第六話「波紋」
件は、静かに動き出した。
ハルは筆跡の証拠を携えて、上へ報告した。
左参議は調査を受けることになった。
けれど、波紋はハルの側だけに留まらなかった。
ミナのところにも、やって来た。
ある朝、先輩の尚宮がミナを呼び止めた。
「文書を外部の者に見せましたね」
声は低く、冷たかった。
「記録の確認をお手伝いしただけです」
「規則に反します」
先輩尚宮は厳しい目でミナを見た。
「どのようなお気持ちで、そのようなことを」
「記録が改竄されているなら、それを正すことも私の務めだと思いました」
「あなたの仕事は、記録を管理することです。正すことではありません」
ミナは黙った。
言い返す言葉はあった。
けれど、それを口にすれば、さらに波紋は広がる。
その夜、廊下でハルと会った。
「申し訳ありません」
ハルは開口一番、そう言った。
「あなたに迷惑をかけてしまいました」
「迷惑ではありません」
ミナは言った。
「私が選んだことです」
「それでも」
「ハル様」
ミナは、はじめて少し強くその名を呼んだ。
「記録は、正確でなければ意味がありません。私はそのことを知った上で動きました。後悔はしていません」
ハルは、ミナを見つめた。
「あなたは、どうしてそんなに真っ直ぐなのですか」
「真っ直ぐでなければ、記録が曲がります」
ハルは、少しだけ笑った。
「本当に、記録のことしか考えていないのですか」
「今は、そうです」
「今は、ということは」
ミナは答えなかった。
廊下の灯りが、二人の影を長く伸ばしていた。
(第六話 了)




