第52話 沙織のスキル発現
タープの天蓋を突き抜ける直射日光が、二つの太陽がほぼ中天へと差し掛かったことを告げていた。タープの影が足元へとすっぽり収まる。
俺は瑞葉にスマートフォンで時刻の確認をお願いした。瑞葉はスマホをポーチから取り出し、画面をタップした。
「12時15分だよぅ〜」
今朝の朝日が出た位置には、大きめの石を置いた。日の入りの位置もマーキングするつもりだ。これを毎日続けて方角の特定と季節の特定ができればと考えている。
まぁ、今では異世界となってしまった地球の常識が通用する前提での話だが。
今のところ、スマホの時刻と太陽の高さは合致している。
この世界でも「24時間周期」が成立していることの確認は、規則正しい生存計画を立てる上で何よ重要だ。
そんな長期的な観測となる話をしつつ、沙織の緊張をほぐし、能力値の確認を始める
「――ステータス、オープン」
俺の呟きとともに、漆黒の半透明ウィンドウがみなの目の前に静かに浮かび上がった。
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◇ステータス個人:能力値◇
名前:中伊達 沙織
41歳
職業:未設定/非認証 レベル:2
HP : 50
MP : 61
力: 19
体力: 27
素早さ:30
器用さ : 35
賢さ: 28
運 : 33
攻撃力:47+10
防御力 : 51+5
武器 E 異世界の鉤爪+10
防具 E 異世界の服+2
防具 E 異世界の靴+3
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漆黒の画面に浮かぶ白い数値を見つめながら、俺は瑞葉が以前口にした言葉を思い出していた。
(モブの俺と、聖女のような沙織の適性……なるほど、これが『成長補正』の差というやつか)
俺のレベル10現在での能力値の合計は281。それに対して、レベル2の沙織の合計値はすでに172だ。
レベルが1上がったことによる沙織の能力値の上昇は『23』。単純計算だが、沙織がレベル10に達した時の能力値合計は356に達する。レベル10の時点で、俺と沙織の間には「75」もの圧倒的な能力差が開く計算だ。
この先レベル20、30と重ねていけば、その差は広がる一方だろう。
「覚悟はしていたとはいえ……現実は、なかなかに厳しいな」
誰にともなく零した俺の呟きに、優翔がマグカップをカタンとテーブルに置きながら、少し刺のある声で問いかけてきた。
「父親の面目丸潰れだね。……これからどうするの?」
母親に対する反抗期は収まりつつあるようだが、俺に対する反抗期はまだまだ継続中らしい。たまに投げかけられる言葉が少々辛辣だ。
(……だが、無関心や無視をされていた頃に比べれば、ずっとマシだな)
仕事にかまけ、家庭を顧みなかった過去の自分に対する自責の念が、またも胸を小さくチクリと刺す。
「何も変わらないよ、優翔」
俺は息子の真っ直ぐな視線を受け止め、ゆっくりと語りかけた。
「父さんの能力の限界が低かろうと、そんなことは大した問題じゃないんだ。俺が目指しているのは、自分が強くなることじゃない。家族みんなで生き残る未来だからな」
「ふ〜ん……」
優翔は興味なさそうに相槌をうって視線を逸らしたが、その強張っていた肩の力が心持ち緩んだのを俺は見逃さなかった。
何とも言いようのない雰囲気を察した瑞葉が、慌てて両手を振って割り込んでくる。
「お、お父さん! 私、お父さんのことモブって言ったわけじゃないからね!? モブっぽい……ネームドのモブって言っただけだからね!?」
「はは、なんだ、気にしていたのか?それに、そのフォローは、フォローになってないぞ」
焦る瑞葉の姿に、俺は思わず吹き出してしまった。沙織も口元に手を当て笑いながら、頼もしそうに俺を見つめている。
数値や周りの評価に踊らされず、自分の軸をブレさせない俺の言葉に、優翔もまた静かに何かを感じ取っているようだった。
「さぁ次は、いよいよスキルの確認をするとしようか」
俺が画面を切り替えると、そこに新たな文字が浮かび上がった。
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◇ステータス:スキル/加護◇
名前:中伊達 沙織
41歳
戦闘スキル
New!★☆☆☆連撃…1回攻撃が命中した敵に対しての2回目の攻撃の命中精度が50%アップする。
魔法スキル
New!★☆☆☆ヒール…些細な傷の治癒を行うことができる。
New!★☆☆☆バン・ギフト…微弱な毒や痺れの治癒を行うことができる。
生活スキル
New!★☆☆☆クリーン… 衣服や食器 、身体の洗浄を行うことができる。
※食中毒防止の効果あり
ユニークスキル
★★★★天恵の癒し……全ての治癒魔法を修めることができる才能。治癒魔法の習得のスピードが200%アップ。治療効果が50%アップ。MP の消費が50%ダウン
加護
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画面を見つめたまま、全員が静まり返った。
『ヒール』『バン・ギフト』『クリーン』……。たった一度のレベルアップで、サバイバル環境において喉から手が出るほど欲しいスキルが完璧な精度で揃い踏みしていた。
(……あまりにも出来過ぎている。まるで、誰かが用意したお誂え向きの環境に嵌め込まれているような気味悪さだ)
俺の内に生じた不気味な違和感を察したかのように、瑞葉が腕を組んで言った。
「なんかジャストフィット過ぎて気持ち悪いよねぇ……でもさ、私たちが生き抜くために必要なスキルばかりなんだから、喜んで貰っとくしかないよね!」
「……まあ、そうだな」
優翔も頷く。沙織は自分の手元を見つめ、不安そうに俺を見上げた。
「ねえ、あなた……本当に私のこのスキル、役に立つの? 戦闘スキルなんて『連撃』くらいだし……」
「何言ってるんだよ、沙織」
俺は沙織の手を優しく包み込んだ。
「『クリーン』で食中毒を防ぎ、身の回りを清潔に保てる。これだけで衛生環境は劇的に改善するんだ。『ヒール』と『バン・ギフト』があれば、怪我や毒の恐怖から家族を守れる。沙織のスキルは、この過酷な異世界で俺たちの命を繋ぐ要なんだよ」
「そうだよお母さん! 清潔なお皿でご飯が食べられて、怪我も治せるなんて神スキルだよ!」
皆の言葉に、沙織の瞳に溜まっていた不安の涙がすっと消え、穏やかな笑顔が戻った。
「ふふ、ありがとう。……ねえ、あなた」
胸を撫で下ろした沙織が、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「私の『天恵の癒やし』の効果も確認できたわ。……それで、あなたは『結界の外』に出て何をしたいの? 漠然とした冒険心で、あなたが危険を冒すはずがないって、私は知っているわ」
「そうだよー、お父さんって慎重だよねぇ。慎重過ぎるかも!」
瑞葉が水を注いだカップを揺らしながら茶化すと、沙織が優しく娘を制した。
「瑞葉。お父さんだって昔はね、人並みに冒険心があって、多少の無理もしていたのよ。お父さんの昔のお友達から聞いたことがあるわ」
「えっ、本当にお父さんが!?」
「ええ。でもね……結婚して私との生活を守るために無茶をしなくなって、あなたたちが生まれるたびに、どんどん慎重になっていったの」
母の話を聞いた瑞葉は、ハッとしたように顔を曇らせ、申し訳なさそうに俺を見つめた。
「……お父さん、ごめんなさい。『慎重すぎる』なんて言って」
「いや、いいんだよ瑞葉」
俺は静かに首を振り、タープの外に広がる青々とした草原を見つめた。
「若い頃の俺には、無茶をすることに対するブレーキがなかった。だが年齢を重ね、守るべき家族が増えたことで、俺は慎重になった。……『家族のため』と言えば格好はつくが、本当は違うんだ。『家族のため』という言葉を盾にして、自分にブレーキをかける手立てを得たに過ぎない。実際には、俺が『家族』という存在に守られていたんだよ」
俺の告白に、タープの下に重厚な沈黙が流れた。風が草を揺らす音だけが響く。
その沈黙を破ったのは、優翔だった。下を向いたまま、ボソボソと絞り出すように語り始める。
「……小さい頃、父さんの『危ない』『気をつけろ』って口癖、正直ウザいと思ってたよ。でも……嫌いじゃなかった」
「優翔……」
「……でも、父さんが転職した頃から……慎重っていうより、何かに怯えて固まってるみたいに見えて。それがすごくもどかしくて、苛ついて……正直、嫌いだった」
沙織が息を呑み、何かを言おうと口を開かけかけた。俺も自嘲気味に目を伏せる。優翔の苛立ちは当然だ。当時の俺は保身と不安に押し潰され、挑戦することを恐れていたのだから。
だが、優翔は言葉を止めることなく続けた。
「……でも。ここ最近……キャンプに行こうって言い出した頃から、父さんは変わったと思う。特に異世界に来てからの父さんは……慎重だけど、すごく素早く動いてる。……悪くないと思ってるよ」
ツンと横を向く優翔。照れ隠しのその横顔には、父親に対する確かな尊敬と信頼が滲み出ていた。
家族それぞれの想いが交錯し、誰もが次の言葉を探して口を閉ざす中、瑞葉がパッと両手を広げて明るい声を上げた。
「まあ! 何にしてもさ! 家族全員で転移させられたことだけは、本当に良かったんじゃない!? 私は、みんなと一緒に生きていきたいよ!」
「「……」」
そのあまりにも真っ直ぐで純粋な言葉に、家族全員の肩からスッと力が抜けた。誰もが深く頷く。
「……チェッ。結局、瑞葉の感性には敵わないな」
論理的に想いを伝えようとして照れくさくなった優翔の、少し子どもっぽい愚痴に、タープの下にドッと温かい笑い声が弾けた。
その温もりを愛おしく感じながら、俺は座り直し、家族全員の顔を見回した。
「よし。それじゃあ……俺が『結界の外』で何をしたいのか、その理由を話そうか」




