第18話 巨大パフェ
ピピッ、と電子音が鳴り、画面が暗転した瞬間。
キララの表情から、先ほどまでの愛嬌のある笑顔が、まるで電源を切られたロボットのようにスッと消え失せた。
「……はー、疲れた。マジでだるい」
「えっ……? ひ、姫宮さん?」
香澄さんが戸惑う中、キララは椅子の背もたれに深く寄りかかり、足を組んで大きくため息をついた。
「ノーマル男子って言うからもっとバチバチにイケメンで金払いのいい相手かと思ったら、ただの地味な引きこもりゲーマーじゃん。マジ時間の無駄だったわ。まあ、過去一でPV稼げたから許してあげるけど」
先ほどまでの明るいインフルエンサーの顔はどこへやら、口から出てくるのは強烈な毒舌ばかりだ。表の顔も裏の顔も真っ黒に染まりきった彼女の本性を目の当たりにし、俺と香澄さんは完全にドン引きして言葉を失っていた。
「すいませーん、店員さーん!」
キララは俺たちを完全に無視して店員を呼ぶと、メニューの中で一番高価で派手な「季節のフルーツマウンテン・パフェ」を注文した。
数分後、テーブルに運ばれてきたのは、色とりどりの果物と生クリーム、マカロンなどがこれでもかと盛り付けられた、高さ30センチはあろうかという巨大なパフェだった。
「おっ、きたきた。これめっちゃ映えるっしょ」
キララは再びスマホを取り出し、パフェの周りを様々な角度からパシャパシャと撮影し始めた。立ち上がったり、しゃがんだり、時には自撮りも交えながら、数分間ひたすらシャッターを切り続ける。
「よし、最高の1枚撮れたわ。すぐアップしよ」
彼女は満足げにスマホを操作すると、バッグを肩にかけた。
「じゃ、私帰るわ。お見合いは当然お断りでーす。地味なヒョロガリ、私の隣には似合わないし。お会計よろしくね、ノーマル男子くん。じゃあねー、お姉さん」
キララはヒラヒラと手を振りながら、一口も手をつけていない巨大なパフェをテーブルに残し、嵐のようにカフェから去っていった。
当然のことながら、今回のお見合いも大失敗である。
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静寂が戻ったテーブルで、俺と香澄さんは、目の前にそびえ立つ手付かずのパフェを呆然と見つめていた。
「……終わりましたね」
「ええ……終わりました」
香澄さんは手元のタブレットをテーブルに突っ伏し、その上に顔を乗せて深いため息をついた。
「私の完璧なデータが……。『共感性カンスト』って、ただ炎上マーケティングのための視聴者分析能力だったなんて……。私、エージェントとして本当に才能ないのかもしれません。もう、どうしたらいいのか……」
彼女の左頬の古傷が、沈んだ表情のせいで少し寂しげに見える。
エリートを自称しながらも、毎回ヤバすぎる候補者を連れてきては涙目になる。その不器用で一生懸命なポンコツ具合が、なんだかんだ言って俺は嫌いじゃなかった。
「まあまあ、落ち込まないでよ。俺は晒されるの慣れてるし、実害はなかったんだからさ」
「でも……天海さんに失礼なことばかり言って……申し訳ありません」
「気にしてないって。それよりさ、これ」
俺は目の前の巨大なパフェを指差した。
「一口も食べてないのに、もったいないよね。俺たちで食べようよ」
「えっ? で、でも、それは……」
香澄さんが戸惑う中、俺は店員さんが置いていった長いスプーンの片方を手に取り、高く積まれた生クリームとイチゴをすくって口に運んだ。
「ん! これ、めっちゃ美味い! 流石流行りの店なだけあるわ。甘すぎなくて果物の味がしっかりしてる。ほら、香澄さんも食べてみてよ」
俺がもう一本のスプーンを差し出すと、香澄さんはおずおずとそれを受け取った。
「……い、いただきます」
彼女は控えめにメロンの果肉をすくい、小さく口を開けてパクリと食べた。
その瞬間、彼女の瞳がパァッと輝いた。
「あ……美味しいです! すごく、甘くて冷たくて……疲れた脳に沁み渡ります……!」
「でしょ? ほら、どんどん食べて。俺一人じゃ絶対食べきれないし」
俺たちは向かい合い、一つの巨大なパフェを突き崩しながら食べ進めた。
上のフルーツ層をクリアし、中間層のアイスクリームやコーンフレークに差し掛かる頃には、二人のスプーンがグラスの中でカチンとぶつかることも増えてきた。
「あ、すみません天海さん。どうぞ」
「いや、香澄さんが食べてよ。いつも仕事頑張ってくれてるんだから、糖分補給しないと」
そんなやり取りをしているうちに、ふと、二人の顔がグラスを挟んでかなり近い距離にあることに気がついた。
香澄さんもそれに気づいたのか、スプーンを口に咥えたまま、みるみるうちに顔を赤く染めていく。
「あ、あの……天海さん。これって、その……」
「ん? どうしたの?」
「一つの器から一緒に食べるのって……昔のドラマで見た、恋人同士みたいな……っ」
香澄さんは視線を泳がせ、パフェの上に乗っていたさくらんぼのように真っ赤になってうつむいてしまった。
男性免疫が皆無のエリート(自称)エージェント。その初々しすぎる反応に、俺は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、あははは! 香澄さん、今更!? もう半分以上食べてるのに!」
「わ、笑わないでください! 私にとっては一大事なんですからっ! あぁもう、データにはこんなシチュエーション、一切想定されていませんでした!」
涙目で抗議してくる香澄さんを見て、俺の心の中にあった「100人の妻」という重苦しいシステムの鬱憤が、少しだけ晴れていくのを感じた。
「いいじゃん、たまにはデータにないイレギュラーも。俺は、こういう時間の方が好きだけどな」
俺が微笑みかけると、香澄さんは口をパクパクさせた後、観念したように小さくため息をつき、そして、少しだけはにかむように笑った。
「……そう、ですね。データにはない美味しさ、かもしれません」
外では影山隊長たちが「春斗様の戻りが遅い!?」と騒いでいる気配がしたが、俺はそれに気づかないふりをした。
ヤバすぎる嫁候補たちとの限界バトルはまだまだ続きそうだが、このポンコツな担当官と一緒にパフェをつつく甘い時間は、俺の狂ったユートピアでの日常に、確かな安らぎをもたらしてくれていた。




