第22話スライム討伐とドロップ品
「みんなスライムだ! 油断するな、気を付けろ!」
俺の警戒を促す叫びに、家族が一瞬で身を硬くする。だが、当のスライムはこちらの様子を窺うようにゆらゆらと蠢くだけで、直ちに襲いかかってくる気配はなかった。
距離にして約10メートル。鑑定で攻撃方法も弱点も判明している以上、この距離を保っていればパニックに陥る必要はない。俺は深呼吸を一つ挟み、冷静に鑑定内容を皆に伝えた。
「――マジいるんだスライムって。でも……イ◯スタ映えはしなさそうだね」
「鑑定内容からしても、おそらく最弱モンスターだろう」
「お母さんが知ってるスライムは雫型で可愛い感じだったんだけど……あっ! はぐれた子かしら?」
家族であっても考えることは三者三様だなと感心すると同時に、改めて認識の共有の大切さを感じた。
「最弱とはいえモンスターだからな。人を殺めることもあるらしいから、討伐するべきだと父さんは思うけど、皆はどうだろう?」
「テントとか車のタイヤとか溶かされたくもないし、僕は討伐に賛成だよ」
「私も賛成。可愛いくないもん」
「モンスターなのよね? 可哀想だけど私も賛成よ」
直感的に湧き上がる生理的な嫌悪故か、家族全員の賛同がスムーズに得られたので早速討伐の準備に移る。
ゲームでも現実でも発見次第即討伐となるスライムがいささか哀れではある。
とはいえ酸性の液体の塊をどうやって攻撃するかだ。何かいい得物はないだろうかと、辺りを見回すと昨夜、飯盒炊飯にトライした竈が目に入った。
「沙織、スライムの監視を頼めるか? 瑞葉と優翔は周辺の警戒をして欲しい。父さんは竈のまで行ってくるから」
「それなら、皆で移動したほうがいいんじゃないかしら」
身近に魔物を見つけ、異世界に転移した実感が増した沙織が、不安げに提案する。
最近の俺は仕事の疲労とストレスのせいで頼りない姿ばかりを家族に晒していたが、異世界に来てからは迷いがなくなり、本来の自分に戻りつつあるという実感がある。それ以前でもキャンプに連れ出そうとしてからのわずか数週間ではあるが、沙織も俺が立ち直りつつあると感じてくれているようだ。
だからこそ、今の俺からわずかな距離でも離れることは子供たちを守れなくなるリスクが高くなるのではと判断したのだろう。
だが――俺が答えるより先に、息子の優翔が口を開いた。
「母さん、テントの近くは一番視界がひらけているから奇襲の可能性は低いと思う。逆に竈の近くにモンスターがいたら、近接戦闘になるよ。そうなるとレベル1の僕たちじゃ対処が難しいかも。結果、俺たちを守りながら父さんが一人で戦う事になる。それは父さんの負担が大きすぎるよ。そうなるぐらいなら、レベル9の父さん一人で行動したほうがベターじゃないかな」
優翔の発言を聞いた沙織は、一瞬考えた後に微笑を浮かべて頷いた。
「そうね……わかったわ」
「うん。周りを警戒しとくね」
沙織に続き、娘の瑞葉も頷く。
「あぁ、ありがとう」
優翔にも手を挙げて礼をすると、視線を逸らされたものの、小さく手を挙げ返してくれた。——進歩だな。
俺は辺りを警戒しつつ、足元にスライムが潜んでいないか注意を払う。
片手には『熊撃退スプレー』を構えて慎重に炉まで向かうが、モンスターにエンカウントすることもなく、無事目的のモノを手にして家族の元に戻ることができた。
俺が取ってきた得物を見ての皆の反応は様々だ。
「なるほどね」
「あ〜、昨日使ってたやつだ」
「それなら大丈夫そうね」
俺が選んだ対スライム用の武器は、薪や灰を炉から掻き出したり、火力の調整に使う『火かき棒』と呼ばれるモノだ。
このキャンプ場の火かき棒はかなりしっかりしたものだ。
長細い金属製の丸棒の先が鉛筆の先端の様に尖っている。先端に至る直ぐ手前には直角に曲がった同様の突起が付いており、棒が直角に曲がった部分にはアーチ型に草刈り鎌の刃のようなものが溶接されている。柄の部分には滑り止め代わりに鹿か何かの角が使われており、古城の暖炉か何かに使われていても違和感がないレベルだ。
(こんな一品、海外なら盗まれるんじゃないか? いや今の日本なら盗まれるんじゃないか)
と昨日、火熾しをした時に抱いた感想を思い出したのだ。
「魔物の強さはどんなものかわからないから、今回はこいつで父さんが討伐してみるよ。皆は引き続き辺りの警戒を頼む」
「あぁ」
「うん」
「あなた気を付けてね」
さっきの優翔の説明のお陰で話が早くて助かる。俺は『熊撃退スプレー』の吸い込み対策に首に掛けていたタオルで口と鼻を隠す。スライムの攻撃による窒息対策だ。
左手にスプレー、右手に火かき棒。異世界での冒険の始まりとしては、この装備はどうなのか? と思うところはあるが仕方がない。
俺は辺りの警戒と足元にスライムがいないかを確認しながらスライムの討伐に向かった。
家族から離れること、およそ10メートル。茶色っぽいスライム通称『わらび餅』(俺だけの認識だけどな)は、相変わらず俺たちが元いたキャンプ場の土に侵入することはないく、その境となる目異世界の青々とした草の上をウロウロしていた。
50センチほどのドーム状の体はフルフルと蠢くたびにぬちゃり、ぬちゃりと、濡れた肉が擦れ合うような不気味な音が響く。
(最弱モンスターといっても存在感はしっかりあるな、街中のカラスより圧力を感じるぐらいだ)
取り敢えず様子見に、スライムの動きに合わせて狙いを定め、火かき棒の直角に曲がった突起を振り下ろそうとした瞬間。
それまで緩慢な動きであったスライムが俊敏に動いた。昨日までの俺なら火かき棒を空振りさせるところだったが、レベルアップの恩恵か、スライムが俊敏に動いた瞬間に振り下ろす腕を止めることができた。
(『わらび餅』お前、意外と早いな。だがお陰で魔核らしき物の位置は判った。すまないが討伐させてもらうぞ)
スライムの角度が変わったことにより、濁った色のスライムの体内でわずかに青白く輝く部分が確認できた。今度はそこを狙い。コントロール重視だがそこそこのスピードで火かき棒を振り下ろした。
カンッ――ズン。
わずかな手応えの後、火かき棒は地面へと突き刺さった。間を置かずスライムは弾力を失い、普通の泥水のように地面へと吸い込まれていった。後に残ったのは魔核らしきものと半透明の涙型の物だった。
(魔核はわかるとして、何だコレ? もしかしてドロップ品か? スライムがドロップするなんて俺たちの世代じゃ考えられないんだが。こっちのスライムはドロップするのか)
現実とラノベの混ざったような感想を持ちつつ、ドロップ品を注視すると目の前に半透明の表示が浮かび上がった。鑑定の効果だろう。
【スライムの魔核】
無属性。傷がついているので価値は低い。
【スライムの雫】
スライムから稀にドロップされる用途不明の雫型の何か。用途不明のため、価値はゼロとされる。
せっかく拾ったドロップ品が無価値だと知り、がっかりした俺だったが考えを改める。用途不明だから無価値だと言うなら、用途が分かれば、用途を生み出せば価値が生まれるのではないだろうか。
大企業にいた時、「用途がわからない」「使い方がわからない」からゴミにされるものを数多く見てきた。下手をすると「よく知らない」からゴミにする。粗暴な人間もよく見かけた。
『馬鹿と鋏は使いよう』と昔、爺さんがよく言っていたが、今では馬鹿も鋏も使えない人間が増えすぎたように思う。
(とりあえず 用途不明で取っておこう。自分に使いこなすことができないと判断した時点で捨てても遅くはないだろう)
鑑定の結果、魔核もドロップ品も素手で持っても無害と出たので一歩、二歩とスライムが残した水たまりに近づき、恐る恐る魔核と雫を手に持った。
何か使いようはないものかと、それらを眺めていると――これはっ?!
(なるほど、そういう使い方なのか。……これは、かなり有用だろ)
俺は家族議題の案件をポケットにしまい、元来た道を引き返すべく、沙織たちの方へと振り返った。
10メートル歩いただけだ。当然俺と家族の間に遮る物など何も無い……はずだった。それがキャンプ場の茶色の土と、見たことの無い草花を境界にするように空間が不自然に歪んで見えた。水族館の水槽を正面ではなく、斜めから覗き込んだような歪み方と言えば分かるだろうか。
(なんだかコレは?…っ!もしかして戻れないのか!?)
目の前の光景に俺は呆然となり、慌てて歪みへと一歩近づく。そのわずか一歩の距離で壁の存在が一層際立った。足元の異世界の草地と本来のキャンプ場の土の境目に、半透明な壁のようなのものが立ち上がり、その表面には波紋がうねるように広がっており、半透明な壁の存在感を増幅させていた。
不安と焦燥の混ざった俺の視線に呼応するかのごとく、ついさっき見たばかりの鑑定の表示が目の前に広がった。
「鑑定」の表示面を問題なく読み終えることが出来た俺は、「鑑定内容」の先に意識を向けた。その瞬間。
――これはっ!やはり!!
新たな文章を読み終えた瞬間、胸をざわつかせていた感情の大波がスッと引き、代わりに強烈な確信が胸を満たした。
無事に家族の元に戻れる――その事実が分かった安堵と同時に、俺の胸には一刻も早くこの衝撃的な事実を家族に伝えなければという激しい焦燥が湧き上がっていた。
10メートルにも満たない距離を戻る足取りが、これほどもどかしく思えたことはない。
慎重に警戒しながら向かった往き路とは打って変わり、足早に駆け寄ってくる俺の姿に、待機していた沙織たちの表情が不穏な陰りを帯びていく。
(さて、どうやって話を進めるか……)
頭の中で言葉を交錯させながら戻る俺を、家族は息を飲んで見つめていた。
その瞳には、俺が無事にスライムを倒した安心感と同じぐらいに『父親の焦燥』に対する不安と恐れが浮かんでいることに俺は気付かずにいた。




