は典型的な『トキシック(有害)・ゲーマー』だった。
圧倒的な実力で相手を蹂躙しながら、同時に精神をえぐるような暴言を浴びせ続ける。俺はただ楽しくゲームがしたいだけのエンジョイ勢なのに、なぜ自分の部屋でこんな公開処刑を受けなければならないのか。
「天海さん! 頑張ってください! 右から来てます!」
香澄さんが後ろで必死に応援してくれるが、もはや俺のメンタルはHPゼロだった。
「はい、ゲームセット。完全試合。アタシの圧勝ね」
画面に無慈悲な『LOSE』の文字が浮かび上がる。
アリスは満足げに伸びをすると、パーカーのフードを深く被り直した。
「あー、つまんな。こんな雑魚の第一夫人? ちゃんちゃらおかしいわ。もっと腕磨いてから出直してきな、雑魚男子くん。じゃ、お見合いはナシってことで。おつーおつおつー」
嵐のような暴言を残し、アリスは部屋を出て行った。
後には、コントローラーを滑り落とし、画面の前で真っ白に燃え尽きた俺だけが残された。
+++
「……」
「……あ、天海さん。その、お茶でも淹れましょうか……?」
ゲーミングチェアから崩れ落ち、床で膝を抱えて体育座りをする俺に、香澄さんがおずおずと声をかけてきた。
「……俺の、唯一のアイデンティティが……ゾンビ以下……」
「そ、そんなことないです! データ上は、天海さんの反応速度は一般男性の平均を上回っていますし!」
「平均じゃプロには勝てないんだよ……。それに、あんなに煽られちゃ、もうゲーム起動するのすらトラウマになりそう……」
俺は深くため息をつき、膝に顔を埋めた。
一〇〇人の嫁の相手から逃げるため、俺が死守したかったこの聖域。そこで見事にボコボコにされ、俺は完全に自信を喪失していた。
すると、ふわりと良い香りがして、隣に香澄さんが座り込んだ。
タイトスーツの膝を曲げ、俺と同じように床に座った彼女は、とても真剣な顔で俺を見つめていた。
「天海さん。聞いてください」
「……なに?」
「春斗さんは、純粋にゲームを楽しむ『エンジョイ勢』の天才です!」
「え?」
香澄さんは、タブレットではなく、自分の言葉で一生懸命に紡ぐように口を開いた。
「いつも楽しそうに笑いながら、妹のさくらさんと一緒にプレイしている姿を、私は知っています。負けても『次は勝つぞ』って笑える、その心の余裕と優しさこそが、春斗さんの本当の強さじゃないですか」
「香澄さん……」
「だから、あんな心無い言葉、気にしちゃダメです! 春斗さんはゾンビなんかじゃありません。誰よりも人間らしくて、優しい人です!」
必死に慰めてくれる彼女の瞳は、エージェントとしての義務感ではなく、ただ俺という人間を心配してくれる、一人の女性としての温かさに満ちていた。
冷え切っていた俺の胸の奥に、じんわりと熱いものが広がっていく。
……ポンコツで、すぐ泣いて、ヤバい候補者ばかり連れてくるけど。
この人はいつも、一番傷ついている時に、一番欲しい言葉をくれる。
「……香澄さん」
「は、はい!」
「俺……もう、香澄さんなしでは生きていけないよ」
俺が真っ直ぐに見つめてそう言うと、香澄さんの動きがピタリと止まった。
一秒、二秒。
みるみるうちに、彼女の顔が耳の先まで真っ赤に染まっていく。
「なっ……! ななな、何を言ってるんですか、突然!?」
「あはは、なーんてね。冗談だよ」
「じょ、冗談!?」
「でも、ありがとう。香澄さんのおかげで、本当に元気が出たよ。よし、今のマッチの復習でもするか!」
俺が立ち上がって背伸びをすると、香澄さんは顔を真っ赤にしたまま、プルプルと肩を震わせて立ち上がった。
「も、もうっ! 人がせっかく真面目に慰めてあげたのに! 天海さんのバカ! からかわないでくださいっ!」
「ごめんごめん。でも、香澄さんの照れた顔、結構好きだよ」
「〜〜〜っ! 次は、次は慰めてあげませんからね!」
プンスカと怒りながら部屋を出て行こうとする香澄さん。
でも、その足取りはどこか軽く、去り際に見えた横顔は、満更でもなさそうに少しだけ笑っているように見えた。
トキシックなゲーマーに聖域を荒らされた最悪の一日だったけれど。
このポンコツ担当官との騒がしい日常がある限り、俺のニート生活も、案外悪くないのかもしれない。
(よし、シミュレーター起動して、エイム練習からやり直すか!)
俺はコントローラーを握り直し、モニターに向かって小さく笑った。




