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44 白狐


 巨石の盾に手を向けた。成功すればストーンボムも習得となる。じっと見守っているのは三人。ディーフィー、店のおばちゃん、ギョロ目オヤジだ。


 おっと、その前に。


「おばちゃん。あの盾みたいな石、壊しちゃっても大丈夫なのか? あとから弁償しろなんて言われても困るのだが」


「安心しな。ストーンボムくらいなら全然平気さ。それより格上のロックボムやミティオライトボムにだって、耐えられるようにできてるからね」


「ロックボム? ミティオライトボム? ファイヤ系に喩えると、それぞれファイヤ、メガファイヤってところか」


「まさしくそのとおりだよ」


 しかしここでギョロ目オヤジが腹を抱えて笑う。


「ガハハハ。壊すことを心配するヤツがいるか。もしいま石の盾が壊れたら、ワシが新しいのを買ってやってもいいぞ」


 思いっきりやっていいのか。

 魔法の種に意識を集中させた。



 パリーン



 魔法の種が砕け散った。手の先に魔法陣が浮きあがる。

 やったぞ、やっぱり初めの一回で習得できたようだ!


「あらまあ! お客さん、なんて運が良い」


 飛びあがるように驚愕するおばちゃんの隣で、ギョロ目男は目を丸くしていた。


「ま、魔法陣? 信じられん。たった一回で魔法を習得したのか!」


 てのひらの真ん中に、小石のようなものが生成された。それが猛スピードで飛んでいく。巨石の盾に当たると『バーン』と爆発を起こした。


「な、なんだ……。この大爆発は……」


 ディーフィーの顔が青ざめている。

 おばちゃんは隣で大興奮。


「いまの、ストーンボムのはずだよね! こんな石爆弾系の魔法、いままで見たことないよ。いったいどうなってるのさ。ロックボムどころかミティオライトボムでさえ、こんな強大なものにはならないからねえ」


 ファイヤ系で言えば、ミニファイヤの威力が通常のメガファイヤを超えたってことなのだろう。でもそこまで驚くべきことなのか。


 ディーフィーと同様もう一人、青ざめた顔の人物がいた。ギョロ目オヤジだ。あんぐりと大口を開けている。


「…………」


「オヤジさん、新しいの購入してやるんだっけ」


 壊れた巨石の盾のことだ。




 新しい魔法を無事に習得したオレは、ディーフィーとともに店を出た。彼とはメシをいっしょに食べようという話になったのだ。


 しかし連れられてきたところは大衆食堂ではなく、雰囲気のいい超高級そうな店だった。カーバンクルの件で礼をしたいため、カネのことは心配しなくてもいいそうだ。ありがたい。食事しながら、たわいない話をした。


 ん? 店の出入口で客と店員がもめている。


「奴隷の店内連込みはお断りしております」

「この人は奴隷じゃない。友人だ」

「そうだとしましても地底魔人(ドワーフ)の入店は困ります」


 ここでもくだらないルールを決めてやがるのか。まったく人間ってヤツは!


 オレが魔族なのだと知ったら、きっと摘まみ出すのだろう。ああ、こんな店で飲食したくない。だがここでオレが出ていけば、ディーフィーの面目を潰すことになる。だからじっと堪えることにした。


「ところでディーフィーは、魔人の入店をどう思う」

地底魔人(ドワーフ)は無害だ。入店しても気にしないかな」

「もし吸血魔人(ヴァンパイヤ)だったら?」


 ディーフィーは笑みを浮かべた。


「殺す」


 少しガッカリした。ディーフィーもそっちのヤツだったか。


 だが、わからないこともない。人間というかヒト族は被食者側なのだ。捕食者を憎むのは自然なことであり、魔族のオレがとやかく言う筋合いはなかろう。ただ、なんかスッキリしない気分だ。


「そっか。ディーフィーは殺すか。そうだよな。殺さなけりゃ、こっちが殺されちまうからな。ヤツらにも仕方ないところはあるが、こっちも仕方ないことだしな」


「ヤツらにも仕方ないところはある?」


「生きるために人間を襲うんだろ? 人間から吸血しないのなら、餓死しなけりゃならないし」


「何を馬鹿なことを言っている?」


 えっ、何が馬鹿なことなんだ。

 ポカンとしていると、彼はこう続けた。


「ヤツらにとって、人間の血は生きるために必須じゃないぞ? 単なる嗜好品だ。吸血せずとも生きていけるし、そもそも少量だけで満腹感を得られるんだ」


「じゃあ、なんで平和な関係になれないんだ」


「それは吸血魔人に訊いてくれ。ヤツらは快楽目的で殺人を繰り返してるんだ」


 そんな…………。

 どっちが正しいんだ。


 グラスの水を一気に飲み干した。


「わっ!」


 これ水じゃなかったぞ。


「ごめん。そこまで驚かせるつもりはなかった。ここ領都では、十四歳から飲酒が認められているんだ。まさかロフェイは十四未満じゃないだろ?」


 三百十六歳だ。アルコールも接種したことくらいある。


「十六歳だ。さっきは驚きすぎたが問題ない。いい酒だ」


 最高に美味しい酒だった。鼻孔に残った酒の余韻を楽しんでいると、綺麗な音色が聞こえてきた。ディーフィーはハープという楽器だと教えてくれた。演奏者に視線を送る。


「あっ、獣人族」


 真っ白な毛並みの少女だった。いいや、若い女というべきか。さっきは地底魔人の入店を拒否しておきながら、獣人族の演奏者を雇っていたとは。


「そうだよ。この町では獣人自体が非常に珍しいけど、彼女はレア中のレア。白狐の獣人族なんだ」


 さらに聞こえてきたのは歌声。ハープを演奏する白狐の獣人族のものだ。まるで澄んだ泉を思いださせるような耳心地だった。


 長めの曲が終わると演奏者が代わった。本当は彼女の演奏と歌声を、もっと長く聴いていたかった。


 白狐の獣人族は演奏台をおりずに立っている。背筋はピンと伸びており、とても優雅だった。新しい演奏者の曲が始まる。すると白狐の獣人族は踊りを始めた。これまた美しいものだった。感動すら覚えた。


「すごい人だ。演奏も歌も踊りも超一級じゃないか」

「そうだろ。俺も彼女のファンさ」


 演奏も踊りも終わった。白狐の獣人族は各テーブルを一つずつ回り、頭を深くさげていくのだった。


「あれっ? あの獣人の歩き方……」


 呟くオレに、ディーフィーが説明する。


「目が不自由なんだ。ほんの少しならば光を感じ取れるらしい。しかし噂では、耳がいいため歩行中に人とあまり接触することはないし、鼻もいいから人を識別できるそうだ。頭もよくて、領都内の道の大半を知り尽くしているとか」


 白狐の獣人族がこっちのテーブルに歩いてくる。


 オレたちにも頭をさげた。その頭をあげ戻した瞬間、彼女の表情が変わった。鼻をヒクヒクさせる。


「ヒト族では……」


 慌てて口をつぐみ、再度頭をさげるのだった。


「なんでもございません。失礼いたしました」


 彼女はオレに対して『ヒト族ではない』と言いかけたのか? だとしたら、嗅覚が優れているために気づいたのか?


 そういえばミーンミアも獣人族だ。もしかして実は彼女も人並み外れた嗅覚で、オレのことを魔族だと気づいているのではないか。いいや、そんな感じはないな。


「アンタの演奏と歌と踊り、とても良かった。オレにも獣人族の友人がいてさ。鑑賞させてやりたいと思ったよ。絶対に喜ぶはずだ」


「まあ、ご友人様ですか。きっと幸せなお方ですね」


 彼女は笑顔を見せ、次のテーブルへと移っていった。


「ロフェイには獣人族の友人(・・)がいるのかぁ。珍しいな。奴隷ではなく自由人ってことだね」


「いいや、身分は奴隷ってことになってる。所有者にあたる人物もオレの友人なんだが、そいつもいいヤツでさあ、二人は仲の良い姉妹みたいな関係なんだ。さっきの彼女、自由人なんだろうか」


「彼女は奴隷だ。ここマハ・コーリシャスの獣人族に、自由人はいないよ。白狐の彼女、たぶん誤解しただろうね。ロフェイの友人を自由人だと思ったに違いない。普通、奴隷の獣人族を友人なんて呼ばないからね。たとえそれなりに仲良くなったとしても」


 話を聞いて残念に思った。

 しかし……。


「あんなに演奏が上手いんだ。歌も踊りも上手いんだ。その実力が認められて、いつか自由人になれるような気がする」


 自由人として稼げるし、独り立ちできるはずだ。


「そうだね。もし彼女が自由人になったら、応援してあげたいね。しかし非常に困難な道だろう。確かに彼女は立派なプロの演奏者だし、優れたプロの歌手だし、最高のプロの踊り子だ。ただ、もう一つプロとしての肩書きがある。本人が望んだことじゃないとは言え、娼婦でもあるんだ。法律的に自由人になれたとしても、元娼婦ならば、世間からの理不尽な偏見はなかなか消えないだろうからね」


「娼婦ってなんだ?」



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