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放浪記〜家族水入らずで異世界転移〜  作者: 高梨京司
第三章 異世界キャンプ

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第45話沙織レベルアップLv.2

「ふっ……えいやっ!」


 鋭い掛け声とともに、優翔が踏み込んだ。ザッ、と乾いた土を蹴る足音。彼が手にしているのは、沙織が食糧庫で見つけたナタの柄に、細めの薪を針金でガチガチに固定してリーチを伸ばした手作りの長柄ナタだ。見た目は粗末極まりないが、繰り出された一閃は容赦なくスライムの核を両断する。


キンッ、と澄んだ音を響かせて核が両断され、スライムの形は崩れて、地面に消えていく。


(……相変わらず、無駄のない動きだな)


 俺は沙織のサポートをしつつ、横目で息子の立ち回りを見守っていた。

優翔の動きには、どこか俺に対する対抗心が透けて見える。「俺だってやれる」「父さんだけに危険な真似はさせない」――昨夜と今朝の話し合い以来、あいつの背中にはそんな無言の主張が滲み出ていた。父親として頼もしくもあるが、どこか危うくもある背中だ。

 一方、その少し隣では瑞葉が天真爛漫な声を響かせていた。


「えーいっ、―― 『ウォーターバレット』!」


シュパッ! と甲高い水切り音が弾け、高速のウォーターバレットがスライムの体内に突き刺さる。直後、ウォータージェットのような高水圧が内部の魔核を押し出し、ポンッと地面に転がり出させた。水に濡れて輝く魔核を残し、スライムは地面へ消える。


「やったー! お母さん見てた!? 私、狙い通りにできたよ!」


「ええ、すごいわ瑞葉。かっこいいわよ」


 沙織が息を整えながら微笑み返す。

瑞葉の笑顔は輝いていた。「魔法使い最高!」という純粋な歓喜と、「私がお母さんの分も頑張って助けるんだ」という健気な決心が見事に交ざり合った、実に彼女らしい表情だ。

だが、その瞳の奥には兄と同じく、どこか気を張り詰めたような緊張感が覗いている。


 二人とも、必死なのだ。俺が「一人で結界の外を探索する」などと言い出したので、自分たちが少しでも強くなって戦力になろうとしてくれている。俺は家族に恵まれたな。


「二人とも調子いいな。よし、瑞葉、次はあっちの木の根元、オレンジ色の背の高い草が生えている。あそこに缶を投げてくれ。スライムはその奥にいるから」


「はーい! 任せて!」


瑞葉がアルミ缶を勢いよく投げつける。


――ガキンッ!


「あ、嘘っ!?」


 瑞葉が投げた缶は地面から突き出ていた小さな石に直撃し、あらぬ方向に大きく跳ね返った。カランコロンと不規則な音を立てて転がった先は、予定よりもかなり右側――しかもスライム2匹が潜む、そのちょうど中間地点だった。

 モゾリ、と2匹のスライムが同時に反応し、缶の音に引き寄せられるようにして寄り添いながら迫ってくる。


「やばっ、2匹来ちゃった!お父さん!どうしよう?!」


「落ち着け瑞葉。缶を引き戻して投げ直せば問題ない、俺が――」


俺が手伝うと言いかけたその時、優翔の冷静な声が俺を制した。


「父さん、待って。……多分大丈夫だ。このままいけるよ」


 その声には、一切の迷いがなかった。俺は一瞬足をとめ、息子の横顔を見る。そこにあったのは焦りではなく、研ぎ澄まされた集中力だった。

 俺は言葉を呑み込み、息子にすべてを委ねることにした。今は沙織のフォローに集中すべきだ。


「お兄ちゃん……!」


 緊張感を孕んだ瑞葉の声が響く中、2匹のスライムは横並びになったまま、獲物を狙うように滑らかな動きで接近してくる。距離、およそ2メートル。


「フッ!」


 短く息を吐く音が聞こえた、次の瞬間。ザッっと力強い踏み込みとともに優翔は滑るように膝立ちになり、薪と針金で延長された粗末なナタが、美しい水平の軌を描いて横一線に振り払われた。


キッ――キーン!


 まるで澄み渡った鉄琴を2度叩いたかのような、美しく甲高い金属音が重なってあたりに響き渡る。

 一閃――。手作りの長柄ナタに遠心力と重さが乗り、粗末な武器とは思えぬ切れ味が生まれる。その一振りが、並んだ2匹のスライムの魔核を正確に、ほぼ同時に打ち砕いた。


「ふぅ。よし」


 ナタを静かに構え直し、優翔が感情を抑えた声を漏らした。

その直後――


「すごーーーーい!! お兄ちゃん何それ! 一撃で2匹!? 侍!? 侍なの!?」


優翔の数倍の声量と感情を爆発させた瑞葉の大歓声があたりにこだました。


「うるさいな瑞葉、声が大きい……」


「だって今のカッコ良すぎでしょ! ずるい! 私もやる!」


負けず嫌いのスイッチが入った瑞葉は、その直後の討伐で「ウォーターバレット!」を間髪入れずに2連続で射出。見事に2匹のスライムを連射で仕留めてみせたのだった。


「どうだー! 私も2匹倒したぞー!」


「おお、瑞葉もすごいじゃないか」


俺が手を叩いて褒めたが、当の本人は

「う〜ん……」と不満げに眉をひそめている。


「でも何がちがうの。…そうだお兄ちゃんみたいに1発でバシッと2匹倒したいの。2回撃つのはなんか違う……」


兄の「一撃必殺」に憧れる妹のこだわりらしい。何にせよ、2人のコンビネーションと討伐スピードは格段に上がっていた。不安を糧にして研ぎ澄まされた2人は、昼前には見事にレベルを一つ上げることになる。


――だが、一方の沙織は、極めて厳しい戦いを強いられていた。


ガンッ!


「くっ……!」


 沙織の振るう火かき棒がスライムの魔核に命中する。鈍い音が響くが、魔核は砕けない。彼女は元々運動神経が良い。バレーボールで鍛えた体幹と目の良さがあり、スライムの核の位置自体は最初から正確に捉えているのだ。しかし――


「はぁ、はぁ……っ」


 振り下ろされる火かき棒は、魔核に当たる直前でまるで目に見えない水の中に叩き込まれたかのように減速し、威力が殺されてしまう。

何度叩いても核に亀裂が入るだけで、結局4度、5度と力任せに攻撃を重ねて、ようやく1匹を倒せるという状態だった。


「沙織、大丈夫か? 少し休もう」


「ううん……大丈夫。まだいけるわ」


 沙織の返事はどこか硬かった。汗で額にへばりついた髪を雑に払いながら、火かき棒を握り直す手がぎゅっと白くなっている。

いつも穏やかで、どんな時も微笑みを絶やさない沙織。

だが今、その側顔には隠しきれない「焦り」が固くへばりついていた。

子供たちが順調にレベルを上げ、歓声を上げている声が遠くから聞こえてくる。それが余計に、彼女の心を苛立たせているのが痛いほど伝わってきた。


(俺が外に出るなんて言い出したからだ……)


自分が早く強くなって、俺の危険を少しでも減らしたい、軽くしたい。自分が足枷にならないようにしたい。なのに、身体が思うように動かない。その歯がゆさが、彼女の内に不満を溜め込ませているのだ。


「……ねえ、あなた」


 数分後、スライムを1体ようやく倒し終えて折りたたみチェアに腰を下ろした沙織が、ポツリと漏らした。その声には疲労と、戸惑いが混ざっていた。


「瑞葉の言っていたことが、よくわかるわ。火かき棒を狙って振り下ろすと、何かに邪魔されたように攻撃がそれるのよね。それは何とか感覚で調整して当てることはできるんだけど……今度は、力がうまく入らないのよ」


沙織は自分の掌を見つめ、ギュッと握りしめては開く動作を繰り返す。


「おまけに……普通に動く分には体力は普通なのに、スライムを叩いていると、極端に疲れるのよね。本当に誰かに邪魔されてる感じ……『私の役割はそれじゃない』って、言われてる気がするわ」


「沙織……」


「……ごめんなさい、嫌な言い方しちゃって。あなたが一番苦労しているのに」


ふっと目を伏せ、自嘲気味に微笑む沙織。

その表情を見て、俺は彼女の手を握った。


「謝ることないさ。身体が思うように動かないのはストレスになる。それに、沙織が焦ってくれるのは、俺のことを心配してくれてるからだろ? ありがとう」


「……ずるいわね、そういう言い方」


 沙織は俺の手を握り返して、小さく息を吐いた。

昼前どころか、かなり早い時間にレベルアップした子供たちとは対照的に、沙織のレベル上げは遅々として進まない。

 昼食前のギリギリまで粘り、汗だくになりながらレベルアップは昼食後になるかと諦めかけていた、その時。泥臭く何度も叩き潰し、スライムを討伐した時だった。

ゼゥ、ゼゥ、と肩で息をする沙織が、ふと動きを止めた。

その視線が、中空の一点に固定される。


「……あなた」


「っ……やっときたかぁ!」


 俺の安堵の声に、沙織は疲れ切った、けれどどこかホッとしたような笑みを浮かべた。


「えぇ。疲れたわ、とっても……」


しゃがみ込みながら沙織が呟いた。


「お疲れ様。本当に頑張ったな。ちょうど昼時だ、昼飯を食べながら皆のステータスを見ることにしよう」


俺は沙織の手を取り、立ち上がらせた。

それぞれの焦りと願いを胸に秘めた家族の、2日目の午前中が終わろうとしていた。

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