↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪記〜家族水入らずで異世界転移〜  作者: 高梨京司
第一章 異世界転移

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/69

第7話 レベル9

 レベルアップしたという俺の言葉に、一瞬の沈黙が訪れた。

その後、瑞葉と優翔が同時に声を上げた。


「「えっ!?」」


「レベルって……マジで言ってんの!?」


「あぁ、人間的にレベルが上がったとか、女子力アップなんかじゃなく、本当にレベルが上がったらしい」


 優翔が眉を険しくして身を乗り出す。眉間にWi-Fiマークのような深いシワを寄せ、無意識に握りしめられたポケットの縁は、破れんばかりに強く引っ張られていた。

 全身を緊張させ、鋭い視線で周りの草原を油断なく見回す優翔。その背中からは父親への対抗心と共に、「今度は俺が家族を守るんだ」という強い気負いが滲んでいる。


 頭の回転が早い優翔のことだ。俺のレベルアップが事実なら、『レベルが上がった=それほど危険で凶悪な魔獣が近くにいた』という考えに一瞬で思い至ったのだろう。

 目の前に立つ優翔の警戒は、異世界転移前の平和な世界での学生の限界など遥かに上回っているであろうことが容易に感じられた。 


 一方、ラノベの知識は皆無でゲームの知識も浅い沙織は、急に色めき立った子供たちの反応に気押されたように目を丸くしていた。

 異世界転移という事実をまるで海外のキャンプ場でトラブルに遭った程度の捉え方しか出来ていないようだ。

 異世界の危険性、命の危機というものが、今一つピンと来ていないのだろう。

 だがそれでも、その瞳の奥には動転する子供たちを包み込もうとする母親としての温もりが感じられた。 


「ちょっと二人とも、落ち着いて。急に大声出さないの。……レベルって、あのゲームなんかのレベルのこと?」


 実感は籠っていないものの、沙織の言葉には、俺の「異世界へ転移した」という突拍子もない話への疑念は感じられない。

 俺の転職失敗によって収入が減った時も、彼女は文句も言わずに自身の正規雇用の仕事を見つけて、俺と家庭を守ってくれた。

 当時の俺は情けなさと変なプライドから素直になれず、それが原因で夫婦の会話が減ってしまったのだが、沙織は変わらぬ包容力で隣にいてくれたのだ。


 そのスタンスのままの妻が目の前にいてくれる。それだけで不安に軋む俺の心は、しっかりと補強されていた。

 過ぎたる妻だ。改めて自分の感謝の足りなさに、ほぞを噛む思いだ。


「そうだよお母さん! リアルにレベルが上がったって父さんが言ってるの!」


 瑞葉が沙織の腕を揺らしながら早口で捲し立てる。

 言葉こそゲーム的なノリで興奮しているように見せているが、相変わらず瑞葉の体は微かに震えており、沙織の腕にすがる力は強い。


 瑞葉は理屈で危険を察知した優翔とは違う。この世界の異質な空気や漂う雰囲気を敏感な感性で捉え、本能的な恐れを抱いたのだろう。

 かつて家の中でスマホばかりを見つめ、「面倒い」と冷めたフリをして親兄弟から距離を置いていた瑞葉。

だがそれは、ギクシャクした家庭の中で自分の心を守るための防壁だったのだと今ならわかる。

 その娘が恐怖のただ中で真っ先に両親に寄り添い、家族の絆を確かめようとしている。この環境には家族全員で対応しなければ助からないと、感覚的に分かっているのだろう。


 沙織は瑞葉の勢いに戸惑いつつも、娘の不安をしっかりと受け止めている。それと同時に娘の口から漏れ出るゲームやラノベの情報もようやく呑み込めたようで、小さく息を吐いた。


「それで…どうしてレベルが上がったなんて思ったの?」


 冷静な沙織の問いに、俺はおずおずと答えた。


「それが…見えたんだよ。レベルが上がりましたって、表示が」


「どこに?」


「視界の左端に、半透明で小さく。意識しなければ邪魔に感じないサイズでさ」


 沙織の質問に答えていると、恐怖に固まっていた瑞葉が俺と沙織の間に強引に割り込んできた、少し興奮しているようだ。

 恐怖を振り払いたいのだろうか、それとも興味や興奮が恐怖に打ち勝ったのだろうか。いずれにせよ家族4人の中で一番華奢な体をうねらせ、家族の輪の中心に立ち、その瞳を輝かせている。


「きたー! レベルアップ表示! どんな感じで表示されたの? 他には? 他には何か出てるの?」


「瑞葉、落ち着けって」


 優翔が妹の肩を少し強めに引き戻す。 


「なによ、お兄ちゃんには関係ないじゃん!」


 不満げに肩をすぼめる瑞葉だったが、それ以上にまくし立てることはなかった。

 優翔に水を差されて少し冷静になったのか。瑞葉は、草原に風が吹き抜けるたび、ビクッと肩を揺らし、そっと俺の背中に身を寄せるようにして周囲の影を恐れるように見つめている。こうしてみると異世界の恐怖を、レベルアップの話で紛らわせたかったのかもしれない。


「あぁ…そうだな。気が付いた時には【New!】という表示が視界の左端に浮かんでいたんだ。最初は気づかなかったが、多分、皆にスマホの着信を確認するきっかけになった電子音がそれなんだろうな」


「あぁ、あの時ね。お父さんの空耳だと思ってたけど、キター! でもなんであのタイミングなんだろう。正体不明の獣を追い払ったのはもう少し前なのに」


 興奮しながらも鋭い疑問を口にする、冷静さと子供っぽさが同居した娘の言葉に頷く。


「父さんもそこは疑問だな。とりあえず【New!】の表示に気づいた俺は、その表示に意識を向けた。すると漆黒のフレームに白抜きの文字。現実の景色の一部を四角く削り取ったような画面?が、表示されたんだ。内容は

【グレートボアを討伐しました】

【Lvが2にあがりました。ステータスを確認してください】

っていう表示だったんだが、それが何度も表示されて結局レベルは9ま上がって、通知が止まったんだ。それから直ぐにテントを出たんだよ」


 俺の口から告げられた『レベル9』という信じがたい数字に、家族の間に息をのむような静寂が広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。