第9話 パーティー申請
「ステータスオープン」
間違いなく俺の声に反応したタイミングで、視界に漆黒のフレームと白抜きの文字が現れた。視界の一部を四角く削り取ったようなその領域は境界を明瞭にする為なのか白い枠線で囲われている。
表示されるそれは、まるで往年の王道RPGの表示を思い出させるものだった。
そこに表示された文章を読み込む。これは……。
(名前:裕翔、レベル9……なんだこのスキルは? それにこの数値の意味は……)
目の前に現れたステータスは数字は単純な整数だった。スキル説明も簡潔に記載されており、親切な設計と言っていいだろう。
ここでの問題がステータス以外のところにあることに俺は今更ながらに気が付いた。その事を意識しながらステータスを眺めた時、シンプルな文字と数字の先に溢れかえる膨大な情報量に思い至り、俺は愕然とした。
――「……さん、お父さん、お父さん!ってば!!」
「えっ?」
気づけば瑞葉が腕を激しく揺すりながら、大声を上げていた。
「どうした瑞葉、大声なんか出して?」
「どうしたじゃないわよ。お父さんが『ステータスオープン』って言ってから、全く動かないから……心配したんじゃない!」
瑞葉の目はうっすらと潤んでおり、声が震えている。見知らぬ異世界の不気味な静寂と、いつ怪物が襲ってくるかもしれないという本能的な恐怖の中、唯一頼りになるはずの父親が急に反応を無くしたことが、たまらなく怖かったのだろう。
「そうよ、あなた。急に視線が固まって……何回呼びかけても生返事しかしないから、生きた心地がしなかったわ」
沙織が胸に手を当てながら、ホッとしたように長いため息をつく。彼女にとっては、異世界の魔獣よりも「見知らぬ土地での急病や熱中症」のような現実的なトラブルの方を警戒していたようで、子供たちとの心配の仕方に微妙な認識の差が感じられた。
「……マジで焦ったんだからな。ポーズ決めたまま急にフリーズして、視線だけ左上に向けて『うーむ』とか『なるほど』とかブツブツ独り言言い始めるし。5分近くそのままだったぞ」
優翔も腕を組みながら、呆れと安息が混ざったような顔で吐き捨てた。いつもはポケットに突っ込んでいる手でしっかりと警戒の構えを取りつつ、いつ魔獣が現れても父親を庇えるよう極限まで緊張していた様子が、その強張った肩から伺えた。
「そんなに固まってたか……? ごめんごめん。あまりに考えるべき情報量が多くて、読み込むのに必死だったんだ」
久しぶりに自分に真っ直ぐ向けられる娘の感情や、家族総出の心配にドギマギしてしまう。
「まったく、急に倒れるんじゃないかって本気で心配したんだから」
沙織に少し呆れ気味に言われ、俺は平謝りをしながら頭を掻いた。その瞬間。
「あれ?」
「どうしたの?」
俺のつぶやきを聞いた沙織が、わずかに眉を寄せたのが見える。
「あぁ、大したことじゃ無いんだが肩が軽いんだ。……それに腰の痛みも、足のしびれも無くなってるな……」
俺は長年苦しんでいた腰痛や四十肩が完全に消え、体が羽のように軽くなっていることに気が付いた。
「――まさか!?」
俺は確認のために眉間に指を持っていく。そこにはあるはずの眼鏡がない。
その動きに気づいた瑞葉が首を傾げる。
「そういえばお父さん、メガネかけてないけど大丈夫なの?」
「そう言えば」
「そうね」
優翔も沙織も、そこで初めて俺がメガネをしてないことに気づいた。
俺は最近まで視力が良かった。それが突然、視力が低下した。そのせいでメガネをかけ忘れることが多々あった。家族もも俺が眼鏡をしてないことに違和感がないようだ。
俺は視線を上げ、警戒していた周辺よりも遠くへと視線を移した。
広大な高原の向こうに広がる巨大な紫の樹木の森。振り返ればテントの背後には天を突くような大山。山頂の不気味な色の煙までがよく見える。
そうなのだ。眼鏡など要らない程に視界はクリアになり、体が羽のように軽くなっていることに俺はようやく気が付いた。
その事を皆に伝えると
「「「はっ!?」」」
家族全員が目を見張った。
特に沙織の反応は凄まじく、子供たちも距離を置くほどだった。
レベルアップによる細胞の活性化という、ラノベの設定としてはよく聞くが、地球の常識では意味がわからない仮説を立てて、この話は一旦、横に置く。納得いかない沙織を子供たちが真剣に説得する風景は、どこか胸に染みた。
「んで、結局ステータスは見えたのかよ」
話を切り替えるように尋ねる優翔の言葉に、俺は頷いて答える。
「ああ。見えた。……ただ、その質問が出るってことは、みんなには見えてないんだな? 俺のステータスが」
「あぁ。厨二病を拗らせた、おっさんが『ステータスオープン』って口にしてから、ひたすらブツブツ独り言を言っていた感じだよ」
「それは……かなり……ヤバイ奴だな」
「フッ、うん。かなりね」
瑞葉がくすりと笑いながら同意する。少しだけ緊張が解けたのか、肩の力が抜けたようだ。
「そうかぁ、見えないかぁ。……ん?」
新たな表示に思わず声を上げる。
「あなた、どうしたの?」
俺の表情の変化に沙織が気付いた。
「皆に俺のステータスを説明したいんだが、知識不足の所もあるだろうし、どうしたものかなと考えていたら、新しい画面が出たんだ。『瑞葉から仲間申請が出ています』って」
俺が提示されたメッセージをそのまま読み上げると、家族の元に静寂が訪れた。




