第53話食糧調達作戦会議
青く澄み渡るエルタニア高原の空。その遥か彼方までも見渡せる大自然の只中に、ぽつんと置かれた一台のワンボックスカーと、日差しを遮る一張りのタープ。
この光景だけをどこか遠くから引きの画角で切り取ってみれば、スーパーセレブの贅沢なグランピングか、あるいは動画配信者のサバイバル企画のように見えるかもしれない。
自分が一視聴者なら、エアコンの効いた部屋でハイボールでも傾けながら、気楽に楽しんでいたことだろう。
だが、当事者としてここに立つのは、俺自身であり、俺の大切な家族だ。おまけにこの異世界サバイバルには、「魔物」や「魔獣」なんていうとんでもない命懸けのオプションまで付いている。
そんな魔境とも言える高原において、唯一人の手が入ったキャンプサイト。その直径20メートルの真円は広大な高原においては粟粒ほどの広さもない。
そのキャンプサイトの更に一角に張られたタープの下で、中伊達家全員の視線が俺へと集中していた。
俺が先ほど口にした――「よし。それじゃあ……俺が『結界の外』で何をしたいのか、その理由を話そうか」という言葉の続きを待っているのだ。
俺は手に持ったマグカップの冷水を一口含み、乾いた喉を潤してから、静かに語り始めた。
「結界の外に出る一番の理由……それは食料の調達だ」
俺が切り出すと、タープ下の空気が一瞬で引き締まった。
「沙織が無駄なく工夫して料理を作ってくれているし、食糧庫から乾パンなんかの非常食も見つかった。だが……それでも俺たちの手持ちの備蓄は、あと数日もすれば完全に底をつく」
「食料が底をつく」――皆が暗黙の了解として直視を避けてきた過酷な現実を面と向かって突きつけられ、瑞葉の肩がビクッと揺れた。重苦しい沈黙が漂う。
だが、沙織は動じることなく、マグカップを両手で優しく包み込みながら、静かに俺を見つめた。
「あなた……『食料が枯渇する』ってはっきり口にしたってことは、手に入れる目処がついたってことかしら?」
「え? お、お母さん、どういうこと……?」
急な展開に戸惑う瑞葉に、優翔がナタの柄に巻き付けられた針金を膝の上で弄りながら、淡々と説明を加えた。
「食料がなくなるなんて話、ただ不安を煽るだけなら意味がないだろ。わざわざその話を出したってことは、父さんの中に食料を手に入れる目処がついてるって、母さんは考えたんだよ。母さんだけじゃないな、僕もそう思うよ」
「あ……そっか!」
瑞葉の顔に、ぱあっと期待の色が戻る。俺は二人の洞察力に苦笑しつつ、深く頷いた。
「ああ、その通りだ。実は昨日の午後のレベル上げで結界の外を観察していた時に、スライムの溜まり場になっているエリアの周辺に、地球でいう『ウワバミソウ』や『葛』にそっくりな野草が群生しているのを見つけたんだ。それを鑑定したら『可食』……それも『美味』という評価が出たんだよ」
「う〜ん野草――野菜かぁ……、 でも食材が手に入るのは、凄いことだよね」
野菜嫌いの瑞葉の反応は今ひとつだが、それでも食材の調達の目処が立ったことを素直に喜んでくれている。
「今回はその中から湯がいて食べられる野草を数種類、採取する計画だ。生食による害虫や食中毒のリスクを避けられるし、俺たちには瑞葉の水魔法で潤沢な水がある。もちろん鍋もある」
「なるほどね。加熱調理できる野草なら、母さんの『クリーン』と合わせれば安全性が跳ね上がる」
優翔が納得顔で頷く。俺は一呼吸置き、さらに新たな情報を提示した。
「野草でビタミンやミネラルは補える目処は付きそうだが、人間が生きていくにはタンパク質が必要不可欠だ。……実は昨日の夜、そこの茂みを手当たり次第に『鑑定』していたんだが、魔物でも魔獣でもない、普通の『野うさぎ』の反応が何度かあったんだ」
「ウサギ?え〜っ!? う、うさぎさん食べるの……? 可哀想だよぅ……」
瑞葉が顔をしかめて難色を示す。……が、次の瞬間。
「……でもっ! えーっと、背に腹は代えられない、だっけ? そんな言葉もあるくらいだし、みんなで生き残るためなら……しょうがないのかも!」
見事なまでのスピードで考えを切り替えを見せる末娘に、タープの下にふっと和やかな空気が流れた。瑞葉は自分の口元に手を当て、優翔を心配そうに見つめる。
「……ねえ、お兄ちゃん。ウサギさんを倒すとき、私の魔法で仕留めようか? お兄ちゃんがナタで切ったりしたら、精神的なダメージが凄そうだし……」
「……気遣いはありがたいけど、生き物を殺して食料にするっていう壁は、いつかは乗り越えなくちゃいけないものだと思うから、俺は構わないんだ。ただ問題は……今の俺たちには、動物を解体する専用の道具も無ければ、その技術も無いってことだよね」
息子の落ち着いた声に、俺は静かに頷いた。
「そういう事だ」
すると、なみなみと水の注がれたマグカップをいじっていた瑞葉が、ふと思い立ったように顔を上げる。
「あ、でもお母さんが使ってる包丁、すごく切れるよ?」
「動物、特に哺乳類は骨が複雑で硬い部分が多いんだ。料理用の包丁で解体なんかしたら、あっという間に刃こぼれして使い物にならなくなるぞ」
俺の言葉を受けて、沙織も困ったように苦笑いを浮かべ、自分の手元を見つめた。
「そうねぇ。料理をする立場から言わせてもらうと、衛生面でも解体用の刃物と調理用の包丁は絶対に分けて欲しいわね」
「というわけで、解体用の道具と技術の目処がつくまでは、うさぎを直接捕まえて解体するのは難しい。となれば……」
俺が意図的に言葉を濁すと、その意図を察した優翔が珍しく目を見開いて慌てだした。
「まさか父さん……それ、すごくハードルが高いんじゃあ……。いや、でもこの緊急事態だし、仕方ないことなのか……?」
「えっ何!? 何のこと!? お兄ちゃん、何の話!? 仲間外れにしないでよ!」
身を乗り出す瑞葉に対し、優翔は気まずそうに目を泳がせながら呟く。
「……手っ取り早く、安全かつ確実にタンパク質を取る方法があるんだけど……うーん……」
はっきり言わない兄の態度に、瑞葉が「もうっ!」と眉をひそめた。
そのやり取りを温かく見守っていた沙織が、ハッと気づいたように手をポンと叩く。
「ああ……昆虫食のことね……」
「コンチュウ食……?? えっ……虫!?」
「そう。イナゴとかコオロギとか、テレビや動画のサバイバル番組で食べるの見たことあるでしょ?」
「えっ!? ええーっ!!! 無理無理無理マジ無理ーっ! 死んじゃう! 虫食べたら私死んじゃうってー!」
頭を抱えて叫ぶ妹に、優翔は呆れたように肩をすくめた。
「死なないための選択だよ」
「でもぉーっ!」
「まあ落ち着け。俺自身は田舎育ちだからな。イナゴの佃煮や蜂の子なんかは食べたことがあるし、そこまで忌避感はないんだが……」
半泣きで必死に訴えてくる瑞葉の頭を優しく撫でながら、俺は安心させるように微笑みかけた。
「今後どうなるかは分からないが、今のところは昆虫食をしなくても何とかできると俺は考えているよ」
その言葉に、優翔が不思議そうに眉をひそめる。
「……どういう事?」
「『一角兎』っていう魔物は……討伐すると、何回かに一回の確率で『食肉』をそのままドロップするらしいんだ」
「キターーーーー(゜∀゜)ーーーーー!! 食材ドロップ! 解体いらずの綺麗なお肉キターー!」
手のひらを返して異常なハイテンションモードに突入した妹を、優翔はジト目で冷ややかに見つめながら尋ねてきた。
「その情報源は……『鑑定』スキル? それとも『博識』?」
「食べられる野草や食肉ドロップの情報は『鑑定』からだな。『博識』スキルで得た情報は、もう少し深掘りしたものだったよ」
「深掘り……どんな話なの?」
「あぁ、それなんだが――」
「ちょっと待ったぁーーーー!」
瑞葉がバンッと自分のスマホ画面をこちらに掲げて割り込んできた。
「私はお腹が空きました! 今の時刻は13時過ぎです! まずはお昼ご飯を食べようよー!」
画面に表示された「13:12」の数字を突きつけられ、俺と優翔は「あ……」と思わず顔を見合わせた。熱が入りすぎて、完全に時間を忘れていた。
「ふふ、そうね。昼食を取りながら、その辺りのお話を進めましょうか」
沙織の穏やかな声に促され、俺たちは一旦話を打ち切り、全員で昼食の準備に取りかかった。
クーラーボックスに残っている生肉は、傷む前に早く食べてしまわなければ食中毒のリスクがある。というわけで、昼間から豪勢なバーベキューの始まりだ。
ジュウジュウと肉が焼ける香ばしい煙と音がタープの下に広がる。
食料の調達に目処が立ったことで、全員の心にはゆとりが生まれていた。もし絶望的な状況のままだったら、肉の味など分からなかったかもしれない。
だが今の俺たちは、香ばしいタレの味とジューシーな肉の旨味を、心から穏やかに堪能することができていた。
異世界の雄大な大自然の中で家族でバーベキューを楽しむという、どこか奇妙で温かい時間が過ぎていく。
昼食を食べながらのミーティングは非常にスムーズに進み、午後の行動計画が確定した。
その予定は夕方16時頃までは、子どもたちと沙織のレベル上げ。
その後は、俺が単身で『結界の外』へと踏み出し、境界線付近の索敵と資源調達を行う。
その時は俺の背中を守るため、結界の内側ギリギリの境界線上に優翔が立ち、その左右に沙織と瑞葉が陣取る。俺の死角となる場所を家族全員でフォローしてくれる手はずだ。
(食料の調達はもちろん重要だが……俺が結界の外へ出たい理由は、それだけじゃない)
焼きたての肉を口に運びながら、俺は遠く結界の向こうに広がる深緑の森を見つめた。
(体の栄養と心の栄養の補給の為、俺は頑張るぞ)
腹を満たし、心に確かな絆と目的を携えた俺たちは、午後からの作戦に向けて力強く立ち上がったのだった。




