第36話優翔レベルアップ
荷物のリストアップに向かった沙織と、折りたたみ椅子で不機嫌そうにお茶をすする瑞葉を見届け、俺と優翔は結界の境界線付近へと移動した。
「よし、優翔。俺たちはレベル上げを始めるぞ」
「了解。……火かき棒でいいんだよね?」
「ああ。先端が直角に曲がっているから、剣とは呼べないかも知れないが、柄の長さと頑丈さは十分だ。そして俺は……これだ」
俺が掲げて見せたのは、ワイヤーと重りを取り付けた『アルミ缶』仕掛けだ。
「瑞葉の時に思いついた『スライム釣り』で行く。スライムは異世界の金属に目がない習性がある。結界の安全圏内から釣って、頭上に固定する。お前は俺の合図に合わせて……、いや自分の感覚を信じて正確に魔核を突けばいい」
「……了解」
優翔は火かき棒を両手でしっかりと握り直し、深く息を吐いた。
俺は草むらの根元へと狙いを定め、慣れた手つきでアルミ缶を投げ入れた。カツン、と乾いた音が響き、しばしの静寂。……直後、紫色の草がカサリと揺れ、ゼリー状の不気味な塊がぬうっと姿を現した。
スライムはすでにアルミ缶を察知しているようだ。身体を小刻みに震わせると吸い寄せられるように仕掛けへと近付いてくる。俺は一定の速度でワイヤーをたぐり寄せ、結界の境界線ギリギリ、地上二メートルほどの高さへ缶を引き上げた。
餌に釣られてスライムは、空中のアルミ缶に飛びつこうと試みるが、結界の壁が邪魔なようでポヨンポヨンと間抜けに体を跳ねさせている。魔核の位置は丸見えだ。
「優翔、任せた」
「……——フッ!」
俺の合図から少し間をおいて、優翔が鋭く踏み込んだ。
無駄のない流麗な立ち姿。振り抜かれた火かき棒の軌道には、迷いもブレも一切存在しない。レベル9の俺がやっと見えるスピードだ。
——ズシャァッ!
まるで柔らかい粘土細工を鋭利なナイフで削ぎ落とすかのように、火かき棒の先がスライムの体を容易く貫通し、内部の青白い魔核を一刀両断した。
ただの「火かき棒」で魔核を破砕ではなく両断したのだ。俺は改めて『剣の極み』の凄さに、この世界でのスキルの強制力の強さに、背筋が寒くなった。
――キィーン……。
風鈴のような涼やかな音が響き、スライムは泥水となって地面に溶け落ち、消滅した。
瑞葉があれほど苦戦し、死闘?の末にようやく討伐した魔物が、ほんの一瞬の出来事として処理されたのだ。
「……え?」
一部始終を椅子に座りながら見ていた瑞葉が、手にしていた湯呑みを固まらせたまま、ポカンと口を開けていた。
そして次の瞬間——
「ちょっとおおおおおっ!! なにそれ!? なんでそんなに簡単に倒せてるのよお!お兄ちゃんっ!」
瑞葉は椅子から跳ね起き、地だんだを踏みながら八つ当たり気味に叫んだ。
「私のあの苦労は何だったのよー! 棒は当たらなくて地面に突き刺さるし、スライムは進化して襲ってくるし、必死の思いで倒したのに! お兄ちゃん、ズルい! 『剣の極み』ズルすぎるーっ!」
「瑞葉、落ち着きなさい」
俺はジタバタと暴れる瑞葉の頭にそっと手を置き、優しく撫でながら諭した。
「ずるいんじゃないさ。優翔には『剣の極み』っていう前衛としての才能がある。瑞葉には『魔導の極み』という圧倒的な魔法の才能がある。得意分野が違うだけなんだよ。瑞葉がさっき見せたあのウォーターボールの威力、優翔には真似できないだろう?」
「うっ……それは、そうだけど……」
「それにさ」
火かき棒を肩に担ぎ直した優翔が、フッと口元を緩めて瑞葉を見た。普段の生意気な態度とは違う、妹を慈しむような温かい眼差しだ。
「お前が魔法で『水』と『火』を出してくれたおかげで、俺たちは喉を乾きや、夜の灯りの事を気にせずに、こうして集中して戦えてるんだぞ。お前の苦労はちゃんと俺たちの支えになってる。……サンキュな、瑞葉」
「なっ……! む、急に素直になるとか気持ち悪いんだけどお兄ちゃん! 照れるじゃないのよバカ!」
瑞葉は顔を真っ赤にしてぷいっと横を向いてしまったが、その口元はニヤニヤと嬉しさを隠しきれずに緩んでいた。実に現金で可愛らしい妹である。
「よし、優翔。この調子で次行くぞ!」
「おう!」
気合を入れ直した俺たちは、二匹目、三匹目のスライムを間髪入れずに引き寄せた。
——ズシャッ!
——パキンッ!
優翔の研ぎ澄まされた『剣の極み』の洗練された一撃は留まるところを知らず、スライムたちは抵抗の余地すら与えられずに次々と消滅していく。テンポ良く、完璧な連携で作業が完了した。
そして、三匹目のスライムが澄んだ音と共に光の粒子となって消え去った、その瞬間——。
「……あ」
優翔が動きを止め、自身の空中に視線を固定する。
「……出た。空中に文字が見える」
荷物整理の手を止めた沙織が息を呑み、椅子から身を乗り出した瑞葉も静まり返る。
俺たちは高鳴る鼓動を抑えながら、優翔の周りに集まった。
皆が集まったのを確認して、俺は声を上げる。
「ステータス、オープン……!」
空中に浮かび上がった漆黒の画面を、俺たちは息を殺して見つめた。




