第20話優翔スキルステータスと『辺境のおっさんの覚悟』
視界に浮かぶ漆黒のホログラム調の表示。
優翔のスキルステータスを見ようとした俺たちだったが——その表示とは別に俺の視界の左端では、ひとつのアイコンがパチパチと異彩を放って明滅していた。
【New!】
(このタイミングで、……何の条件を満たしたんだ?)
目にするのは二度目だが、テントから出て、どこまでも続く巨大な森と見たこともない色の草花が繁る異世界の風景の中で、その文明的なポップアップ表示は異質だ。そして何よりも、今の俺たちは魔物も倒していなければ、何かを発見したわけでもない。ポップアップが表示される心当たりがない。
戸惑う俺を不思議そうに見る優翔と瑞葉、その間から心配する沙織の顔が見える。
「あなた、どうしたの?」
「あぁ…すまない。実はまた視界の左端に【New!】の表示がでたんだよ」
「「「えっ!」」」
家族三人が、見事なまでに完璧なタイミングで声を上げた。高・中・低音と音程まで綺麗に分かれており、まるで練習を重ねた三重奏のようだ。
(……おお、綺麗にハモったな)
転職に失敗して心に余裕を失ってからは、こんなくだらない冗談を心の中で呟くことすら忘れていた気がする。久々に顔を出した自分の中の呑気さに、当の俺自身が少し戸惑ってしまうほどだ。
(グレー企業ですり潰されて生きるより、異世界で命の危険を感じながらも生きている方が、心に余裕ができるって事か?)
そんな甘い考えを嘲笑うように、頭上に輝く二つの太陽の熱線と、今までに感じたことのない緊張感が「ここは現実の異世界だ」と冷や水を浴びせてくる。
……落ち着こう。俺は今、転職失敗なんて比較にならない異世界転移という人生最大のイレギュラーに直面しているんだ。これから起きること全てに、いちいち右往左往していたら、とてもじゃないが身が持たない。
「まずは僕のステータスを見る。【New!】の確認は、その後に……だろ?」
俺の考えを代弁するような頼りになる息子の発言に、俺は笑顔で首肯した。
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◇ステータス:スキル/加護◇
名前:中伊達 優翔
15歳
戦闘スキル
発現なし
魔法スキル
発現なし
生活スキル
発現なし
ユニークスキル
★★★★剣の極み……あらゆる剣技を修めることができる才能。剣技/武技の習得のスピードが200%アップ。剣技/通常のダメージが50%アップ。カウンター攻撃補正でダメージ/命中率50%アップ。
加護
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「「「「……」」」」
家族の誰一人として声を上げることもできず、ただ目の前に浮かぶ優翔のステータス画面に見入っていた。
そこに並んでいたのは、先ほどまでの優翔の苦悩や葛藤をすべて吹き飛ばしてしまうほどの、圧倒的な『ぶっ壊れスキル』だった。
正式な剣を持たないと発揮されないような罠設定でもない限り、わずかなレベルアップで間違いなく優翔はこのパーティーの絶対的な中核……いや、頼もしすぎる『大黒柱』になるだろう。
(……すごいな……これは。破格のスキルじゃないか)
直前まで「長男として役に立ちたい」「どこに行っても数字で比べられてきた」と涙を浮かべて叫んでいた息子の姿が頭をよぎる。
仕事に追われ、父親らしい背中も見せられなかった俺の不甲斐なさ。そんな俺の代わりに、必死で背伸びをして家族を守ろうとしてくれていた息子の重荷。
父親としての情けなさと申し訳なさが胸を突く。だが、それ以上に……息子の今までの努力が、この異世界でも報われたような気がして、胸の奥から熱い塊が込み上げてくるのを抑えきれなかった。
「……優翔。よかったわね」
静寂を破ったのは沙織だった。優翔の震える肩にそっと手を置き、目元を少し潤ませながら、包み込むような微笑みを向ける。
「あなた、ずっと一人で『長男だから』って肩肘張って、色んなものを背負い込もうとしていたでしょう? このスキルは……あなたのその真面目さと努力が実を結んだ結果かもしれないわね」
「母さん……っ」
優翔は気まずそうに視線を泳がせた。さっきまで「長男として背伸びしてきた意味がない」と叫んでいた手前、こんな規格外の力を与えられて面食らっているのだろう。
だが、その瞳には隠しきれない安息と、誇らしげな照れくささが揺れていた。
「むぅ……! ズルい! ズルいズルいっ! なんでお兄ちゃんばっかりそんなカッコいいスキルなのよー! 私の『魔導の極み』だってすごいのに!」
案の定、瑞葉がほっぺたを膨らませてジタバタと地団駄を踏んだ。いつもの対抗心全開だ。
……だが、瑞葉はぷくーっと膨らませていた顔をすぐにはにかませると、優翔の腕にギュッと抱きついた。
「……でも、まあいっか! これでお兄ちゃんが前で私やみんなを守ってくれるんでしょ? えへへ、頼りにしてるからね、剣士様!」
「なっ……! 急に抱きつくなよ瑞葉! 周りの警戒はどうしたんだよ!」
「あはは! お兄ちゃん顔真っ赤〜!」
真っ赤になって照れ隠しに声を荒げる優翔と、そんな兄をからかいながら嬉しそうに笑う瑞葉。
(……情けない父親だな、俺は)
心の中で自嘲する。
転職後は、何一つ子供たちに格好良い姿を見せられていない。
それでも……目の前で無邪気に笑い合う子供たちの姿と、頼もしく成長した息子の誇らしい横顔を見ていると、親としての不甲斐なさなんて吹き飛ぶくらい、嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
(だが、……こうなってくると いよいよ俺の存在感なんて無いようなものだな)
最初からこの上ないブッ壊れ補正も付いている3人……正直、勇者の必要性も疑うレベルのパーティーだ。ド◯クエⅢ世代の俺としては始まりの街、ア◯アハ◯じゃなくて、始まりの高原アリエヘンって感想だ。
おそらく『大魔導士』に『聖女』、そして『剣聖』の卵か……。
正直、自分の才能との差に一瞬眩暈がした。俺の能力値の合計は悪くはないはずだ、だがそれだけだ。
固有スキルやユニークスキルは持つものの、戦闘スキルや魔法スキルといった生存戦略に直接関わるようなスキルは与えられていない。
このままレベルが上がっていけば、パーティー内で圧倒的最弱になるのは間違いなく俺だ。
勇者どころか、『辺境でおっさん、足手まといになる』では、あまりにも笑えない。
脳内でくだらない軽口を叩いて、緊張を解そうとしても、背筋をツーッと伝う冷や汗は止まらない。
だが——ここで落ち込んで膝を折るわけにはいかないんだ。
我が子がどれほど破格の才能を持っていようと、今の俺たちは服と靴しか装備していない丸腰の素人集団だ。実戦経験なんて皆無の子供たちを前線に立たせるなんて以ての外だ。そうは言っても俺とて、学生時代古武道をかじってはいたが魔物相手の戦闘はド素人だ。
不幸中の幸いでレベル9まで上がってはいるが、もし今あの鬱蒼とした森から肉食の猛獣や怪物でも飛び出してきたら——俺は家族を守り切れるだろうか?――脳裏をよぎる現実の死の恐怖に、奥歯がカチリと鳴った。
俺が誰よりも早く危険を察知し、泥をかぶり、命を守るための決断を下さなきゃならない。
格好良い背中は見せられなくても、家族の盾になり、舵を取る覚悟だけは捨ててたまるか。
「瑞葉がステータスを写し終えたら、【New!】の確認をするぞ。それまでは俺たち三人で周辺の警戒をするぞ」
溢れる不安や疑問を家族の中でいち早く飲み込んだ俺は皆に提案した。
「わかったわ…。しかし、あなた。今の状況になってから、ものごとの受け入れが凄く早いのね」
「それは僕も思ったよ。今までの父さんのイメージはネットや本や新聞を読み漁って、ウジウジ悩んでギリギリに決めるタイプだったから、今は別人みたいで正直驚いてるよ」
「こら優翔。ウジウジとか言わないの。……お父さんは慎重なタイプなのよ」
多少溝が埋まったとはいえ、反抗期ただ中の息子の痛烈な批評を、沙織がたしなめてくれる。慎重なタイプかぁ……、慎重に熟考を重ねて、転職を失敗していれば世話ないな。それでも。
「今は目的や行動指針がシンプルだからな。先ずは高原と森から抜け出て、その後は家族四人で生き抜く、最終目的は元の世界への帰還だ」
「言葉にするのは簡単だけど、それを実現するのが大変なんだよね?」
瑞葉が会話に参加してきた。
「ステータスが写し終わったのかい?」
「うん。ばっちりだよ」
全員でスケッチブックのステータスの表記に誤りがないか確認する。冷たい風が吹き抜けるたび、見たこともない巨木の葉がガサガサと不気味な音を立てる。家族で言葉を交わして気を紛らわせているものの、誰一人として肩の力は抜けていない。
ちょっとした風の音にも体を硬くさせる姿に、この見知らぬ世界への底知れない不安がにじみ出ていた。
「よし 大丈夫だな。それじゃあ【New!】の表示を確認するぞ」
皆が静かに頷いた。




