第55話失敗と協力と
野草の採集、生肉と魔核の回収、そしてプラスアルファの作業を終えて結界の内側へと戻ってきた時、時刻は17時20分を回っていた。
赤く染まり始めたエルタニア高原の草むらを掻き分けながら、俺は自分の不甲斐なさに軽く唇を噛んでいた。もしあの時、ダッチオーブンの蓋、バックラーによるガードが破られていたら。もし最後の一匹の『隠密』を見落としていたら――。冷や汗が背中を伝う。
予定よりも30分以上早い帰還だったが、俺の心に達成感や誇らしさはなかった。一角兎のドロップ品である『兎の生肉』が想定外に早く手に入ったのは、各個撃破するはずの予定を投げ石の音の失敗で狂わせ、三匹同時に相手取るハメになった結果だからだ。作戦の失敗を紙一重の勝利で補ったに過ぎなかった。
タープの下へ戻ると、沙織と瑞葉は俺の鮮やかな(ように見えた)討伐手際を「すごい!」「無事でよかった!」と手放しで褒めたたえてくれた。
だが、火かき棒の柄をぎゅっと握りしめた優翔だけは、俺のファーストアタックの失敗と、一瞬追いつめられた足元の乱れを見逃してはいなかった。
「……父さん。最初の投げ石、完全にしくじったろ」
夕空の下、息子の低く鋭い声が響いた。
「三匹同時に襲われて、たまたまダッチオーブンの蓋――バックラーだっけ?それで受け止められたから良かったものの……一歩間違えたら角で腹をぶち抜かれてたぞ。何が『フォローを頼む』だ……全然安全な戦い方じゃないじゃないか!」
優翔の厳しい言葉に、沙織は「えっ……」と息を呑み、血の引いた顔で俺を見つめた。瑞葉も言葉を失い、場に冷たい沈黙が立ち込める。
「……優翔の言う通りだ。俺の油断と焦りが招いた大失敗だった。弁解の余地もない」
頭を掻く俺の姿に、重苦しい空気がタープ下を支配する。その沈黙を破ったのは、瑞葉だった。
「……お兄ちゃんも、お母さんも。お父さんが無事で帰ってきたのに、嬉しくないの……?」
「もちろん嬉しいわ。心から無事でよかったと思っているわよ……!」
沙織がハッとして瑞葉の肩を抱く。優翔は唇をかみ締め、視線を落としたままだ。
「お兄ちゃん、黙ってたら分からないよ。言葉にして。……お父さんが無事に帰ってきて良かったの? 良くなかったの?」
「……もちろん、ホッとしたよ。無事でよかったに決まってるだろ……!」
絞り出すように答えた兄に、瑞葉は優しく頷いた。
「そうだよね。それが一番大事なことだよ。お父さんは今回失敗したかもしれない。でも、今まで生き物を倒したこともない普通の人が、急に見たこともない魔物と戦ってるんだよ? 失敗したって当たり前じゃない。……その失敗で命を落とさずに帰ってこられたなら、それは大成功だよ!」
「瑞葉……」
「お父さんの失敗は、お父さんだけの失敗じゃないよ。私たち家族みんなの失敗だよ。……だから私はもっと頑張る。誰かが失敗しても、みんなで無事に帰ってこられるように!」
まっすぐな瞳で言い放つ末娘の言葉に、胸の奥が熱く震えた。
「……瑞葉、ありがとう。そうだな、父さんは一人で全部抱え込もうとしすぎていた。これからはもっとみんなを信頼して、役割分担を決めて助け合っていこう。……沙織、心配をかけてすまなかった。優翔、父さん、この失敗を反省して次につなげるから……手伝ってくれ」
「……フン。手伝うに決まってるだろ」
横を向いた息子の耳が少し赤くなっていた。
高原を渡る風が茜色に染まるタープの布地を優しく揺らす。エルタニア大森林の地平へと太陽がゆっくりと落ちていく中、俺たちの絆はより一層、固く結ばれ直したのだった。
胸のつかえが下り、和やかな温もりが戻ったタープの下。静かに忍び寄る夕闇を前に、俺たちは手分けをして夕食の仕度と、今回持ち帰った貴重な調達品の整理へと取りかかることにした。




