第49話瑞葉のレベルアップLv.4と成長と
正午が近づくにつれ、エルタニア高原の日差しは一段とギラつきを増していた。
エルタニア高原の気温はさほど高くはなく、時折吹き抜ける風も涼しい。問題は日差しだ。標高が高いせいか空気が澄み切っており、遮るもののない直射日光が肌をジリジリと灼く。まるで真夏のキャンプ場に放り出されたかのような暑さだ。
汗ばむ額をぬぐいながら、俺たちはタープの作る影の下へと避難した。
朝から熾しっぱなしにしていた竈は、白く灰を被っていた。だが、新しい炭を足して残り火を組み直し、少し空気を送れば、その隙間から蒼い炎が揺らめき立つ。微かに漂う香ばしい匂いが、この過酷な異世界サバイバルの中に、どこか悠々とした「キャンプの日常」を演出してくれていた。
「ふはぁ〜っ! 暑い〜! お父さん、お水ちょうだい!」
タープの下に滑り込んできた瑞葉が、首元の服をパタパタと仰ぎながらねだってくる。俺は水入りのマグカップを手渡した。
「ほら、一気に飲むなよ。お疲れ様、瑞葉」
「んぐっ、んぐっ……ふはぁー! 生き返る〜!」
午前中に見事レベルアップを果たした子どもたちと、ギリギリで念願のレベル2へと到達した沙織。
過酷な午前中の討伐を終え、俺たちは遅めの昼食を摂りながら、それぞれの成長を確認することにした。
「よし、それじゃあまずは瑞葉のステータスから見てみようか」
「はーい! 私からね」
瑞葉が元気に了解の声を張る。それに合わせて俺も声を上げた。
「ステータスオープン」
家族全員の目の前に漆黒でありながら半透明のステータスウィンドウが滑らかに展開された。
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◇ステータス個人:能力値◇
名前:中伊達 瑞葉
13歳
職業:未設定/非認証 レベル:4
HP : 42
MP : 67
力 : 19
体力 : 20
素早さ : 27
器用さ : 35
賢さ : 32
運 : 39
攻撃力 : 42
防御力 : 42+5
武器 なし
防具 E 異世界の服+2
防具 E 異世界の靴+3
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相変わらずでたらめな能力値の上がり幅だ。ステータス画面が開いた瞬間、俺だけでなく優翔も沙織も、その数値を見て思わず息を呑んだ。
「……すごいな。瑞葉、レベル4でもうMPが67もあるのか……?」
真っ先に声を上げたのは優翔だった。スケッチブックに書かれた自身のレベル3時点の能力値と瑞葉の画面を
見比べながら、呆れたように首を振る。
「レベル1の時の俺たちの平均能力値って、だいたい18ぐらいだったよな? レベルが3上がっただけで、全体的に1.5倍から1.6倍近く跳ね上がってるぞ」
「本当ねぇ……。レベルは1だけど、大人の私のMPを超えているわよ。年齢のアドバンテージを考えたら、すごい差だわ」
沙織も目を丸くして画面を覗き込む。
俺は顎に手を当て、漆黒のウィンドウに並ぶ数値を分析した。
「やっぱり魔法適性が高いからか、MPと『賢さ』『器用さ』の伸びが著しいな。それに『素早さ』27に『体力』20か。優翔や瑞葉自身の元の能力値で考えれば、運動部で毎日鍛え込んでいる高校生レベル……いや、それ以上の身体能力がすでに身に付いているはずだぞ」
「えへへ〜! すごいでしょ!今もね、休憩を取ったばかりなのに、もう身体がすっごく軽いと思ったんだよね!さっきお昼ご飯用に薪を竈まで運んだ時も、全然重く感じなかったの!」
瑞葉が鼻を高くして胸を張る。瑞葉の自慢をよそに優翔がじーっと画面の一点を見つめながら、ボソリと呟いた。
「……ねぇ父さん。『器用さ』35で『運』が39もある瑞葉が、なんでさっき地面に出っ張った石に投げた缶を直撃させて変な方に跳ね返らせたんだろ?」
「ちょっとお兄ちゃん!? 余計なこと言わないでよ! あれは石が悪いんだからねっ!」
「ふふっ、瑞葉のドジはステータスが高くなっても治らないみたいね」
「お母さんまで意地悪言わないで〜!」
瑞葉が頬を膨らませて抗議し、タープの下がドッと笑いで満ちた。
軽口を叩き合いながらも、ここまで能力が上がれば日常生活や戦闘時における生存率が格段に上がるのは確かだ。これならスライム相手の狩りで遅れをとる心配はまずないだろう。
――だが今、皆が本当に興味を持っているのは基礎能力の数値そのものではない。
そのことを証明するかのように、ステータス画面をスキルの一覧へと移行させると言っても俺を止める人間は誰もいなかった。
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◇ステータス:スキル/加護◇
名前:中伊達 瑞葉
13歳
戦闘スキル
発現なし
魔法スキル
★☆☆☆火魔法Lv.1 極小規模の火炎を扱う事が出来る。
★☆☆☆水魔法Lv.2 小規模の水を扱う事が出来る。
★☆☆☆風魔法Lv.1 小規模の風を扱う事が出来る。
★☆☆☆New!多重展開Lv.1 術式を2つ同時に扱う事が出来る。
生活スキル
New!流水…水を流動的に動かすことができる。洗濯や食器の洗浄 などに効果を発揮する。
ユニークスキル
★★★★魔導の極み……治癒/補助魔法以外のほぼ全ての魔法を修めることができる才能。攻撃魔法の習得のスピードが200%アップ。攻撃魔法のダメージが50%アップ。MPの消費が50%ダウン。
加護
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「わあぁっ! 見て見てお父さん! お兄ちゃん! 新しいスキルが増えてる!」
表示された項目を指差し、瑞葉が目を輝かせてはしゃぐ。
そこに新しく追加されていたのは――『多重展開』というスキルだった。
「多重展開……? マルチタスクってことかしら」
沙織が嬉しそうに目を細め、瑞葉の頭を優しく撫でる。
「すごーい! 私、これで魔法を同時に二個使えたりするのかな!? 右手に火魔法! 左手に水魔法! 格好良すぎでしょ!」
「おい瑞葉、調子に乗るなよ」
すかさず優翔が冷や水を浴びせるように声をかけた。だが、息子の目元は心底嬉しそうに緩んでいる。
(……スキルの説明だけでは詳細ははっきりしないが、瑞葉の魔法の選択肢が増えるのは間違いないだろう。何より『多重展開』の言葉通りなら、攻撃しながら防御魔法や回避行動を並行処理できるようになるかも知れない。そうなれば、妹の安全性が跳ね上がる。妹思いの優翔としては嬉しくないわけがないよな)
口では生意気なことを言いながらも、妹の成長と安全確保に心の中でガッツポーズを決めている優翔の姿が、なんとも微笑ましい。
――だが、俺の頭はまたしても別の方向へと暴走し始めていた。
(多重展開……スキルレベルは1か。魔法の同時構築だけでなく、既存魔法の威力を維持したままの並列詠唱や、ターゲットの多重ロックオンは可能なのか? もし『魔導の極み』の消費MP半減と同じような効果――術式の構築時間半減なんかの補正が掛かることはあるのか?)
腕を組み、眉間にシワを寄せて思考の海へと深く没入していく俺。
そんな俺の横顔を見て、沙織が可笑しそうにクスリと笑い、そっと肘で俺の脇腹をつついた。
「あなた。また一人で難しい顔をして考え込んでるわよ。瑞葉が待ってるわ」
「っ……あ、ああ! すまんすまん!」
ハッと正気に戻った俺は、期待に満ちた目で俺を見つめる瑞葉と向き合った。
子育てというのは本当に難しい。褒めて伸ばしてやりたい反面、異世界という死と隣り合わせの環境では、調子に乗らせて命を落とさせるわけにはいかないのだ。俺は言葉を選びながら、できる限り温かい声をかけた。
「瑞葉、すごいぞ。午前中の頑張りは勿論、自分なりの試行錯誤をしていたんだろ?その努力が実を結んだんだな。お父さんも本当に誇らしいよ」
「へへ〜っ、でしょでしょ〜!」
褒められて満面の笑みを浮かべる瑞葉。だが、俺の「慎重すぎる父親の性」が、どうしても口を出さずにはいられなかった。
「……ただな、瑞葉。喜んでいるところ水を差すようだが、『多重展開』はまだLv.1だ。何をどれぐらい出来るのかの検証をする必要があるんだ。当然二つの魔法を同時に扱おうとすれば、意識の分配が必要になるはずだ。今までの生活で瑞葉はもちろん、皆がそんなことをした経験がないんだ。精々が母さんが口にした「マルチタスク」を仕事をこなすう上でのコツとして利用していた位のものだ。起動にどれくらい時間がかかるのか、消費MPの増大率はどうなのか、集中が切れた時の暴発のリスクは――」
気づけば、「やんわり」どころか危険性と注意事項をマシンガンのように羅列してしまっていた。
(あ、しまった……やってしまった……!)
ハッと気づいた時には手遅れだった。
横を見ると、優翔が「出たよ、父さんの過保護な理屈モード……」と言いたげな呆れた冷ややかな視線を送ってきている。
沙織も「困った人ねぇ」と苦笑いを浮かべて首を振っていた。
俺は慌てて先をつなげる。
「――まぁ、それは追々皆で確認するとして、まずは新たなスキルの発現、おめでとう」
せっかくの喜ばしい雰囲気をぶち壊してしまった。瑞葉が「もう! お父さんのケチ!」とふてくされるか、いじけてしまうのではないかと、俺は冷や汗をかきながら娘の顔を覗き込んだ。
だが――
「……うん。分かったよ、お父さん」
「え……?」
瑞葉はむくれることもなく、まっすぐに俺の目を見て、静かに頷いたのだ。
「瑞葉……怒ってないのか?」
「う〜ん、ちょっと難しくてよく分かんないところもあったけどさ」
瑞葉は決まり悪そうに頬をポリポリと掻きながら、少し照れくさそうに呟いた。
「お父さんが、すごく真剣に私のことを心配して、怪我しないように考えて話してくれてるんだなって……分かったから。だから、ちゃんと言うこと聞くよ」
「「「……」」」
沈黙が流れた。
いつまでも甘えん坊でワガママだと思っていた末娘が、親の意図を汲み取り、真摯に言葉を受け止めてくれた。その精神的な成長が胸に染み入り、タープの下にじんわりと温かい感動が広がっていく。
「……瑞葉、大人になったなぁ」
「なによお兄ちゃん! 私だって成長するんだからね!」
気恥ずかしくなった瑞葉が威勢よく言い返し、場が一気に和んだ。
「よし! 次は優翔のステータスを見ようか」
「うん。……ステータスオープン」
気を取り直して、次に優翔のウィンドウを開いた。
スマホの時刻は正午を過ぎている。
だが、不思議と空腹を感じることはなかった。




