第54話一角兎討伐と食材の収穫
結局、昼食のバーベキューと後片付けを終えた頃には、時刻はすでに14時30分に迫っていた。
それでも子どもたちは意気揚々と午後の討伐に繰り出し、順調に成果を重ねていった。この勢いなら、おそらく明日の早い時間にはもう一つレベルが上がるだろう。
沙織も子どもたちほどではないにせよ、上昇した攻撃力と新スキル『連撃』の効果を確かめるように、着実にスライムを討伐していく。16時までにレベル3へ届くかと思ったが、惜しくもそれは叶わなかった。だが、その表情は実に明るく、自力で戦えることへの確かな手応えを感じているようだった。
16時を回り、日差しが少し斜めになり始めたが、まだ高原の草むらを黄金色に染め上げまでには至っていない。
俺はいよいよ『結界の外』へと足を踏み出す準備を整えた。
右手には長柄のナタ。左手に装着したのは、直径30センチほどの鉄製バックラー――といえば聞こえはいいが、ダッチオーブンの蓋の取っ手に薪と針金を巻きつけ、手で強く握り込めるように改造しただけの代物だ。一角兎の突進をこれで受け止められればいいのだが。
優翔は火かき棒を構え、沙織にはいざという時のための『熊撃退スプレー』を持たせてある。魔法を主力とする瑞葉は、両手があいていた方が瞬時に魔法を展開できるため手ぶらだ。
2つの太陽の動きが昨日と同じなら、日が沈み薄暗くなるまであと1時間半ほど。これだけの時間があれば、目的のものは十分に手に入るはずだ。
目指す場所は、スライムを誘い出すために空き缶を投げ込んでいた膝丈の茂みから、さらに10メートルほど奥のエリア。低木と高さ2メートルほどの野草が生い茂るその場所は、結界の境界線からだと20メートルは離れている。
かつて実家の近くの河川沿いの空き地で見かけたセイダカアワダチソウや葦に似た植物が鬱蒼と群生していた。
俺は結界の内側から、その密林のような草むらにじっと目を凝らした。
(……いたな)
『鑑定』スキルが、視界の奥に潜む存在を鮮明に教えてくれた。
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【ホーンラビット Lv.2】
無属性。昼行性。頭部の角による突進攻撃を主とする。レベルが高い個体は『隠密』のスキルを持つことがある。通常攻撃による討伐が可能。
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鑑定の内容に意識をさらに集中させると、その下に詳細な注釈が浮かび上がる。
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★討伐後は魔石の収穫が可能。まれに『兎の食肉』というドロップ品が出現することがある。現状の研究では討伐場所の魔素量や周辺の魔物数等の影響があるようだが、概ね5匹から10匹討伐でのドロップが平均値であるという研究結果がある。
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(昨日の晩に確認した表示内容と同じだな……これで間違いはなさそうだ)
俺が小さく頷くと、すぐ後ろから沙織が感心したような声をかけてきた。
「あなた、本当にあんなに遠くの草むらの中にいるウサギが見えているの……?」
「ああ。自分でも驚いているよ。レベル10になったおかげかな」
30代までは視力が2.0 あり、メガネも必要ないのは数少ない俺の自慢だったが、40代を迎えてから視力は一気に低下し、直近の健康診断では0.3まで落ち込んでいた。近視の急激な進行により老眼の進行が気にならなくなったのだけが唯一の救いだったのだが。
(遠近両用メガネは高価だからな)
異世界に来てレベルが一気に上がったせいか、今の視力は20代の頃どころか、その数倍の解像度で世界を捉えている実感がある。沙織が静かに褒めそやす。
「ふふ、頼もしいわね。視力まで若返っちゃうなんて」
「じゃあ……行ってくる。みんな、フォローを頼むぞ」
緊張を和らげるような家族とのやり取りを経て、俺は決意を胸に、結界の境界線から一歩外へと踏み出した。
膝まで伸びた野草を掻き分け、足元に細心の注意を払いながら前進する。万が一の緊急退避時に足元をすくわれないよう、目につくスライムは全て丁寧に討伐していく。
レベル10の身体能力と、昨日一日と今日の午前中に家族の討伐のサポートに徹したことで養われた『戦闘眼』のような感覚が合わさり、俺の手元は自分でも怖くなるほどの精度とスピードでナタを振るっていた。
結界の内側からその背中を見つめていた瑞葉が、ひそひそ声で呟く。
「……ねえお兄ちゃん。お父さん、半分人間やめてない? あの動き、ちょっと引くレベルなんだけど……」
「……ああ。あれはどう見てもモブの動きじゃないな。あれより期待値が高いって……俺たち、どんな化け物になるんだよ」
子どもたちが呆然と呟く横で、沙織だけが優しく目を細めていた。
「ふふ、私たちを絶対に危険に晒さないようにって、必死で戦ってくれているのよ」
家族のそんな会話は俺の耳には届かない。俺はスライムを素早く討伐しては、落ちた魔核や涙型のドロップ品を腰に下げたポリ袋に放り込んでいった。
ポリ袋は腰から2つ提げており、片方には魔核やドロップ品。もう片方には――摘み取った野草を詰め込んでいく。それを見ていた瑞葉が「あ、本当にお野菜代わりの野草を摘んでる」と納得顔で頷いた。
スライムを処理しながら10メートルほど進むと、高さ2メートルほどのローズマリーに似た低木が生えていた。先の細い枝葉が下へと垂れている。俺は『鑑定』で可食性と効能を確認すると小さく頷き、アウトドアギアのセットから持ち出したハサミを使い、柔らかい新芽の部分を丁寧に切り取った。さらに別の野草は根元を握り手際よく引き抜き、土を払って袋へ収めていく。
「……あんな草、しかも根っこなんて本当に食べられるのかな……」
首をかしげる優翔の横で、沙織は「さすがだわ……」と根っこを収穫している夫の意図に気がつき感心していた。
その後、危険を感じることもなく40分ほどで目的のポイントへ到達した。ここからは、まるで目えない線で引かれたかのように生えている植物が一変する。セイタカアワダチソウや葦のような背の高い草が鬱蒼と茂り、子どもの頃に秘密基地を作って遊んだ空き地を思い出させた。
俺の視界には、すでに数え切れないほどのスライムの大群に紛れ、三体の一角兎の姿がはっきりと捉えられていた。
俺は長柄のナタを頭上に高く掲げ、結界側の家族へ『ターゲット発見』の合図を送った。
直後、俺の視界の右上の隅にうっすらと浮かぶ『ミニマップ』に変化が生じた。三つ固まっていた赤い点(家族のマーカー)のうち、一つが少し離れてすぐ元に戻る。これが『合図了解』のサインだ。
このミニマップ機能に気づいたのは、昼前にトイレに行こうと討伐を行う境界線とは逆方向のトイレに向かった時だった。
視界の端に小さなマップが出現したのだ。検証の結果、パーティ登録されたメンバーが15メートル以上離れると自動的にミニマップが表示されること。表示のオンオフや『本拠地設定』ができることが判明したのだ。
ミニマップでの相互確認を終え、いよいよ一角兎へのファーストアタックに入る。
(三匹同時はリスクが高すぎる。慎重に一匹ずつ引きはがすか……)
俺はナタを足元にそっと置き、手頃な大きさの拳大の石を右手に握りしめた。レベルアップによる『力』と『素早さ』『器用さ』の上昇、そして『投擲』補正を信じる。
(当たれ……!)
そして祈りを込め、一番手前にいる一角兎へ向けて石を全力で投げつけた。
――バシィッ!!
乾いた鋭い音が響き渡った。ステータス上昇の影響か、はたまたスキルの効果予想を遥かに超える勢いで放たれた石は一角兎の頭部に直撃。衝撃で頭部が吹き飛んだ一角兎は、そのまま形を崩して大地へと溶けて消えていった。
――が、想像以上の破砕音が仇となった。
近くにいた残りの二匹が、一斉に耳を立ててこちらを睨みつけてきたのだ。
(くっ、音で気づかれたか……!)
焦りながら足元の長柄ナタを拾い上げ、構え直す。だが、その時にはすでに一匹が目にも留まらぬ速さで地を蹴り、角を突き出して肉薄していた。
――ガンッ!!
咄嗟に左手のバックラー(ダッチオーブンの蓋)を突き出す。激しい金属音と衝撃が腕を痺れさせた。角度をつけられず、正面から受け止めた一角兎は、首があらぬ方向へ折れ曲がって地面を転がり、消滅していった。
(よし、あと一匹――って、どこだ!?)
体勢を整えて視線を走らせるが、最後の一匹の姿がない。討伐の騒ぎで逃走したか? いや、肌を刺すような戦闘特有の殺気は消えていない。
(……『隠密』スキルか!)
その可能性に思い至った瞬間――
――ガサッ。
俺の左手の葦の根元が、不自然に揺れた。
反射的に大きく一歩下がり、体を斜めにひねりながらバックラーを滑り込ませる。
――ぶわっ!!
空気を引き裂く凄まじい風切り音。これまでの一角兎とは一線を画すスピードで、影のような突進が襲いかかってきた。だが、直線的な軌道を見切っていた俺は、バックラーの角度を斜めに殺して突進をいなし、すれ違いざまに長柄のナタを横に薙いだ。
――ザシュッ!
確かな手応えとともに、最後の一匹が崩れ落ちる。
俺は荒い息を整えながら、周囲に他の魔物の気配がないか丹念に確認した。安全を確信したところで、足元に落ちた魔核を拾い集める。最後の一匹が落とした魔核は、他のものより一回り大きかった。
そして――その魔核のすぐ横に、フワフワとした薄茶色の毛皮の塊が落ちていることに気がついた。
「一角兎は……毛皮もドロップするのか?」
拾い上げてみると、それは丁寧に毛皮で包まれた、綺麗な『兎の生肉』の塊だった。
『博識』の知識で食肉ドロップの存在は知っていたが、まさか土汚れ一つつかないよう、毛皮で包装された状態でドロップするとは思いもしなかった。
(……生肉がそのまま土まみれで落ちるわけじゃないんだな。生き残るには過酷な世界なのに、こういうシステム的な部分だけはやけに親切で……妙なちぐはぐさを感じるな)
胸の中に一抹の不気味さを覚えつつも、目的を達成した俺は安堵の息を吐いた。
――と、結界へ引き返す前に、セイタカアワダチソウに似た草の中で、穂の先にピンポン玉ほどの大きさの黄色い実をつけた株だけを数本、ナタで刈り取った。この実はすべての株にあるわけではなく、ごく一部の成熟した個体にしかない特別なもののようだ。
10個ほどの黄色い実を収穫し、ポリ袋へ大切に収めた俺は、今度こそ家族の待つ拠点へと足早に撤退を開始したのだった。




