第10話 妹の乱入
「お兄様ァァァァッ!!」
バンッ!と、屋上の重い鉄扉が吹き飛ぶような勢いで開け放たれた。
そこに立っていたのは、愛らしいワンピース姿の腹違いの妹、天海椿だった。彼女の目は完全に血走り、その手にはバチバチと青白い火花を散らす物騒なスタンガンが握りしめられている。
「つ、椿!? お前、なんでここに……」
「お兄様をたぶらかす泥棒猫の気配を察知したからです! 本当にお兄様にお似合いの相手を連れてくるならまだ許せますが、二度目のお見合いも失敗させたそこの女は、もはや害虫です!」
椿はギラギラと光る目を、俺の隣で固まっている柊香澄さんに向けた。
「ひぃっ……!」
「お兄様に近づく害虫は、この私が駆除してさしあげます! さあ、覚悟なさいポンコツ担当官!」
「なんでエージェントの私が殺されかけてるんですかーっ!?」
香澄さんは悲鳴を上げ、タブレットを抱えたまま脱兎の如く走り出した。その後ろを、スタンガンを振りかざした椿が猛スピードで追いかける。
「待ちなさい! 黒焦げにしてマリッジ局に送り返してやります!」
「いやあああ! 天海さぁぁん、助けてくださいぃぃ!」
屋上の菜園をぐるぐると回りながら、涙目で逃げ惑う香澄さんと、狂気を帯びた笑い声を上げるブラコン妹。さっきまでのエモーショナルで静かな時間は完全に吹き飛び、いつものドタバタな地獄絵図へと逆戻りだ。
「ちょ、椿! やめろって、危ないだろ!」
俺が止めに入ろうと立ち上がった、その時だった。
菜園の隅で黙々と作業をしていた農業特化型ゾンビの太郎が、無表情のまま、手に持っていた水撒きホースの向きをスッと変えた。
「え?」
ジョババババッ!
勢いよく噴射された水流は、見事に椿の進行方向のコンクリートを水浸しにした。ゾンビである太郎に感情や思いやりなど存在しない。彼はただ、プログラム通りに指定された時刻の散水作業をこなしているだけだ。しかし、その絶妙なタイミングは、まるで親友である俺と香澄さんを助けるような、奇跡のファインプレーだった。
「きゃあっ!?」
水たまりに足をとられた椿が、派手にバランスを崩して転びそうになる。
その隙を見逃さず、俺は走り込んで香澄さんの前に立ち塞がり、両手を広げて椿を制止した。
「そこまでだ、椿!」
「お、お兄様!? どいてください、その害虫を排除しないと……っ!」
「いい加減にしろ。彼女は俺の専属だから、これ以上手を出すな」
俺が少しだけ声を荒らげて叱りつけると、椿はビクッと肩を揺らした。普段は事なかれ主義で、妹たちの暴走も適当にやり過ごす俺が、真っ向から庇ったことに驚いたのだろう。
「……っ。お兄様が、そこまで仰るなら……今日のところは引いてさしあげます」
椿は渋々といった様子でスタンガンのスイッチを切り、忌々しげに香澄さんを睨みつけてから、踵を返して屋上の階段を下りていった。
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嵐が去った屋上に、再び静寂が戻る。
「……ふぅ。怪我、ないか? 香澄さん」
「あ……はい。あ、ありがとうございます……」
俺が振り返ると、香澄さんは胸元でタブレットをぎゅっと抱きしめ、顔を真っ赤に染めて俺を見つめていた。その瞳は潤み、大きく波打つ胸の鼓動が伝わってくるようだ。
(俺の専属……。天海さん、私のことをそんな風に……っ)
彼女の心の声が聞こえてきそうなほど、わかりやすい反応だ。
先ほどの「一パーセントの孤独」を知り、一人の人間として俺を意識し始めた彼女にとって、今の俺の庇い方は少しだけ刺激が強かったのかもしれない。
俺は照れ隠しに首の後ろを掻きながら、ニッと悪びれずに笑ってみせた。
「いやあ、無事でよかったよ。だって、君が怪我して担当を外れたりしたら、俺がいよいよあの地獄の施設に連行されちゃうからね」
「…………え?」
香澄さんの顔から、サァッと熱が引いていくのがわかった。
「代わりのエージェントが来て、また一からデータ至上主義の説教を聞かされるなんて御免だし。君がいないと俺のニート生活が脅かされるから、マジで助かってます」
「……っ!」
香澄さんはプルプルと肩を震わせ、先ほどまでの乙女のような表情から一転、般若のような怒りの形相で俺を指差した。
「け、結局そこですか! 私の心配じゃなくて、自分の保身のためですか!」
「あはは、怒らないでください。冗談ですから」
「もうっ! さっき少しだけ見直した私の感動を返してください! やっぱりあなたは、ただの我儘な引きこもりゲーマーです!」
プンスカと怒りながら、香澄さんは俺に背を向けてズンズンと歩き出そうとする。
そんな彼女の背中に向かって、俺は少しだけ真面目な声のトーンに戻して、ボソリと呟いた。
「……でもさ」
「なんですか!」
「香澄さんが担当でよかったです。他の優秀な人だったら、さっきの俺の非効率な愚痴なんて、聞いてくれなかっただろうし」
ピタリ、と香澄さんの足が止まった。
ゆっくりと振り返った彼女の顔は、怒っているのか、照れているのかわからないほど、限界まで赤く茹で上がっていた。
「……っ! も、もう! 私をからかわないでください! 明日はもっとしっかりした、完璧な候補者を連れてきますからね! 覚悟しておいてください!」
香澄さんは逃げるように、バタバタと足音を立てて屋上から去っていった。
残された俺の傍らでは、太郎がまた無表情のまま、もぎたてのキュウリを差し出してきている。
「サンキュ、太郎。……やれやれ、明日も騒がしくなりそうだな」
ポリリ、とキュウリを齧る音が、茜色に染まり始めた空に響いた。
一パーセントの孤独と、ポンコツな彼女の不器用な優しさ。俺たちの限界お見合いバトルは、どうやらまだまだ終わりそうにない。




