第19話 家族の氷解②
これまでの身勝手を深く頭を下げて謝罪した俺の姿に、優翔は絶句して言葉を失っていた。
重い沈黙が流れる中、その静寂を破る声が上がった。
「お兄ちゃんだけじゃぁ、ないんですけどぉ〜」
湿っぽい雰囲気の間に瑞葉がケロっとした口調で割り込んできた。
「私だって寂しかったし。 お父さんはお兄ちゃんばかり公園に連れて行って、私とは寝てばかりで遊んでくれなかったじゃん」
「瑞葉……」
「分かってる。お兄ちゃんが小さい頃は 余裕があったのよね、時間にもお金にも。毎週末色々な公園に連れて行ってもらったり、泊まりで遊園地や旅行に行ったり。私も「一緒に行った」って言われても記憶なんてないし。お金がないなら旅行や贅沢は言わないけど、私をもっと見て欲しかったかなぁ」
ケロっとした口調で話す瑞葉だが、その心が深く傷ついていることがひしひしと伝わってきた。
「ごめんな、瑞葉。父さん…」
「――って今更言ったって、仕方ないし! それよりも今が大事でしょ。私だって家族がいなくなるのは嫌なの! お兄ちゃんが一人でカッコつけようとしたって、みんなで一緒にいられなきゃ意味ないじゃん!」
いつの間にか瑞葉の大きな瞳は濡れていた。それでもカラッと力強い言葉で最後まで話しきる。それを聞き届けると沙織が優しく二人の肩を抱き寄せた。
「ふたりとも……お父さんも余裕がなくて必死だったの。私はね、大変そうなあなたを支えたくて、でもどう助ければいいか分からなくって……一人で抱え込ませちゃってたのよ。でもね、今お父さんが必死なのは、本当に私たちを守りたいからなのよ」
視界が歪む、慌てて上を向くと頭上には、二つの太陽。高原をそよぐ冷たい風が、その双光を受けてキラキラと黄金色に輝く草波を吹き抜けていく。表現の仕方も葛藤もバラバラだが、俺たちの根底にあるのは「この家族を大切にしたい」というシンプルな願いだけだった。
「……優翔」
俺は息子の目を見つめた。
「過去は消せないが、この異世界で、もう一度やり直させてほしい。優翔に全部の重荷を背負わせる気はないし、数字で評価する気もない。ただ……頼もしい息子の力を貸してほしいんだ」
次に俺は娘の目を見つた。
「瑞葉、遅くなってごめんな。これからはいっぱい話そう。お菓子パーティーをまたやろうな」
「……っ」
優翔は視線を泳がせ、気まずそうに顔を背けた。だが、握りしめていた拳からは力が抜けていた。
「……そんなの、最初から貸すつもりだったよ。……くどいんだよ、父さんは」
「あはは、お兄ちゃん耳真っ赤! 照れてるー!」
「うるさいな瑞葉! ほら、周りの警戒に戻る!」
「はーい! 異常なーし!」
瑞葉の軽口に優翔が小突くように返し、沙織がクスッと微笑む。
「お父さん。お菓子パーティーって、幾つの時の話よ。私、花も恥じらう女子中学生なんですけどぉ」
「そっかぁ…。そうだよな…」
「グミやボーロじゃ、だめだからね」
そう言って微笑んだ娘の笑顔は、幼い頃仕事から帰った俺に抱っこせがんだ頃の笑顔のままに見えた。
長年のすれ違いがすぐに消えるわけではない。だが、家族の間にあった目に見えない壁は、少しだけだが確実に崩れはじめていた。
異世界に飛ばされようと関係ない。俺は家族を取り戻してみせる。
「よし……それじゃあ優翔、改めてステータスを確認させてくれるか?」
「……あぁ。いいよ」
少しつっけんどんに頷いた息子の肩越しに、俺は優翔のステータス画面を表示させた。
目の前の空間に、漆黒のホログラムが浮かび上がる。
真黒の表示だと認識しているのに、その先の通常の視界は明瞭に見えている。
異世界の景色ははっきりと見え、周辺の警戒は出来ているのに、表示された白い文字を読むことができる。なんとも不思議な画面だ。
その表示には、HP、MP、攻撃力、防御力、他にも能力値が数字化されている。
早くも見慣れはじめたその画面。
——だが、その表示とは別に俺の視界の左端では、ひとつのアイコンがパチパチと異彩を放って明滅していた。
【New!】
(このタイミングで、……何の条件を満たしたんだ?)
疑問に思いながらも俺は、家族に通知が来たことを報告することにした。




