第24話固有スキル『博識』と『救済措置』
スライムの討伐を終え。ひと通り結界内の索敵をしたが、新たに魔物が発見される事は無かった。
俺たちは一旦、折りたたみチェアやテーブルを取り出して、テントの前に腰を下ろした。
頭上には、異世界の象徴の如く、二つの太陽が並んで輝いている。日差しは暖かいが、吹き抜ける風は冷たく引き締まっている。鼻腔をくすぐる草の匂いはキャンプ場のそれとはどこか違う。
俺たちがいる「キャンプ場の茶色い大地」は直径20メートルほどの真円だ。
その外側にはどこまでも「異世界の鮮やかすぎる大自然」が広がっている。
隣合う大地と大自然は、モネの描いた庭の絵とゴッホの描いた庭の絵を貼り合わせたように、余りにもチグハグだ。作風の違いが明確に表す境界線が、俺たち四人が未知の広大な世界にぽつんと取り残されている孤独感をいや応なく際立たせていた。
まだ幼さの残る瑞葉が、不安に耐えるように折りたたみチェアのポリコットンの座面に、自分の膝をギュッと抱え込んでいる。
沙織もまた、辺りの景色をどこか遠いものを見る目で見つめていた。
一見落ち着いているように見える優翔でさえ、足元の土をそっと靴底で確かめるような仕草を見せている。
「まずは……三人とも、警戒と報告をありがとう。おかげで助かったよ」
俺が声をかけると、家族の張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。俺はポケットから2つの魔核と雫型のドロップ品を取り出し、小さなテーブルの上に並べた。
「さっきの話の続きなんだが……まず、俺たちが今いるこのキャンプ場の土が残る円形の内側、ここにはかなり強力な『聖域結界』という結界が張られていることが分かった。俺たち人間の出入りには何の制限もないが、モンスターの侵入を100パーセント防ぐことができるらしい」
「「「100パーセント……!?」」」
「そうだ、100%だ。そうとは知らずに最初に討伐したスライムのドロップ品を取ろうと、俺は無自覚に結界の外へ出てしまったんだが……」
「ドロップ品が結界の外に落ちていたの?最初に討伐したスライムは結界――『聖域結界』の外にいたってこと?」
結界なんて突拍子もない話をすぐに受け入れる。この柔軟性は若さゆえなのか、優翔個人のものなのか。いずれにせよ俺たちがこれから生き残るためには、優翔の成長がひとつの鍵になるだろう。
「あぁ。低レベルの魔物だと『聖域結界』への侵入どころか、認識も出来ないらしい。魔物は強くなるほど賢くなる傾向があるらしくてな、ある程度レベルが高くなると『結界』の存在に気付くらしいが侵入は不可能なんだそうだ」
「あぁ、水族館のアクリル水槽にぶつからない。イワシとイルカみたいな感じかな?」
「どういう事?」
瑞葉の言葉に沙織が興味を示す。
「うーんと。魚にはレーダーみたいな……「側線」だったかな?っていう器官が有って、水槽の壁みたいな透明で見えない物でも反射で避けれるんだって。イルカやシャチなんかの頭のいい生き物になると、エコーロケーションって能力でアクリルの壁をきちんと認識して避けるけど、水槽の外側の人間の存在をはっきりと認識してるらしいよ」
「へぇ~。瑞葉の水族館好きは、ちゃんと勉強になっているのね」
瑞葉の抽象的なものを明瞭化する能力は素晴らしいな。沙織にも解り易かったのだろう。感心して大きく頷いている。
「へへ。昔お父さんが話してたことの受け売りだけどね」
「そ、……そうだったかな」
結界があることを受け入れたためか、緊張と不安でガチガチだった瑞葉の雰囲気がかなり柔らかくなっている。この柔軟性は優翔同様、若さゆえなのか、こちらも瑞葉個人のものなのか。
いずれにせよ、子供たちの成長が俺たちの未来を左右するのだろう。
「話を元に戻すぞ。魔核と雫型のドロップ品を拾い皆のところへ戻ろうと振り返ると、キャンプ場の茶色の土と、この世界の草花を境界にするように空間が不自然に歪んで見えたんだ。もしかして戻れないのか!?――って、正直焦ったよ。その瞬間、鑑定のスキルが発動して、『結界』の概要がわかったから無事に戻ってこれたわけだが……」
瑞葉と沙織が目を見開き、優翔が即座に身を乗り出してきた。
「ちょっと待ってよ、父さん。それが本当なら、今日の明け方、僕たちが正体不明の生き物に襲われた時はまだその結界は起動していなかったってこと?……異世界転移のタイミングはわからないから、そっちの検証は後にするとしても、結界が起動している今、なんでその内側にスライムがいたんだよ」
先ずそこに意識が向くのか、理屈屋の優翔らしい鋭い指摘だ。沙織と瑞葉も深く頷いている。
「ああ、それは当然の疑問だな。ただ……残念ながら『なぜ結界の中にスライムがいたのか』という直接の答えは、俺の『鑑定』スキルでは出なかった」
家族の顔に「じゃあどうして……」という疑問と落胆が広がる。そんな皆の視線を受け止めながら、俺は静かに口を開いた。
「だが、その疑問は……俺の固有スキル『博識』で得た知識で一定の答えは出すことが出来た」
「「「っ……!」」」
『博識』——その言葉に全員が息をのんだ。ゲームやラノベに慣れ親しんだ子供たちでさえ聞き慣れないスキルだ。
どのような効果、力があるのか。見知らぬ世界で不安に押しつぶされそうな皆からしたら、その能力に期待を寄せるのも無理からぬことだ。
「『博識』の知識によれば、ここの『聖域結界』は、今から20年以上前に、この高原へやって来た聖騎士と神官を中心にした数十人の集団によって構築されたものらしい。だが長い年月を経て魔力を失い、その効果はすでに失われていた。それが……俺たちの転移に合わせて、『再起動』したようだ」
俺の説明を聞きながら、優翔が腕を組んで思索にふける。そして手をポケットの奥に突っ込んだ。
「……なるほど。そういうことか。僕たちが転移してくる前までは結界は休眠状態で、僕たちの転移に合わせて再起動したのなら、その時間にたまたまこの土の上にモンスターがいても不思議はないね。夜中のヤツとスライムは、たまたま結界の起動に『巻き込まれた』……そうなると、この結界に魔物を撃ち払う力はないのかな。完全防壁型の結界ってことか。それなら深夜のアイツも……辻褄が合うか」
自分で納得がいったように頷く息子の頭の回転の速さに、俺は密かに舌を巻いた。反抗期で素直になれない時期とはいえ、やはり頼りになる。
「俺もそう考えている。結界はモンスターの侵入をほぼ完全に防ぐ強力なものだが、魔物を殲滅したり、封じ込める効果は無いようだ。優翔が口にした、まさに防壁型――見えない壁がドーム型に張り巡らされているだけだから、モンスターの討伐には使えないんだろう」
「ドーム型の壁かぁ」
瑞葉が呟き空を見上げるが何処にも壁や天井らしきものは見当たらない。空は青く、遠くの積乱雲の足元から竹箒で掃いたようなうろこ雲が頭上まで伸びて、流れていく。
「生物への直接の干渉は可能な限り抑えるのが結界を張る時の不文律らしいから、元々中にいたスライムや魔物を外へ弾き飛ばすような芸当もできないんだろうな。転移者の存在圧がもっと強ければモンスターも逃げ出したかも知れないが、現れたのがレベル1の俺たちじゃな」
俺がそう口にして頷くと、優翔は眉をひそめてさらに問いを重ねてきた。
「でも、疑問は残るよ。どうして、そんな古い結界が、今再起動しているの?「俺たちの転移に合わせて『再起動』って、どういうこと?」
「その疑問の答えらしきものが、俺の固有スキル『博識』の中に有ったよ。図らずも異世界転移した者が生じた場合、状況に応じたスキルやアイテムなんかが発現するらしい。過去には結界の発生や宝剣の出現なども確認されているようだ。あと歴史上、偉業を成し遂げた英雄の中にはレアスキルらしき物を所持する者が何人かいたらしい。このレアスキルを持つ人間は言動や行動も突飛な者が多いらしく転移者ではないかと推測されているそうだ。特異なスキルやアイテムの発現を今では『救済措置』と呼ぶそうだ」
「じゃあ今回の『救済措置』って――突然、異世界転移させられた私達の為のものなの?私達もレアスキルを使って歴史上の英雄みたいなれるってこと?」
瑞葉が少しだけ表情を明るくして口を開く。自分たちの持っているレアスキルが、自分たちを守るための希望になると解釈したのだろう。
「俺たちのスキルはおそらくは救済措置だろうな。ただ過去の人間が『救済措置』のスキルがあったから英雄になったのかは、話が別だ。その人物は実在はしたのだろうし、何を成したかは皆が知っているが、スキルの詳細は分かっていない。考えや行動を全て把握できているわけでもない――俺たちの知っている聖徳太子みたいな感じかな?」
俺が詳しく説明すると、それまでじっと話を聞いていた沙織が、ポツリとつぶやいた。
「でも、そんな『救済措置』を誰が発現させられるというのかしら……それに転移者への『救済措置』が、貴方の『博識』に知識としてあるって事は、今までにも『異世界転移』が有ったってことよね?それって事故みたいなものなのかしら、それとも……」
沙織の言葉は誰に投げかけるでもなく、独り言のようなつぶやきだったが、不思議と皆の耳にハッキリと届いた。
それは全員が心の奥底で感じていた懸念を、沙織がはっきりと言葉に表したからだろう。
もし、自分たちをこんな見知らぬ世界へ引きずり込み、それと引き換えのように強力なスキルを与える存在がいるとしたら。そんな超常的な存在に頼もしさよりも底知れぬ恐ろしさを感じるのは、卑小な人間にとっては無理からぬことだ。
(……沙織の言う通りだ)
結界の外で博識の効果が発現して、『救済措置』のシステムを知った時。俺の頭に真っ先に思い浮かんだのは家族全員のユニークスキルの構成だった。
妻、沙織の『天恵の癒し』。娘、瑞葉の『魔導の極み』。息子、優翔の『剣の極み』。いずれもぶっ壊れ補正を持っておりレアスキルなのだろう。
俺のユニークスキル『鑑定』も直接的な恩恵はもたらさないものの、かなり有用なスキルであることは明らかだ。そこにきて、半壊状態である中伊達家にジャストフィットの『報連相』なるスキルが発現した。極めつけは俺の固有スキル『博識』だ。――コレはまず間違いなく『救済措置』だろう。
あくまでも、この世界の人間が持つ情報を、異世界から転移した人間《俺》が処理可能な範囲で知識として得る。建前はそうなのだろうが、真意は「この世界に存在する知識で使いこなせるモノは全て使っていい」と言われている気がした。
超常的な何者かが、人間の世界の物事に可能な限り干渉しないという言い訳《形式》を整えた能力こそが『博識』である気がしてならない。
見えざる超越者からの優遇――自分たちがまるで物語の主人公パーティーにでもなったかのような全能感が、一瞬だけ胸を掠める。だが——それ以上に強烈な『恐怖』が俺の背筋を駆け抜けた。
(なぜ、これほどの力を与える必要がある? 本来ならもっと安全な場所、あるいは人里に召喚されるはずだったのではないか? その『手違い』を埋めるための急ごしらえの命綱が、この結界でありスキルなのだとしたら……そうでもしなければ全滅するような恐ろしい何かが、この先で待ち構えていると言わんばかりじゃないか……)
そして、スライムの魔石と雫を取りに無自覚に結界の外に出たあの時。結界と救済措置の情報を知り思考を整える為に、圧倒的な存在感を放つ巨山を仰ぎ見た時、再び『博識』が発動し――俺は知ってしまった。その事実を如何にして皆に話をしようか、……いや、話をするべきなのか、それさえも俺は悩んでいた。
やや肌寒い異世界の空の下、俺の背中を冷たい汗が静かに伝っていった。




