第38話魔力回復量と家族団欒
家族全員で簡易テーブルを囲む中、俺は瑞葉が手にする端末へと視線を向けた。
現在、家族の中でスマホの電源を入れているのは瑞葉だけだ。
異世界。それも辺境において、スマホは正確な時間が把握でき、「水平器」や「ブルートゥース通話」など、生命線になり得る機能の塊だ。
今回、俺はキャンプに太陽光発電機を持ってきていた。せっかくのアウトドアに無粋な機械だが。
「圏外なんて論外、ありえない。スマホの充電が切れる可能性があるなら、キャンプには絶対に行かない」
と瑞葉が高らかに宣言し、優翔も追随した為、仕方なく防災用のポータブル電源を持ってきたのだ。
防災用の丈夫さと軽さを重視した電源は、出力は小さいものの故障は少ないはずだ。これで当面の間は、スマホの電源は確保できるだろう。太陽が2つもあるんだ、大丈夫だよな?ソーラーパネル。
問題はスマホの劣化、特にバッテリーの劣化だ。そこで皆のスマホからSIMカードを抜き、この世界に存在しないであろうwi-fiやGPS、Bluetoothの機能はオフにした。アプリの数々も強制終了してある。これで数日は充電をせずとも持つはずだ。
6日ごとに家族のスマホを持ち回りで電源を入れる。充電は70%〜80%にしてから切る。今できるスマホの延命策はこれぐらいだろうか。
「あっ!お母さん、お父さんがまた考え事してるよ」
「あなた。心配事がたくさんあるのは分かりますけど、食事の時ぐらい皆で話をしましょう」
「あぁ、すまない。そういうことなら瑞葉、食事の前にMPの回復量を確認させてくれないか?」
「別にいいけど」
当初、ステータス画面は俺しか表示できなかった。
だが瑞葉も優翔も、レベルが2に上がると個人のステータスを表示できるようになった。レベルが2に上がったことで、こちらの世界の法則が適用されるようになったということか。
今後を考えると各々でステータスを見られるのはメリットだろう。
しかし、他の人間のステータスやパーティースキルに関しては相変わらず俺が表示しない限り見ることができない。
皆のレベルが上がれば見えるようになるのか、それともパーティーデータしか見れないのか。
分からないことや疑問が山積だが、今はわかること、できることを一つ一つやっていくだけだ。
こちらの世界の法則は、こちらの人間に聞くしかないだろう。問題はその人間たちはどこにいるのかだが。あとは言語自体が通じるかという不安はある。
あるといいな『言語理解』。
「んーっと……あ! MP37だったのが、MP43になってるぅ!」
1時間半くらい休憩していたから……だいたい1時間でおよそ4の回復、といったところか。
「時間の経過で『固定値』で回復するのか、最大MPの『割合』で回復するのかは、まだサンプルが少なすぎて分からないな。瑞葉の最大MPは46だから、割合だとしたら1時間で約10%って計算になるけけど」
瑞葉の言葉に間髪を入れずに優翔が考察を口にする。その言葉をスケッチブックに書き留める瑞葉。その横で、沙織が食事の配膳を終えたのが目に入った。
「よし朝食にしよう。沙織、朝飯は何だい?」
「あまり日持ちしない食材から優先的に使ったわ。サッと食べられる軽いものだけどね」
沙織が用意してくれたのは、クーラーボックスの保冷剤が効いているうちに消費すべきハムとチーズ、それに昨日買い込んでいたロールパンだった。炭火を起こす手間を省き、手際よく作られたサンドイッチだ。
「ふふ、難しいことは後にして、温かいお茶でも飲んだら」
沙織が微笑みながら、湯気の立つマグカップを俺に手渡してくれた。ふと触れ合った指先の温もりに、俺たちは互いに照れくさそうな視線を交わす。
かつては家の中ですれ違い、会話すら失っていた夫婦だった。それが今、命の危険と隣り合わせの異世界で、キャンプギアの折りたたみテーブルを囲み、互いの無事を確かめ合うように笑い合っている。
頭上には奇妙に二つ並んだ太陽が輝き、結界のすぐ外には恐ろしい魔物が蠢く異界の森。それが、ここだけはまるで休日の日本のキャンプ場のような穏やかな空気が流れ、俺たちは簡易テーブルを囲んでサンドイッチを口に運んだ。
……家族全員で、顔を突き合わせて会話をしながら朝食を食べるなんて、一体何年ぶりだろうか。
かつての我が家は、朝になれば全員がバラバラの時間に起き、会話もなく、ただスマホやテレビを見ながら作業のように食事を流し込んでいた。それが今、異世界転移という最悪のアクシデントの真っ只中で、こんなにも密に言葉を交わし、互いの顔を見て笑い合っている。
(求める形とはだいぶ違ったが……俺がずっとやり直したかった『家族の団らん』が、こんな場所で叶うなんてな)
なんという皮肉で、なんという滑稽さだろう。だが、胸の奥を満たす穏やかな充足感を、俺は拒むことができなかった。
「あ、そうそう! あなた、朗報があるのよ」
沙織が嬉しそうに目を輝かせながら、食糧保管庫の方を指差した。
「あのぐちゃぐちゃになった鉄の保管庫の奥に、非常用の缶詰や真空パックのご飯。乾パンなんかが無傷で残っていたの! 家族4人で3日分の食料にはなるはずよ」
「本当か! それは助かるな!」
「食料以外には何かあったかい?」
「そうね。あとは竈掃除用のシャベルと予備の薪、薪割り用のナタぐらいから」
「ナタがあれば、お兄ちゃんの武器にもなるかもね!」
瑞葉がパンを口いっぱいにほおばりながら無邪気に声を上げ、家族4人の間にパッと明るい歓声が広がった。
沙織が何かを思い出した表情した。
「これは必要ないかもしれないけど、薪は湿気らないようにビールケースの上に置いてあったわ」
「あぁ、P箱か。何箱?」
「確か4箱あったわ。あのケースって実家にもあったし、色々なところで見掛けるけど何に使うのかしら?」
「あぁ。あれはとても便利なものだからな。ありがとう沙織、貴重な情報だよ」
生き残るためのピースが、一つひとつ噛み合っていく。
朝食を終え、ごちそうさまと手を合わせると、俺は腰を上げた。
「よし、それじゃあ優翔のレベル上げを再開するか」
「了解」
火かき棒を手に取る優翔を見ながら、俺はふと思い立って瑞葉へと視線を向けた。
「瑞葉、念のためもう一回ステータスを見てみてくれないか?」
「えー? さっき測ったばかりだよお父さん。……ん?」
文句を言いかけた瑞葉が空中に視線を走らせ、ポカンと口を開けた。
「あ……あれ!? MPが回復してる!」
「なんだって?」
「さっき43だったのに、46になってる! 最大値まで全快してるよ!」
先ほど計測してから、まだ20分ほどしか経っていない。時間経過だけであれば1か2上がるのが関の山のはずだ。それが一気に3も回復して上限に達している。
「食事で……栄養を摂ることでMPが回復するのか!?」
優翔が驚きに目を見開き、俺を振り返った。
「父さん、これが分かってて確認させたの?」
「いや……『もしかして』と思って試しただけだ。だが、確認して大正解だったな」
ゲームの中には「宿屋で休む」パターン以外にも、食事による体力やMPの補完を設定しているものが存在する。どうやら、この世界は、その設定が有効のようだ。これは大きな発見だ。
「MPが全快したのをそのまま放置するのは勿体ないな。よし、作戦変更だ。今度は瑞葉と優翔、二人を『交互』にレベル上げしていくぞ!」
「えっ!? 私もやっていいの!?」
瑞葉が跳ね起き、瞳をキラキラと輝かせた。
俺たちはすぐさま行動に移った。
経験値の分散を最低限(常に2人体制)に抑えるため、徹底したローテーションを組む。
まずは瑞葉の番だ。
俺はアルミ缶でスライムを誘い出す。
だが前のように結界近くまで誘い出すことはしない。
火球 も水球も射出系魔法だ。ある程度、距離を置いたところから攻撃をした方が、コントロールの練習になる。そして何よりも、レベル上げの効率がいい。
「瑞葉、出力を極限まで抑えた『水球』で魔核を狙い撃ちするんだ。MPの消費は極力抑えたいし、威力が大きすぎると巻き込みでアルミ缶が壊れるかも知れないからな。父さんが缶を一気に引っ張るから、スライムとアルミ缶に距離ができたら魔法を打ちなさい」
俺はワイヤーを手繰ってスライムを引き寄せる。ゼリー状の不可思議な生き物は石を乗り越え、草を溶かし、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
そして結界から3メートル程の視界の開けた場所にスライムが出てきた瞬間――俺は ワイヤーを一気に引き戻す。
「今だ」
「任せて! ――聞き取れない言語――『水球』っ!」
瑞葉の手元から放たれたテニスボールほどの大きさの水球が、瑞葉の手のひらの先から射出される。そのスピードはかなりのもので、スライムの体に吸い込まれるように入っていき、魔核へと命中した。
——ポンッ!
賞状筒の蓋を勢いよく引き抜いた時のような、気の抜けた乾いた音が響く。その時には既にスライムの体内から水球によって魔核が押し出されていた。魔核が身体から離れた瞬間、スライムは泥水となって地面に染み込んだ。
「やったぁぁぁ! 一発!!」
「MPの消費はいくつだ?」
「2だよ。残りMPは44」
「分かった。瑞葉はそこで待機。折りたたみチェアに座って待っててくれ」
瑞葉が椅子を取りに戻る間に、今度は優翔が前へ出る。
優翔のレベル上げの時は、従来通り結界ギリギリまでスライムを引き付けて、アルミ缶を吊り上げる。
スライムへ、優翔の火かき棒が閃く。
——ズシャッ!
完璧な一刀両断。
優翔が戦っている間、瑞葉はチェアでゆったりと水を飲みながら少しでもMPの自然回復を期待して待つ。逆に瑞葉が魔法を撃つターンでは、優翔は沙織の元へ向かい、薪の移動や荷物整理を手伝って経験値が自分に入らないよう徹底した。
知恵を絞り、システムを理解し、家族全員がそれぞれの役割を完璧にこなしていく。
死と隣り合わせのはずの異世界サバイバルが、まるで完成されたパズルのようにテンポ良く進んでいった。
そして——沙織が「そろそろお昼の準備をしようかしら」と立ち上がった、まさにその時だった。
「……出た」
優翔が動きを止め、自身の前に浮かび上がった漆黒の画面を見つめた。
その顔には、達成感と誇らしさに満ちた大きな笑顔が広がっていた。
俺たちは顔を見合わせ、力強い笑みをこぼしていた。




