第14話 毒舌による撃沈
「……はぁ。何度も失敗して、申し訳ありません」
百花繚乱閣の最上階。俺のゲーミングルームの重厚な扉の前で、マリッジ局の新人エージェント・柊香澄さんは、この世の終わりのような深いため息をついた。
ピシッとしたタイトスーツの肩は力なく落ち、いつも胸に抱えている最新型のタブレットは、まるで重たい石版でも持っているかのように下へと向けられている。左頬の古傷が、彼女の沈んだ表情のせいで少し痛ましげに見えた。
「まあ、気にしないでよ香澄さん。相手が赤ん坊扱いしてくるヤバい奴だったんだから、香澄さんのせいじゃないって」
「ですが……私の計算では、彼女の包容力データは完璧だったんです。それなのに、あんな結果になるなんて。エリートを名乗っておきながら、私はまた春斗さんを危険な目に……」
香澄さんがシクシクと泣き出しそうになった、その時だった。
「あら。ポンコツ担当官のお姉さん、今日もいらしてたの?」
廊下の奥から、軽やかな足音と共に可愛らしい声が響いた。
ピカピカのランドセルを背負った、黒髪のおかっぱ頭。俺の腹違いの妹であり、強烈なブラコンをこじらせている小学四年生、天海さくらだ。
「さ、さくらさん……。その、本日はお見合いの事後報告で……」
「ふふん、知ってるわよ。お姉さん、また変な女の人をお兄様に押し付けようとして失敗したんでしょ?」
さくらは腕を組み、香澄さんを見上げるようにして得意げに鼻を鳴らした。
「下の階のお母様たちが噂してたわよ。『あのマリッジ局の小娘、持ってくる候補者が地雷ばかりで全く使い物にならない』って。筋肉バカの重機女に、今度は離乳食を食べさせようとする変態女なんでしょ? 当分、お兄様の結婚は無いわね。ほんと、仕事ができないエージェントで安心したわ」
「うっ……! し、仕事ができないなんて、そんな……私は歴代トップの成績で……っ」
図星を突かれた香澄さんの顔が、みるみるうちに赤から青へと変わっていく。さくらの容赦ない言葉の刃が、彼女のなけなしのプライドをグサグサと刺し貫いていた。
「やっぱりお兄様には、あたちみたいに若くて可愛いお嫁さんが一番なんだから。お姉さんはこれからもその調子で完璧、カッコワラな仕事をしておいてよね!」
「それって、完璧じゃないって意味ですよね。私は真剣に、春斗さんのために……っ、うぅ……」
ついに香澄さんの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。タブレットで顔を隠し、小さく肩を震わせている。
流石に見ていられなくなり、俺はさくらの前にしゃがみ込んで、その頭を軽くポンと叩いた。
「こら、さくら。あんまり香澄さんをいじめるな。彼女も仕事で必死なんだから」
「むぅ……お兄様がこの泥棒猫を庇うなんて! あたち、怒っちゃうんだから!」
「ごめんな。ほら、今度一緒に新作のゲームやるって約束しただろ? 今日やろう。後で連絡するから自分の部屋で待っててくれよ」
「……本当? 絶対よ! お兄様、早く連絡ちょうだいね!」
ゲームの約束を持ち出すと、さくらは途端に機嫌を直し、パァッと顔を輝かせて自分の部屋の方へと消えていった。
嵐のような妹が去り、廊下には鼻をすする香澄さんの声だけが残る。
「……ひぐっ、うぇぇ……さくらさんの言う通りです。私はポンコツで、マリッジ局の面汚しで……天海さんの足を引っ張るダメエージェントなんです……」
「まあまあ。子供の言ってることなんだから、そんなに落ち込まないでよ。ほら、涙拭いて」
俺がポケットからハンカチを差し出すと、香澄さんはおずおずとそれを受け取り、目元をゴシゴシと拭った。
「……すみません。担当官が対象者の前で泣くなんて、失格ですね。でも、本当に自信がなくなってしまって……私の信じていたデータって、一体何だったんでしょうか……」
彼女の呟きには、いつもの強がりは一切含まれていなかった。
一〇〇人の妻を管理するという狂ったシステム。それに適合する「完璧なデータ」を信奉してきた彼女だが、天海家の異常な現実を前に、その価値観が根本から揺らぎ始めているのが痛いほどわかった。
「……よし。香澄さん、ちょっと気分転換に行こうか」
「えっ? き、気分転換ですか? でも、次のお見合いの再調整をしないと……」
「いいからいいから。今日はもう仕事はお休み。俺が、この百花繚乱閣の『裏側』を案内してあげるよ」
俺は戸惑う香澄さんの背中を軽く押し、エレベーターホールへと歩き出した。
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百花繚乱閣の中層階を素通りし、俺たちが乗り込んだのは、家族でさえほとんど使わない業務用の地下エレベーターだった。
「春斗さん、どこに向かっているんですか? 地下には、巨大なボイラー室と駐車場しかないと伺っておりますが……」
「データ上はね。でも、このマンションには、マリッジ局の図面にも載っていない秘密の場所があるんだよ」




