28 ミーンミアSIDE
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ロフェイが冒険者の大会で優勝した翌日のこと――。
ここはリムネがわたしに貸し与えてくれた大花壇の一角。わたしの部屋のすぐ前にある。お屋敷の庭には、美しい花々がたくさん咲いているけど、特にこの場所は最高に香りがいい。
「あら、ミーンミア。いよいよ収穫?」
振り向くと笑顔のリムネがいた。
「はい、立派に育ってくれました」
「とても素敵な香水ができるのでしょうね」
「そうだといいですけど」
三年かけて栽培してきたのは、ある特殊なハーブだ。さっきリムネが言ったとおり、香水の原料になる。香水用としては最高品種の一つとされているが、育てるにはとても手間がかかるため、稀少性が極めて高い。
「ずいぶん苦労したでしょ」
「いいえ、苦労なんて。趣味ですから」
こんなに元気に咲いてくれるとは思わなかった。
一枚の花びらを陽に透かして眺める。感慨ひとしおだ。
ハーブの花を摘み終え、屋内に持ち帰る。
約九年前、奴隷商からこのお屋敷に買われてきたとき、とても不安で怖かった。このお屋敷内で一年間の訓練後、リムネにお仕えすることになった。彼女はわたしを温かく迎えてくれた。優しく扱ってくれた。まるで姉妹や親友のように接してくれた。うっかり奴隷であることを忘れそうになるくらいに。
わたしはこの世の奴隷の中で、最も幸せなのではないかと思う。リムネや屋敷の方々には感謝の言葉しかない。
お屋敷の外でも、いい人たちと親しくなれた。リムネが作った冒険者パーティの仲間たちのことだ。
初代メンバーにはイリータがいた。わたしのシッポをモフる癖があったけど、彼女はとても親切だった。過剰なまでに親切だった。リムネが嫉妬するほどわたしに親切だった。
イリータと入れ替わるようにメンバーとなったのはヘスナート。ちょっぴりお調子者だけど、彼の笑顔は周囲をいつも幸せにしてくれている。獣人のわたしを対等な仲間として接してくれている。
それから……。
ロフェイのことを考えた。ときどき無愛想だけど、実は心温かな人だ。仲間想いで、わたしにも優しい。大勢の前で堂々と恋人のフリまでしてくれた。獣人のわたしなんかのために。
そうだ! ロフェイに優勝のお祝いをしてあげよう。日頃の感謝も込めて。もちろんプレゼントは必要ね。心の籠もった最高のプレゼントを。
わたしの目の前には、三年かけて育てて収穫した花がある。この貴重な花は、高価な香水にするばかりではなく、王侯貴族用の超高級ハーブ茶になったりもするのだとか。
ロフェイ、喜んでくれるだろうか。
「えっ、それハーブ茶に使っちゃうの?」
わたしが花を茶葉に混ぜているところを、リムネが発見。呆れ顔になっていた。もし彼女が香水を期待していたのなら、とても申しわけないと思う。
「だけどミーンミアって、ハーブ茶、好きだっけ?」
「いいえ、そういうわけではありませんが、ロフェイに味わってもらいたいと思いまして。ささやかな優勝祝いのつもりです」
リムネにはハーブ茶の目的を知らせた。ロフェイは仲間なのだから、お祝いしたいと思うのはごく自然なこと。特別なことではないはずだ。
六日後、ロフェイが屋敷に来た。わたしが呼んだのだ。屋敷の方々は皆優しいので、奴隷のわたしが部屋に誰を招こうと、なんのお咎めもない。
ハーブ茶のプレゼントのことは、まだロフェイに話していない。早く味や香りを楽しんでもらいたいのだけれども、最終的な仕上げは明日まで待たなくてはならない。
きょうロフェイがわたしの部屋を訪れた目的は別にあった。それは読み書きの勉強のためだ。
ロフェイはギルド登録の際、文字が書けないと言っていた。田舎では文字を知らなくても、あまり不自由はないかもしれない。だけど都会では文字を知らないと困ることが多々ある。奴隷のわたしでさえ、読み書きができるのだ。
だからきのうロフェイに提案した。わたしが読み書きを教えると言ったら、大喜びしていた。彼は文字の勉強ため、定期的ににここへ通うこととなったのだ。
そんなロフェイとは二人だけの秘密がある。金貨十枚の件だ。リムネにも話すなと言われ、それをまだ守っている。いま部屋に二人だけ。
この雰囲気、なんかいいな。とても心地が良い。
ドアの向こうの廊下から聞こえた。
「ねえ、ミーンミア。お願いがあるんだけど。レミラリー社製のマニキュア、買いにいってきてくれないかしら。ほら、いつもあたしが塗ってるやつ。もう使い切っちゃったんだけど、いまちょっと手が離せないの」
リムネの声だ。わたしに買い物を頼むなんて珍しい。
ノックのあと、ドアが開いた。
部屋に入ってきたリムネが、目を丸くする。
「あっ、ロフェイ。来てたのね。ミーンミア、ごめんなさい。来客中だったなんて知らなかったの。お買い物はあたしが後で行ってくるから気にしないで。それからロフェイ、ゆっくりしてってね」
彼女の会釈に、ロフェイが会釈を返す。
「お邪魔してるぜ。リムネのところには、あとで挨拶に行くつもりだったんだ」
「お気遣いは不要よ。いま二人にコーヒー持ってくるね。お茶菓子も」
「いや、お構いなく」
リムネは優しい。買い物にも自分で行こうとしている。
わたしはさっと立ちあがった。
「あの。わたしマニキュア買ってきます。ピンク色のやつですね? ロフェイ、ごめんなさい。すぐ戻ってきますので」
するとロフェイも立ちあがる。
「買い物だったらオレもいっしょに行くぜ」
「そんな。きょうロフェイは、ミーンミアのお客さんなんだし」
リムネが慌てた。
「いいんだ、リムネ。息抜きも必要だ。ずっとテーブルに向かってたんで、外の空気を吸いたくなってきたところだ」
わたしとロフェイとで出かけることになった。
買い物を終えた帰り道――。
「ロフェイじゃない? まあ、ミーンミアも」
ギルド受付嬢のルーシャと偶然会った。
彼女がわたしたちを誘う。
「せっかくだから、そこのお店でコーヒーでも飲まない?」
もしわたしが道草したとしても、リムネは決して怒らないだろう。それでも彼女のために早く帰りたかった。
そんなわたしの気持ちを、ロフェイは察してくれたようだ。
「悪いけど、オレたちすぐに帰らなくちゃならないんだ」
「そう? 残念。じゃ、また今度ね」
わたしたちは途中までルーシャといっしょに帰ることとなった。
三人で歩きながら、たわいのない会話が始まった。しかし徐々に話に入っていけなくなった。ロフェイとルーシャの距離の近さを感じた。二人が互いに知り合ったのは、まだ最近のことのはず。これほど仲が良くなっていたなんて知らなかった。
どうにか会話に加わりたい。話すタイミングを待っていると、ようやく二人の会話が途切れかかった。これをチャンスとした。
「ルーシャはコーヒー、よく飲まれるんですか」
「あたし? たまにしか飲まないけど……どうして」
「さっきコーヒーに誘ってくれましたので」
ルーシャは合点がいったように二度首肯した。
「どうして誘った先をコーヒーのお店にしたのかはね、ちゃーんと理由があるの。それは先日、ロフェイにハーブのお茶を差しだしたんだけど、飲んでくれなかったからよ」
ハーブのお茶を?
「あんなものが飲めるかって言うんだ!」
それがロフェイの言葉だった。
わたしは愕然とした。知らなかった。
ロフェイはハーブ茶が嫌い……
ハーブ茶を飲んでくれない……
わたしはきのう何をやっていたのだろう。
香水に使用するはずの貴重なハーブをお茶にした。
三年間、手間暇をかけて育てたハーブだった。
それなのに……。
すべての努力は水の泡となって消えた。
なんだか、わたしらしくて笑えてくる。
わたしなんて、それでいいのよね。
獣人だし……奴隷だし……。
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