第27話スキル『鑑定』の進化
「『博識』のスキルが本当の意味で発動したのは……この後だったんだよ」
俺が静かに放った言葉に、場の空気が一瞬で凍りつく。真っ先に口を開いたのは瑞葉だった。
「えっ、ちょっと待って……ここまでの情報が全部、ただの『鑑定』なの? 鑑定って、図鑑みたいな情報までしか出ないんじゃないの?」
「瑞葉の言う通りだよ」
優翔がポケットに手を突っ込み、深く眉間にシワを刻みながら言葉を継ぐ。
「いくら万能型の鑑定だとしても、対象の歴史や地理的背景、未踏峰の標高まで数字で弾き出すなんて聞いたことがない。父さんの鑑定って……」
「あら、お父さんの鑑定はそんなに凄いの?」
子供たちの深刻なやり取りに、首をかしげたのはどこか緊張感を欠いた様子の沙織だった。
「鑑定って……昔のド◯クエでいう『イン◯ス』みたいなものじゃないの? 宝箱がトラップかどうか分かったり、道具の使い方が分かるくらいの……」
「お母さん、時代が古すぎるよ……」
瑞葉が緊張の糸が切れたように苦笑いを漏らし、優翔も呆れたように小さく息を吐いた。
「母さん、今のファンタジーやゲームだと人物のステータスやアイテムの効果、毒の有無や呪いが分かるくらいが標準なんだ。山や森を一括りで対象にして、その国の国境線や歴史まで開示されるなんて、どう考えても『鑑定』の枠組みを超えていると思うよ。スライム討伐で、さっき手に入れた魔核や雫の説明が本来の鑑定のレベルだよ」
家族で話し合えば話し合うほど、俺の『鑑定』が見せている能力の異常性が浮き彫りになっていく。俺自身、最初は単に便利なスキルだと楽観視していたが、こうして突きつけられると違和感しか残らない。
そこで俺は仮説にもならないような予想を皆に伝えた。
「俺の予想だが……この『鑑定』のぶっ壊れ性能自体、俺の固有スキルである『博識』の影響を受けて進化しているんじゃないかと思う」
「進化……?」
「ああ。『博識』という能力が、俺の『知りたい』という強い意思に反応して『鑑定』のスキルを通じて、この世界の膨大なデータベースから必要な情報を引き出している……そう考えればしっくりこないか?」
俺の仮説に、優翔がしばらく思考を巡らせた後、ゆっくりと頷いた。
「……一応の筋は通ってるね。単体のスキルじゃ説明がつかない現象も、固有スキルと通常のスキルがシナジーを起こしていると言われた方が納得できる」
納得の表情を見せる家族たち。だが、それと同時にテーブルの周りに重苦しい沈黙が落ちてきた。
そう——ここからが本題なのだ。
『鑑定』が得た情報だけでも、15,000メートル級の霊山からのスタンピード、強力な魔物の巣窟である『魔の森』、そして巨大な大河と、絶望的な辺境の立地であることは十分に伝わった。
だからこそ、家族の誰もが予感し、恐れていた。この後に控えている、固有スキル『博識』が齎す情報が、どれほど凄惨で恐ろしいものなのかを。
(知りたくない——)瑞葉が自分の肩を小さく抱きしめ、沙織が静かに視線を落とす。
俺だって、できることならこの平穏な家族の時間を壊したくはなかった。
「俺たちが置かれた現状は、それほどの救済を必要とするほど切迫した危険地帯なのではないか」――自分でそう口にしておきながら、その決定的な答えを突きつけることを俺自身が躊躇していた。俺の得た情報を伝えてしまったら、その重圧に全員が押し潰されてしまうのではないか――その不安は俺の口に幾重も錠を掛けた。
「……父さん」
静寂を破ったのは優翔だった。最初こそわずかに震えていた息子の声は、言葉を重ねるごとに力強さを増していく。
「情報を知ることを後回しにして、状況が改善されるなんてことはないからね。早く聞くべきだ。……たとえ、それが最悪の情報だとしても」
かつて家庭内で自分の部屋に引きこもり、俺と目を合わせようともしなかった息子が、今、真っ直ぐに俺の目を見つめている。現実から逃げず、家族の先頭に立ってリスクを取ろうとする息子の成長に、俺の胸の奥が熱くなった。頼もしい。心からそう思う。
だが、それでも俺は尚も躊躇した。隣で青ざめている瑞葉と、静かに耐えている沙織の表情が視界に入ったからだ。
「……優翔の言う通りだが、二人には……」
俺が言葉を濁そうとした、その瞬間。
「お父さん、大丈夫だよ」
瑞葉が沙織の抱擁から体を離し、振り絞るような声を上げた。
「皆で生き残るためには、情報が何より大切なんでしょ。……正直、家族と一緒じゃなかったら耐えられないと思う。でも、皆と一緒なら……私、頑張れると思う」
気丈に言い切った瑞葉だったが、その言葉とは裏腹に、母の服を掴む母よりわずかに小さな手は、見たことがないほど激しく震えていた。
沙織は何も言わず、その震える手を愛おしそうに、そして力強く両手で包み込んだ。そしてゆっくりと顔を上げ、妻として、母としての慈愛と覚悟を込めた眼差しを俺に向け直した。
「あなた……お願い」
一言だけ。だが、その言葉には中伊達家全員の意志が宿っていた。
腹は決まった。逃げちゃダメだ。サラリーマン時代、嫌な報告を先延ばしにして事態を悪化させた後輩を、都合の悪い報告に耳を塞ぎ部署に混乱を招いた上司を何度も見てきたじゃないか。しかも今は、失敗の許されない『命の現場』なんだ。まずは現実を受け止めるところから始めるべきだ。
「……分かった」
俺は深く息を吸い込み、家族全員の顔を一人ずつ見つめ返した。
「それじゃあ、話すよ。俺の固有スキル『博識』が真価を発揮して知った、俺たちが置かれている状況を」




