第17話 生配信お見合い
都内の若者たちで賑わう繁華街の一角。パステルピンクとミントグリーンを基調とした、いかにも「最近流行りのカフェ」といった内装の店内に、俺と柊香澄さんは向かい合って座っていた。
「……ねえ、香澄さん。俺、こういうキラキラした場所、すっごく落ち着かないんだけど」
「我慢してください、天海さん! 今回の候補者様は、若者の間で絶大な人気を誇るインフルエンサーなんです! こういった最新のトレンドスポットでお会いするのが礼儀というものです!」
香澄さんは手元のタブレットを抱きしめながら、いつものように鼻息荒く宣言した。彼女の背後、カフェのすりガラスの向こう側では、黒スーツにサングラス姿の影山隊長率いるSP部隊が、不審者が近づかないよう壁のように張り付いているのがぼんやりと見える。その異様な光景のせいで、店内の他の客たちは完全に怯えて遠巻きにこちらを見ていた。
「インフルエンサーねぇ……。また変なデータに騙されてない? 前回の過剰母性とか、前々回の重機マニアとかさ」
「失礼な! 今回は絶対に大丈夫です! 姫宮キララさんは、共感性データとコミュニケーション能力がカンストしているんですから! 誰とでもすぐに打ち解けられる、最強のムードメーカーなんですよ!」
香澄さんが自信満々に胸を張った、まさにその時だった。
「はいはーい! みんなー、見えてるー!? 今日はなんと、1パーセントの希少種、ノーマル男子くんとのお見合い現場から生配信でお届けしちゃいまーす!」
カランコロン、と可愛らしいドアベルの音と共に現れたのは、フリルのついたミニスカートに派手なメイクを施した小柄な少女だった。彼女——姫宮キララは、先端にスマートフォンを取り付けた自撮り棒を高く掲げ、画面に向かって満面の笑みで手を振っていた。
「えっ……? な、生配信!?」
香澄さんが目を見開いて硬直する。
「ちわーっす! 私が姫宮キララでーす! よろぴく!」
彼女は俺の隣の席にドカッと座り込むと、容赦なくスマホのカメラを俺の顔に向けた。
「ほらほら、これが本物のノーマル男子だよ! みんなスクショ保存した!? スパチャもドシドシ待ってるからねー!」
「ちょ、ちょっと姫宮さん! お見合いの風景を無断で配信するなんて、聞いていません! 対象者のプライバシーの侵害です!」
香澄さんが慌てて立ち上がり、タブレットでカメラを隠そうとするが、キララはヒラリとそれを躱した。
「えー、いいじゃん減るもんじゃないし! それにノーマル男子くんだって、どうせ子供の頃から国が運営する『将来の夫候補データベース』に顔写真とかスリーサイズとか全部載ってて、全国の女子に見られてるんでしょ? 今更プライバシーとかウケるんだけど!」
「うっ……! そ、それは国の厳重な管理下での話であって……!」
香澄さんが言葉に詰まる。
実際、キララの言う通り、俺は産まれた時から国宝扱いであり、データベース上で情報を晒されることには慣れきっていた。だから、カメラを向けられること自体にそこまで抵抗はない。
「まあまあ、香澄さん。座って。俺は別に平気だから」
「天海さんがそう仰るなら……でも、マリッジ局の規定では……」
渋々といった様子で座り直す香澄さんをよそに、キララの「限界お見合い配信」はさらにエスカレートしていった。
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「それじゃあ、ノーマル男子くんに質問ターイム! コメント欄で多かったやつね! 『お母さんが100人いるってどんな気持ち?』だって!」
「どんなって……毎日が派閥争いで息が詰まるよ。できれば関わりたくない」
「あはは! ウケる! 次! 『毎日ゲームばっかしてるニートって本当ですか?』」
「まあ、ベーシックインカムがあるからね。働く必要ないし」
キララは炎上系配信者として名を上げているだけあって、相手の踏み込まれたくない領域にズカズカと土足で踏み込んでくる。意図的に失礼な質問ばかりを投げかけ、俺の困る顔や呆れた顔を引き出そうとしているのが見え見えだった。
「えー、なんか返事地味すぎ! もっとさあ、『100人の女をはべらせる俺TUEEE!』みたいなの期待してたんだけど! あ、コメント欄めっちゃ荒れてる! 『態度悪すぎ』『ノーマル男子の無駄遣い』だって! 最高最高、もっと燃えろー!」
彼女の煽りスキルは相当なもので、コメント欄の怒りの声に比例して、画面右上のPV数は爆発的に伸びていく。彼女にとって、このお見合いは結婚相手を探すためのものではなく、単なるバズるためのコンテンツでしかないのだ。
「あのね、姫宮さん。あなた、天海さんと結婚する気、本当にあるんですか?」
見かねた香澄さんが、少し怒ったような声で尋ねた。すると、キララは自撮り棒を下ろし、ニヤリと口角を上げた。
「あるよー、もちろん! だって、ノーマル男子の妻になれたら圧倒的にバズるじゃん!それにね、私には壮大な計画があるの!」
キララは身を乗り出し、俺の顔を指差した。
「私が第一夫人になったら、今後増えていく99人の妻たちを全員集めて、『100人組アイドルグループ』を作るの!みんな私の熱狂的ファンに洗脳して、私が絶対的センター兼プロデューサーとして君臨するわけ!天海くんは、私の金づる兼パトロンね! 最高でしょ!?」
「……俺の家で勝手に100人組アイドルグループを結成するな!」
俺はたまらず、今日一番の大きな声でツッコミを入れた。
すると、そのツッコミがツボに入ったのか、コメント欄の弾幕がさらに加速し、PV数はついに彼女の過去最高記録を突破したようだった。
「よっしゃあ! 目標達成! みんな、今日はいっぱい見に来てくれてありがとねー! チャンネル登録と高評価、よろしくー! ばいばーいぴー!」
キララは満面の笑みで手を振り、スマホの配信終了ボタンをタップした。




