第五話「改竄の証拠」
翌朝、夜明け前にハルが来た。
文書の間には、まだ朝の光もほとんど届いていなかった。
ミナは約束通り、提出予定の文書を出した。
ハルは素早く目を通した。
そして、ある箇所で指を止めた。
「ここです」
ミナは隣に立ち、文書を覗き込んだ。
「この数字が、元の記録と違います」
ミナは棚から元の記録を取り出し、照らし合わせた。
確かに、違っていた。
本来あるべき数字が、別の数字に置き換えられている。
「誰が手を加えたのか、分かりますか」
「記名があれば」
ハルが言うと、ミナは文書の末尾を確認した。
「記名はありません」
「そうですか」
「ですが、筆跡は残ります」
ハルが顔を上げた。
「筆跡で分かるのですか」
「文書を管理する仕事には、筆跡を覚えることも含まれます」
ミナは淡々と言った。
「長く宮殿にいれば、官員それぞれの字の癖は分かるようになります」
「では、これは誰の筆跡ですか」
ミナは一瞬だけ躊躇った。
これを口にすれば、自分もこの件に深く関わることになる。
ただ記録を出しただけでは済まなくなる。
けれど、目の前にある数字は、明らかに歪められていた。
「これを申し上げれば、私も無関係ではいられません」
「申し訳ありません」
ハルは低く言った。
「それでも、必要な証言です」
「記録が正確でなければ、記録の意味がない」
ミナは、自分に言い聞かせるように呟いた。
そして、はっきりと言った。
「戸曹の左参議の筆跡です」
ハルは静かに頷いた。
「あなたは、勇気のある方ですね」
「勇気ではありません」
ミナは言った。
「記録を守るのが、私の仕事です」
その時、夜明けの光が文書の間へ差し込んできた。
白い光の中で、古い紙の文字が、静かに浮かび上がっていた。
(第五話 了)




